小笠原 隆夫
オガサワラ タカオ「パワハラ“的な”研修」には価値がないと思う理由
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少し前のことですが、ある新聞に「パワハラ研修」に関する記事がありました。
一般的に「パワハラ研修」と言えば、「パワハラ“防止”研修」を指していることが多く、この言葉で検索すれば、「防止」の話ばかりが出てきますが、この記事で言っているのは、「パワハラ的で過酷な社員研修」のことです。
記事によれば、その特徴は「肉体的負荷をかける」「自己否定させて価値観を破壊する」「外部と遮断する」の3つがあるとのことです。
私の新入社員時代はずいぶん前になりますが、その頃もこういう研修は確かに存在していて、耳にすることがありました。ただし、私自身は「パワハラ“的な”研修」を受けた経験はなく、その理由は、そんな研修をやりそうな会社を避けていたからです。単純に嫌で無駄で役に立つとは思っていなかったからです。
今は、講師の立場になる機会の方が多いですが、それでも「パワハラ“的な”研修」が、特に企業研修では、無駄で無意味だと思う気持ちは変わりません。
しかし、私の周りでも、「パワハラ」としか思えない研修を、未だにやっている会社がありますし、そういうプログラムを提供している研修会社もあります。
「パワハラ“的な”研修」を好む会社を見ていると、経営者の性格や組織風土に共通点があるように見えます。
典型的な例は、社長は創業者かオーナーの年令高めの男性で、圧倒的に男性比率が高く、販売やサービス、ほか営業的な仕事が中心の会社です。社歴が浅いことは少なく、わりと歴史があって伝統的にその手の研修をやり続けています。
研修内容はさまざまですが、駅前で叫び続けさせるようなパワハラ的に作り込まれたプログラムの場合もありますし、座禅や滝行といったものを聞いたこともあります。
何人かの社長に、その研修の目的を聞いたことがありますが、みんな異口同音に、「非日常での不快でつらい体験が、その後に起こり得る仕事上の逆境に活きる」という考えを語っていました。
これが人生経験としてまったく無意味とは思いませんが、企業研修でおこなうことについては、理論的に考えても、私はほとんど意味がないと思います。
例えば、「学習の機会」を考えるガイドラインとして、「70:20:10の法則」といわれるものがあります。
これは、
・学習の70%は、「実際の仕事経験」によって起こる
・学習の20%は、「他者との社会的なかかわり」によって起こる
・学習の10%は、「公的な学習機会」によって起こる
というもので、ここで10%しかない「公的な学習機会」、企業であれば研修やOFF-JTなどを中心に考えるのではなく、「実際の仕事経験(企業であればOJT)」と「他者との社会的なかかわり(上司、先輩後輩、取引先ほか周囲との関係)」を含めた統合的なOJTが、継続できる枠組みで学習機会を考える必要があるとされます。
「パワハラ“的な”研修」は、実務を含めたOJTではありませんから、学習効果は非常に薄いことになります。
また、ドイツの心理学者エビングハウスの実験による、人間の記憶の忘却曲線というものがあります。
それによれば、 人間の記憶は「20分後には58%」「1時間後には44%」「1日後には26%」「1週間後には23%」「1か月後には21%」しか保持していないそうです。
記憶の定着には反復が重要とのことですが、「パワハラ“的な”研修」は反復することができません。
さらに、一流アスリートは自らに厳しいトレーニングを課しますが、それは体力をつけ、技術を高め、成績につなげるには、自身の限界に極めて近い、ギリギリの厳しいものになるということで、決して厳しい体験をすること自体が目的ではありません。
その厳しい経験が、本番で最後のひと踏ん張りができるかどうかのよりどころになることはあるでしょうが、基本的にすべてのトレーニングは本番に直結するOJTのようなものだといえます。
こういった背景から、ただ厳しい体験を目的とした「パワハラ“的な”研修」には意味がなく、異文化体験や精神修養であれば、それはあくまで個人の趣味や嗜好として取り組めばよいことであり、少なくとも企業が社員の能力向上のためにおこなうものではありません。
この話への反論はきっとあるでしょうが、そもそも企業研修にもかかわらず「パワハラ的」と言われてしまう段階で、もうすでに許容されない世の中になっているということを知るべきだと思います。
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