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対象:特許・商標・著作権
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ソフトウェア関連発明特許に係る判例紹介(第5回)
包袋禁反言により、被告システムは技術範囲に属しないと判断された判例~
平成25年(行ワ)第1723号
原告:有限会社ビズファ
被告: 株式会社ドリーム・アーツ
2014年8月8日
執筆者 河野特許事務所 弁理士 田中 伸次
1.概要
本件は、発明の名称を「データベースシステム」とする特許権(登録第4738704号)を有する原告が、被告が製造・販売するソフトウェア製品「ひびきSm@rtDB」をインストールしたシステム(以下「被告システム」と記す)は、当該特許権侵害にあたるとして、損害賠償を求めた事件である。
2.背景
1) 特許の内容
本件特許出願(以下「本願」と記す)に係る発明(以下「本願発明」と記す)は、データベースあるいは(データ)ベース項目の構成に関して専門的な知識を有しない者でも、容易にデータ項目の追加、修正、削除を行うことができる手段を提供することを目的としている。そして、本願の請求項1に係る発明は、以下のとおりである(下線は筆者、以下同様)。
A 通信ネットワークを介してユーザ用コンピュータに接続される,複数のデータベース(検索可能に配列されたデータの集合)を記憶した記憶装置と,サーバと,を備えたデータベースシステムであって,
B 上記複数のデータベースを記憶した記憶装置は,任意の情報処理ソフトウェアでそれに格納されたデータを用いることができるものであり,
C 上記各データベースは各種データをデータ項目毎に区分して配列するものであり,
D 上記サーバは,上記ユーザ用コンピュータからの指示により,上記複数のデータベースで共用することができるデータ項目を定義する項目定義手段と,
E 上記ユーザ用コンピュータからの指示により,上記複数のデータベースの各々と上記データ項目とを関連付けるデータベース・項目関連付け手段と,を有し,
F 上記ユーザ用コンピュータから,ユーザがウェブブラウザを用いて上記通信ネットワークを介して上記ユーザ用コンピュータの入力画面を参照しつつ操作することにより,
G 上記項目定義手段及び上記データベース・項目関連付け手段によって上記データ項目を上記各データベースに対して任意に追加,削除又は変更することができるようになっていることを特徴とする
H データベースシステム。
本願発明は、項目定義手段により、複数のデータベースで共用することができるデータ項目を定義する点(図1参照)、及び、項目定義手段及びデータベース・項目関連付け手段によってデータ項目を各データベースに対して任意に追加,削除又は変更することができるようになっている点(図2)が特徴である。
図1 本願の図3
図2 本願の図4
2) 審査経過
本願の審査経過は、以下のとおりである。
平成14年 5月15日 出願(特願2002-140456)
平成17年 3月30日 審査請求
平成20年 5月27日 拒絶理由通知書発送
平成20年 7月28日 意見書、手続補正書提出
平成20年 9月 2日 拒絶査定書発送
平成20年10月 2日 審判請求書
(不服2011-27507)
平成20年11月 4日 手続補正書提出
平成21年 3月 6日 前置解除
平成23年 3月22日 拒絶理由通知書発送
平成23年 3月25日 意見書、手続補正書提出
平成23年 4月19日 審決書送達
後述するが、本件において、拒絶理由に対する意見書の反論内容、及び審判段階での補正がポイントである。
3.訴訟での争点
1) 争点
争点は以下の3つである。
a)被告製品をインストールしたシステムは、本願発明の技術的範囲に属するか。
b)被告が被告製品を製造・販売する行為は、特許法101条1号の間接侵害にあたるか。
c)損害額。
判決では、被告製品をインストールしたシステムは、本願発明の技術的範囲に属しないと判断されたため、b)、c)については判断されていない。
2) データ項目を複数のデータベースで共用できる点について
被告システムが、本願発明の技術的範囲に属するか否かで成否を分けたのは、以下の構成要件である。
本願の請求項1では、
D 上記サーバは、…複数のデータベースで共用することができるデータ項目を定義するデータ項目定義手段と、
E 上記ユーザ用…上記複数のデータベースの各々と上記データ項目とを関連付けるデータベース・項目関連付け手段と,を有し,
G 上記項目定義手段及び上記データベース・項目関連付け手段によって上記データ項目を上記各データベースに対して任意に追加,削除又は変更することができるようになっていることを特徴とする
と記載されており、データ項目は複数のデータベースで共用することができる。
また、本願発明は、データ項目を共用できることから、データ項目を定義してから、データベースを作成することが前提となっているが、被告システムは、データテーブルを作成後に、当該データテーブルのデータ項目を作成する構成となっており、当該構成が、本願発明の技術的範囲に属するかが争点となった。
