最近は、業務や異動に関する本人希望に対して、ずいぶん配慮される環境になってきましたが、それでも会社によりけりで、まだまだ会社主導の命令でおこなっているところも多く見られます。
今から5年ほど前になりますが、私がたまたま講師を務めたセミナーに参加していた人は、もう10年近く人材育成の仕事への異動を希望し続けていて、ようやく希望がかなったと話していました。
著名な大手企業に在籍している人でしたが、10年もの間希望を出し続ける根気に感心したことと、それを認めた会社の良心、反対に10年も放置し続けた会社の姿勢への疑問など、いろいろなことを感じました。
本人の希望をよく聞き、可能なものであればできるだけ受け入れられるように配慮することは、会社と社員が良い関係を維持するためにも重要なことです。
そうは言うものの、私自身は過去に「この異動希望では受け入れられない」と思ってしまう場面に出会ったことがあります。
私がまだ企業に在籍していて、部門長の立場で仕事をしていた頃のことですが、ある社員から私に「相談がある」とのことで、面談をすることになりました。
その話の内容は、今の部門での仕事が自分には合わず、なおかつ人間関係もあまりうまくいっておらず、上司に異動の希望を出しているが、なかなか思うように対応してくれないといいます。
実はこの社員の話は、すでに上司から聞いていて、「決して仕事が向いていないという評価ではないので、担当業務やチームの組み合わせを変えることで何とか対応していきたい」とのことで、当面は様子を見ることにしていました。
実際にもそのような対応をしていたようですが、本人はその意図を理解できず、いよいよしびれを切らして話をしにきたようです。上司の思いも含めていろいろ話してみましたが、まったく納得はしてくれません。
そんな中で、この社員が言い出したのは、「私は人事の仕事が向いているから、人事部に異動させた欲しい」とのことでした。なぜ向いていると思うのかを聞くと、「自分は人の気持ちに敏感なので、社員からの悩みの相談に乗れる」などと言います。確かに大事な素養ですが、常に相談があるわけでもなく、人事の仕事としてはごく一部のことです。
その後も今の業務への適性や期待など、いろいろ話をしましたが、あまり聞く耳は持ってもらえませんでした。
それから2ヶ月ほど経った頃、全社の組織変更があって、この社員は所属部門と担当上司が代わることになりました。仕事内容や周りのメンバーほぼそのままでしたが、異動希望はそこからぱったりと無くなりました。
本人は気分よく仕事をしている様子なので、あえて確認しませんでしたが、異動希望の理由はたぶん上司との相性の部分が大きく、「人事が向いている」などと言ったのも、それほど深く考えていなかったように思います。もし本人の希望通りに異動していたとしても、あまり好ましい結果にはならなかったでしょう。
自己申告制度などで、本人がやりたい仕事や異動希望などを聞いている会社は、数多くあると思いますが、こういう制度には当然メリットもデメリットもあります。
会社と本人の間で将来に向けたキャリアをすり合わせていったり、目的をもって仕事に取り組めるような意識付けの場にできたりというメリットがある一方、いつまでも希望が聞き入れられない、言うだけ無駄と不満を溜めているなどのデメリットも起こってきます。
前向きな理由で出される希望がある反面、人の好き嫌いや現状逃避など、好ましいとは言えないものも含まれます。
希望を聞くからには、それを実現できる可能性がなければなりませんし、難しいならばその理由をきちんと説明できなければなりません。
安易に希望を受け入れれば良いというものではありませんし、反対にすべて会社の都合で振り回していては、希望を聞くこと自体の意味がなくなってしまいます。このあたりは運用次第で制度の成否が大きく変わります。
希望を語らせることは大切ですが、そのすべてがプラスに働くわけではなく、不満をためたり手間がかかったりするマイナスが出てくる可能性があることも、よく認識しておく必要があります。
このコラムの執筆専門家
- 小笠原 隆夫
- (東京都 / 経営コンサルタント)
- ユニティ・サポート 代表
組織に合ったモチベーション対策と現場力は、業績向上の鍵です。
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