(続き)・・それならば「薬」というものはどうでしょうか。一昔前までは一般の風邪と同様に、インフルエンザには特効薬はない、とされてきました。インフルエンザ特有の高熱に対してはアスピリンなどの鎮痛解熱剤が盛んに用いられましたが、小児を中心として脳症やライ症候群といった重症の副作用が多発し、死亡例や後遺症例などが相次いだため、国内外ともに鎮痛解熱剤の使用には慎重になっていきました。そういう状況の中、2001年に鳴り物入りで販売開始となったのが「タミフル」(オセルタミビル)です。
タミフルは中華食材として知られる八角から抽出された物質をもとに製造され、インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼを阻害することにより、インフルエンザに効力を発揮します。前述のごとくノイラミニダーゼはウイルスが宿主細胞内で増殖した後、細胞外に出ていく時に必要な「カギ」に当たる構造物です。タミフルはそのノイラミニダーゼの機能を阻害し、ウイルスをいわば細胞内に閉じ込めた状態に陥れることによって、その増殖や拡散を阻止します。
このタミフルが登場した当初は、ついにインフルエンザの「特効薬」が登場した、と大きな期待をもって迎えられました。タミフルがインフルエンザのノイラミニダーゼの働きをしっかりと抑制してくれる限りに於いては、頼もしい効果を発揮してくれるようです。実際に登場して間もなくの頃はインフルエンザの治癒を早め、その症状を緩和してくれるという治験が相次ぎ、夢の特効薬か、などと騒がれたものです。それではインフルエンザに罹った場合、タミフルさえ飲んでいれば治る、というものでしょうか。
ところが現実はそう甘くはありませんでした。先ず第一に、ワクチンと違ってタミフルには予防効果はありません。実際にウイルスに感染し発症してからでないと効果が発揮されないのです。予防的にタミフルを飲む人が後を絶ちませんが、全く意味のない行為といえます。またタミフルにはウイルスの増殖を抑制する効果はあるものの、ウイルスを絶滅させる力はありません。従って飲んで直ぐに治る訳ではなく、治癒までの日数を1日か2日程度、早めるくらいの効果に留まります。
それにタミフルは発症してから48時間以内の「早期」でなければ、充分な効果が得られません。発症早期ならばウイルス量が比較的少ないために、その増殖抑制効果が期待されますが、48時間以上が経過すると、ウイルス量が1兆個以上のオーダーに達するために、もはやタミフルの増殖抑制作用が太刀打ちできないのです。従ってタミフルはインフルエンザの発症早期に、若干の症状緩和と治癒促進を目的として内服するべきものであり、それ以上の期待をしても意味はないのです。
それに加えて「耐性ウイルス」の出現という問題が立ちふさがっています。つまりタミフルの登場後しばらくしてから、タミフルの効かないインフルエンザウイルスが出現してきたのです。WHOなどの調査では、2009年までに約90%のウイルス株に耐性が認められた、と報告されています。臨床の現場でも、タミフルが全く効果がなかった、という報告が相次ぐようになっています。この耐性は抗生物質でも避けて通ることのできない問題となっており、インフルエンザ薬に於いても宿命的といえるのです。
さらに「副作用」に関しても、無視できないものが出現しています。アナフィラキシー・ショックや肝機能障害、白血球減少などといった一般的な副作用に加えて、乳幼児や未成年者を中心に脳症や異常行動、突然死などの深刻な副作用が相次いで報告されています。中にはタミフルを飲んで間もなく、マンションのベランダから飛び降りたり、自動車に飛び込んで死亡した若年者の例もあり、戦慄さえ感じます。これら重篤な副作用の頻度は極めて低いと考えられますが、未成年者には処方を控えるように勧告されるなど、使用にあたっては慎重さが求められます。
タミフルと同じ作用をもつ薬にリレンザ(ザナミビル)があり、こちらは吸入薬であるために、やや使いづらいとして敬遠されがちですが、タミフルに関して上記の耐性が出現した際には、代わりにリレンザを用いるなどということが行なわれており、実際にタミフル無効の症例でもリレンザが効いたという報告があります。しかしながらリレンザもタミフル同様、早かれ遅かれ耐性が出現するのは避けられず、しかも副作用もほぼ同様のため、やはり慎重な対応が求められているといえます。要は薬というものの効用と限界、危険性を充分にわきまえた上で、注意しながら使用する姿勢が必要です・・(続く)
このコラムの執筆専門家
- 吉野 真人
- (東京都 / 医師)
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