4.裁判所の判断
裁判所は、被告システムについて、次のように認定した。
「そもそも,被告システムは,最初に「バインダ」(データベース)を作成し,次に「文字入力ボックス」や「数値入力ボックス」等の「部品」を用いてバインダを構成するフィールド(データ項目)を作成する構成のものである。このようにして作成されたフィールド(データ項目)は,個々のバインダ(データベース)に専属するものである。」
そのうえで、本願発明と被告システムとの相違を以下のように指摘した。
「本件特許発明1の「データ項目を共用する」とは,項目定義手段によってデータ項目(フィールド)の定義を変更すると,それが全てのデータベース(テーブル)に反映されることをいうものであるところ,上記のような被告システムの構成からすると,このような本件特許発明1の作用効果を奏するものとは認められない。」
そして、被告システムが本願発明の技術的範囲に属するとの主張は、以下のように、包袋禁反言の原則により、許されないとした。
「原告は,本件特許出願の手続において,最初に何らかのデータベース(テーブル)を作成し,次にこのデータベース(テーブル)を構成するデータ項目(フィールド)を作成する構成は,本件特許発明1の構成と異なることを明確に述べており,このことからすると,被告システムが本件特許発明1の技術的範囲に属する旨の原告の主張は包袋禁反言の原則により許されないものというべきである。」
5.結論
裁判所は、被告システムは、本願発明の構成要件D、E及びGを充足しないし、技術的範囲に属する旨の主張は包袋禁反言の原則により許されないとした。
6.考察
本事件において、被告システムは、そもそも本願発明の構成要件D、E及びGを充足しないとされた。これらの構成要件について、審判段階で審判合議体から第36条第2項(記載不明確)の拒絶理由を受けている。そして、拒絶理由に対して補正を行ったことにより、登録審決を受けている。その結果、当該補正により技術的範囲が限定され、被告システムは属しないこととなった。しかも、包袋禁反言の原則により、被告システムが本願発明の技術的範囲に属することも、封じられた。
審判段階に受けた拒絶理由が第36条第2項であったため、原告は、記載を明確にする補正によって、本願発明の技術的範囲が狭まるとは想定していなかった可能性がある。
「特許・実用新案 審査基準」の2.2.2.3には 第36条第6項第2号違反の類型として、「(1)請求項の記載自体が不明確である結果、発明が不明確となる場合。」が示されており、コンピュータ・ソフトウェア関連発明においても、多く通知されている。
ここで、注意が必要なのは、「不明確」には少なくとも2つのパターンがあることである。1つは、用語が統一されていない、係り受けが不明確であるなどの日本語表現の問題により、不明確な場合である。もう一つは、情報処理の内容が漠然としていて処理内容が不明確な場合である。前者の場合は表現の問題であるから、記載を明確にする補正することにより、技術的範囲が狭まってしまうことは少ないと考えられる。
しかし、後者の場合、漠然としているのは、上位概念で表現しているからであり、記載を明確にすることにより下位概念に限定され、技術的範囲が狭まることは、少なくないと考える。
したがって、審判段階において、所謂進歩性の拒絶理由はないが記載不備があり、それを補正したら登録審決を出すと審判合議体より打診があったとしても、注意が必要である。記載不備により、技術的範囲が変わってしまうのか否かを検討する必要がある。
なお、本件では、前置審査の段階で、原告が本願発明と引用文献1との相違の1つとして、「本願基本発明では、各データ項目は複数のデータベース間で共有することができるものであるが、引用文献1に記載された発明では、各フィールドは特定の1つのデータベースに専属するものであって複数のデータベース間で共有することができるものではない。」と主張した。しかし、請求項の記載は、「上記各データ項目は任意のデータベースに利用することができ」という機能的な記載であった。そのため、特許査定はされず、前置報告が作成された。なお、前置報告には「任意のデータベースに利用できる」との記載の技術的意義が不明確であるとの指摘されている。
審判合議体は、上記の原告主張及び前置報告における審査官の記載不明確の判断を受けて、記載不明確が解消されれば、進歩性が担保され、特許できると判断したのであろう。そして、本願発明は登録審決を受けたが、結果的には、被告システムが技術的範囲に属しなくなった。しかも、審査段階においてした進歩性の主張が、被告システムを意識的に除外したものとされ、包袋禁反言となったのである。
審査段階における進歩性の主張、審判段階における記載不備解消のための補正が、本願発明の技術的範囲にどのような影響を与えたのか、権利行使の際には検討が必要である。
以上
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