ある会社でこんなことがありました。
中途入社して3か月の女性社員の妊娠がわかり、産休から育児休業の対応をしなければならなくなりました。面接時には「いずれ子供は欲しいが、仕事が落ち着くまでのこれから数年の出産は考えていない」とのことだったそうですが、こればかりは思い通りにいくものではないので、会社からとやかく言うことはしませんでした。
また、本人から育児休業を取りたいとの希望がありましたが、入社1年未満での育児休業なので、会社は申し出を拒否することもできました。しかし、本人はできるだけ早く復職して頑張りたいとのことでしたので、申し出を認めることにしました。
その後、1年半の育児休業が満了するところで、本人からは退職の意思表示がありました。思った以上に育児が大変だったとのことです。
さすがに会社は「約束と話が違う」と思ったそうですが、今までの話はすべて口約束ですし、本人が何か規則違反をしている訳でもありません。引き留めることもできずに本人は退職していきましたが、会社側の担当者は相当に後味が悪かったようで、「もっと厳格に対応すべきだった」「育児休業は、働く人の権利なのでどんどん利用してかまわないが、あまりに会社の事情に配慮がないのは、いかがなものだろうか」と言っていました。
数年前の話になりますが、女性の育児支援制度で最も先進的と言われていた大手化粧品メーカーが、短時間勤務者のシフト条件を、他の社員並みに扱う方針転換をしたことが話題になりました。
直近の国内売上が8年間で約1000億円も下がったそうで、その一因に短時間勤務者の増加で、かきいれ時に社員が店頭にいない事態が起こり、そのことに対する問題意識からの対策だったようです。
育児支援制度のせいで会社が傾いては本末転倒ですから、これを正そうとするのは、経営としては当然のことでしょう。
育児支援制度による影響という話は、こんな大手企業以上に、中小企業ではさらに切実です。誰かが抜ければ、その穴は他の誰かが埋めなければなりませんが、社員が少なく、一人の担当範囲も広い中小企業では、代わりの人を見つけるのはそう簡単ではありません。
結局は上司を含めた当事者が、仕事の引き継ぎ相手を探し、引き継ぎの段取りをした上で、ようやく制度が適用できるようになります。会社によっては、休暇取得でも同じようなことをしています。要は、いくら制度があっても、周りの協力がなければ、それを行使するのが難しいということです。
制度というのは、一度導入すると、それが徐々に既得権となってしまう側面があります。
以前、サイバーエージェントの藤田晋社長の新聞連載記事で、「豪華な社員食堂はいらない」という話がありました。
シリコンバレーのIT企業では、眺めの良い豪華な食堂で、無料で食事を提供するようなところがありますが、そういう会社に限って「食事がまずい」などと文句をいう社員がいるそうです。形を決めるとそれがいつの間にか既得権になり、有難さを感じなくなってしまうので、自分はそういうものは作りたくないと書かれていました。
どんなことでも制度になってしまうと、それに伴って既得権を生んでしまう難しさがあります。私も人事という立場上、一方的に権利主張をされる場面には何度も遭遇してきましたが、そういうことがあるたびに、果たして制度化が良いものなのかと考えてしまいました。
ちなみに、私が見てきた中で、育児支援制度が比較的うまくいっている会社は、女性同士が「私の時にお世話になったから」とか、「私の時はよろしくお願いします」などと話し合っていて、育児支援はお互い様という暗黙の了解ができていました。制度があるからと自分の権利だけを主張するのではなく、それを使う上でのお互いの配慮が重要でした。
こんなことからすると、制度による決めごとはあえて最低限にとどめて、その場その場で、その人と周りの人たちの業務事情に応じた対応をするような考え方も必要ではないかと思います。
制度化が既得権を生んでしまう難しさは、いろいろ考えなければなりません。
このコラムの執筆専門家
- 小笠原 隆夫
- (東京都 / 経営コンサルタント)
- ユニティ・サポート 代表
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