「得意なことしかやりたがらない」という話とつながるいくつかのこと
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もう何年も前に聞いたことですが、その当時の新入社員を少しきつめに指導したら、「私たちは褒めて育てられてきた世代なので、そういう言い方をされるとやる気をなくす」と苦情を言われたという新人研修担当者の話がありました。
褒めることは大事ですし、成長が早まる効果が期待できることは理解していますが、相手から「褒めること」を要求されるとなると、果たしてそれが正しいやり方なのかとついつい疑ってしまいます。
この話と似た印象を持つ話を、ある企業の役員クラスの人から聞きました。
それは、「最近はみんなが自分の得意なことしかやりたがらなくなっている」という話です。これは決して若手に限ったことでなく、30代、40代の比較的経験を積んだ人でも、同じことがあるようです。
その理由には、たぶん「失敗をしたくない」という本人の意識があり、「失敗に寛容でない」という環境があり、失敗で実際に評価が下がって収入が減ったりすることがあるからです。最悪は仕事を干される恐れなどもあり得るのでしょう。当然ですが失敗して褒められることはありません。
その一方、「失敗が人を育てる」という人は数多く、著名な経営者のインタビューなどを見ていても、過去の失敗経験がその後の自分の成長につながった、人間的な幅を広げることができたと語る人が大勢います。
そうは言っても、失敗をちょうどよいさじ加減で制御して意図的に経験させるというのは、相当な条件が整わなければなかなか難しいことです。やはり失敗はしないに越したことはありません。
人材育成の一環としては、「失敗」を使うのは難しいということで、「失敗経験による成長」は、どうしても結果論のようなところがあります。
これはあくまで私が思うことですが、自分が得意なことは好きなことでもあり、苦手なことは嫌いなことでもあり、人間は嫌いなことよりも好きなことに取り組む方が楽しく、楽しい方が身につきやすく、他人にはつらいことでも自分は苦にならず、そうなれば結果や成果も出やすくなります。これは会社にとっても社員にとっても好ましいことです。
ただし、本人の意志だけで取り組む範囲を「得意なこと」に限定し始めると、少し話が違います。それは「得意だと自覚していないことに取り組まなくなるから」です。既知のこと、経験したことばかりでは、それを深めることはできても幅を広げることはできません。
実際にやってみた結果、「不得意だからやりたくない」というなら話はわかりますが、一度は経験して見なければ、そもそもそれが得意か不得意かはわかりません。また、自分では不得意だと思っていても他人から見る目は違っていて、無理やりやらされたら意外に向いていたなどという話もあります。
「得意なことしかやりたがらない」というのは、裏を返せば「未知のことを避けたがる」ということです。未知の経験には失敗がつきものと考えれば、それを避けるのは「失敗を恐れる」という考えにつながります。失敗は基本的に「褒められて育つ」にはつながりません。
「得意なことだけをやりたい」という傾向は、これまで言われてきた「失敗を恐れる」「叱られたくない」ということと共通している感じがします。
「褒めて育てる」は、基本的には正しいと思いますし、「失敗したくない」「得意なことに集中したい」という気持ちも十分理解できます。ただ、働く人たちの意識が、狭く保守的な方向ばかりに向かってしまっては、広い意味での仕事の能力は低下していきます。
得意不得意、褒めるるなど、どれもバランス次第ですが、どこが適切なバランスなのかを判断することには難しさを感じます。
このコラムの執筆専門家
- 小笠原 隆夫
- (東京都 / 経営コンサルタント)
- ユニティ・サポート 代表
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