小笠原 隆夫
オガサワラ タカオ「失敗の共有」による疑似体験で人材育成につなげる
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あるウェブ記事で、関西にある人気洋菓子店の人材育成に関する取り組みが紹介されていました。
こちらの社長は、約70人いる社員全員と毎日日報でやり取りをします。罫線だけが引かれた自由書式に書かれた内容すべてに目を通し、翌朝社員へのメッセージを赤字で書き添えて返すそうです。
また、「少しずつ書く量が減っていたり、同じような記述が続くようになったりしたら要注意」だそうで、社員の心の内を見るように細心の注意を払って読み、悩みを抱えていないか、職場で問題が起きていないか、すぐに本人を呼んで確かめるといいます。
経営トップによる緻密な目配りは素晴らしいですが、私が興味を持ったのは「失敗報告会」という取り組みでした。
閉店後に約30人の製造部門の社員が集まり、1日を締める終礼で、その日に自分が犯したミスを事細かに、さらにその原因やどうすれば失敗を防げるかなどを、自分なりに考えをまとめて発表するそうです。
「失敗を全員で共有して学びに変える」という取り組みで、社長は「失敗してもそれを皆の前で話してくれたら、それはもう失敗ではない」と伝え続けているそうです。
「失敗の共有」というと、それほど珍しい考え方ではありません。どんな会社でも品質管理の仕組みがあり、ミスを改善するための様々な取り組みがされています。ISOなどの規格もそうでしょうし、ヒヤリハットのような取り組みもあるでしょう。
ただ、私が今まで見てきた中では、ミスの内容を問わず、その失敗がまだホットなうちに、当事者からの話を関係者全員で共有するという取り組みを、ここまで徹底して実行している会社はありません。
仮に何かをやっていたとしても、全然頻度が少なかったり、成功事例と失敗事例が混在していたりします。どちらかといえば失敗の方が積極的には語られにくく、そのアクションは遠慮がちで遅れぎみ、後回しになりがちです。しかし、実は失敗事例の方が、すぐに改善や向上につなげられる学びが多かったりします。
これを私は「疑似体験」の一種と捉えています。
私自身がどちらかと言えば環境先行の体験重視型なので、よけいにそう感じるのかもしれませんが、何かを学ぼうとするときに、「リアルな実体験」が最も学びに直結しやすいことは確かです。
ただ、そうは言っても自分で経験できることには限度があり、その範囲だけでは世界が狭く広がりが足りません。ここで大事になってくるのが「疑似体験」です。
「疑似体験」で最も良いのは、実際にその経験や体験をした人から、直接話を聞くことです。しかしここにも限度があるので、それ以外は誰かからの間接的な伝聞やメディアなどを介した情報、書籍や文書からの知識などとなっていきます。「人の話をよく聞きなさい」も「本を読みなさい」も、そうやって「疑似体験」の機会を増やして、自分の学びにつなげることが大事です。
紹介されていたこの洋菓子店では、一番の「疑似体験」といえる、「その経験や体験をした人から、直接話を聞く」という機会を頻繁に作っていて、人材育成としては、それなりに理にかなった好ましいやり方です。
「“疑似体験”の機会を増やす」と考えて、人材育成の方法を整理してみると、意外に工夫の余地があると感じます。
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