堀江 健一(恋愛恐怖症・心の問題カウンセラー)- コラム「優等生タイプの人は、意識して「良い加減」を目指した方が良い」 - 専門家プロファイル

堀江 健一
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ホリエ ケンイチ
( 東京都 / 恋愛恐怖症・心の問題カウンセラー )
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優等生タイプの人は、意識して「良い加減」を目指した方が良い

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恋愛心理 自己受容 2014-02-17 15:24

 「やらなければならない」と思っていることや、「考えなければいけない」ことや「決めなければならない」ということがあっても、なかなか手を付ける気になれず、先送りにしてしまうことってありますよね。

スキルアップの勉強や、仕事に取り掛かる前に、なかなかエンジンがかからずに、今しなくてもよい様な事、例えば、なんとなくダラダラとテレビを観てしまったり、急に掃除を始めてしまったりして。

 

一言で言えば、面倒臭いということはあるでしょう。「本当はやりたくない」「のんびりしたり、ブラブラしていたい」。それはそれで正直な気持ちだと思います。でも「やらなければならない」からやるしかない。

そうしてなんとかこなしてやるものです。

 

恋愛においても、

「親にも言われるし、早く結婚考えなきゃなぁ」

「恋人が欲しいなぁ」と思う気持ちはあっても、実際にそれに伴う具体的な行動には移れず、なんとなく出会いを待っているだけ。

なんて人も多いのではないかと思います。

 

そうしたことが、慢性化し、悩みにまでなってしまわれる方がおられます。

「やらなければと、プレッシャーだけが積み重なって、ますます本当に手をつけられなくなる」

「時間が過ぎて行くだけで、本当にヤバいと思っても、それでも手がつけられない、焦る気持ちで、おかしくなりそう」

「やらなければならない事なのに、なんで自分はすぐにやれないのだ。ダメじゃないか!」

と、自己嫌悪感が強まるなど。

 

こうした「先送りしてしまう心理」の問題は、心理学においても、重要な研究課題として、さまざまな事が言われております。

ここでは、私のカウンセリングの経験と照らし合わせて、

「自己受容」と「完璧主義

との観点で話してみたいと思います。

 

物事を「やらなければならない」と合理的な判断しているのは、知性的な心の部分(脳の知性的な事を考える部分、大脳)です。

それに対し、「やりたくない」と思うのは感情的な心の部分(脳の感情的・本能的な事を感じる部分、大脳辺縁系)の担当です。そのそれぞれが心の中で会議をして、妥協したり中間点を探しながら「どうするか」決めているのです。

 

普通に考えれば「やらなければいけない、けど、やりたくない」と思っている場合が多いように思いますが、この

「やりたくない」と言う感情が自分でも自覚できていない

場合があります。

「やらなければいけないのに、なんでやれないのだ!?」と思うばかりで、自分に「やりたくない」気持ちがあることが、わかっていないのです。

ですから、では「どうしてやりたくないのか?」ということもわからないし、その気持ちに焦点が当てられる事もないので、ちっとも解決には至りません。

 

カウンセリングでは、まず自分に「やりたくない」のだと言う気持ちがあることに気付いていただく事がまず必要になって来ます。

 

では、なぜ自分の気持ちさえわかないような状況が生まれてしまうのでしょう?

人それぞれ、様々な理由が考えられますが、ここではそのほんの一例として、ある優等生のケースをあげてみたいと思います。

 

優等生とは、小さい頃から「大人の言う事を何でも良く聞く子供」です。

違う言い方をすれば、親や、先生の言う事を、その通りに聞いて、行動していれば「良い子だね」と褒めてもらえるので、その通りに行動する事が身に付きますし、言う事を聞かないと怒られてしまうので、大人が言う事が「正しい」「その様に行動するべき」という無意識が刷りこまれて育ちます。それが当たり前の事の様に日常生活を送るようになります。

 

すると、段々「大人の言う事」に背く様な自分の主張をしなくなり、極端に言えば、自分の感情を捨ててしまい、感じなくなってしまうのです。

「やらなければいけない事を、でもやりたくない」と言う様な想いは、大人の考えからすると良くない感情でしょう。

「習い事なんかやりたくない」と思っても、「将来、絶対必要なのよ!」「あなたの為なんだから!」と言われて「言う事を聞きなさい」と育ったのですから、「やりたくない」なんて気持ちは「悪い」気持ちだと思い込んでしまうわけです。

 

「やりたくない」と言う気持ちが自分では意識できない場合でも、「やりたくない」気持ちが無くなってしまうわけではありません。無意識の奥深くにしまわれてしまうだけなのです。

 

また、「やりたくない」と言う気持ちが自分で自覚できたとしても、そのような気持ちを抱いてしまうこと自体に、非常に「罪悪感」が伴ってしまう様になります。

 

それが「ありのままの自分ではいけない」と言う禁止令として働いてしまい、自己受容できない大きな要因の一つとなります。

 

また「優等生」な子供は、親や先生の期待に応えようと、とてもがんばってしまいます。

がんばれば、これも褒められますから、ますます完璧を目指すようになってしまいます。

これが後々、非常にプレッシャーとして、自分に返ってくる事になってしまうのです。

 

プレッシャーが強いと、行動するのに萎縮してしまい、それをするのが「怖く」なってしまいます。

例えば勉強や仕事などでも、単純に「覚えれば良い」「知らないことを知ることが楽しい」とは思えず、

「覚えられなかったら、どうしよう」

「テストの点数が取れなかったら、どうしよう」

「上手くできなかったら、どうしよう」

と不安の方が強くなるのですね。

すると、例え自分の意識では積極的にやりたいと思う様なことでも、「なるべくやらないでおきたい」という消極的な気持ちの方が無意識的に勝ってしまうこととなります。

「お母さんの期待を、裏切れない」ような恐怖

があれば、もうその事を「(できれば)やりたくない」と思ってしまっても無理はないのですが、その恐怖も、「やりたくない」気持ちも、自分では自覚できなくなっていたりするのですね。

遊びや、人との出会いなどの様な、本来「楽しむため」にする様なことであったとしても、常に「上手く出来なかったらどうしよう」「仲良くなれなかったら、どうしよう」という不安がつきまとってしまうために、それをすることを避けようとする様な気持ちが働いてしまいます。

ですから、なるべく「結果」を考えずに、今を「楽しむ」気持ちを意識して、「出来なくて元々だ」と開き直る様なお気持ちで、肩の力を抜いてトライしていただければなぁ、と思います。

続く

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