悩み事はときに「新たな充実感」を生み出すきっかけにもなります
- (
- 5.0
- )
はじめまして。カウンセラーの田尻と申します。
>どう苦しく感じているのか等分からないことばかりでとても不安で苦しい。
でしたら、まずは辛い状況について、ご自身の心のうちを整理してみることが役立つように思えました。
ですので参考までに、分析の観点をいくつかお伝えさせていただきます。
1. 例えば「有象無象」という言葉は、辞書的には「くだらない」という意味があるようです。
だとすれば仮に他人に対してそのような感情をお持ちの場合、無関心さは「くだらない」と感じることと関わる煩わしさから生じているのかもしれません。
2. 続いても「他人への無関心」についてですが、もし仮に誰とも関わらずに済むとすれば、それは安らぎをもたらすでしょうか。それとも、それはそれで寂しさも感じるでしょうか。
仮にもし後者だとそれば、本当は他人と関わりたい気持ちがあっても、実際の関わりがご自身の理想とかけ離れたものになってしまっている可能性も考えられます。
この場合は、現実の関わりの状態が苦痛でしかないため、それを避けたいとの欲求が生じ、この(無意識的な)欲求が、表面的には「無関心」として意識されているという解釈です。
3. また「対人関係への考え方についての、一般的なものからの逸脱」についても、これが欲求なのか、それとも本当は気が進まないのに「世間に合わせなければならない」と感じているのかを判断するのも有益と考えられます。
なぜなら仮に後者であった場合は、一般常識に従わないことのデメリットと苦痛の度合いを天秤にかけ、もし常識に従わない生き方でもそれほど深刻なダメージを受けないとの判断に至れば、逸脱をむしろ「個性」として受け入れることで、非常に楽になれる可能性があるためです。
4. 最後にこれは個人的に感じたことですが、例えば「好意がお互いあるからラリーが続くのか、そもそも好意って何だろう」といったことは、おそらく多くの人は疑問に感じたことさえないかもしれません。
こうした疑問は、おそらく悩みと真剣に向き合い、何とか打開策を見出そうとされる中から生まれてきたものではないかと考えられます。
だとすれば、こうした疑問の数々は、苦痛をもたらすと同時に、他人があまり目を向けることのない事柄への「関心」という側面も持ち合わせているように思えました。
そしてもしこれらの関心事を一旦悩みと切り離し「学問的な探求」の対象として捉えることができれば、それは真剣に打ち込むことができる事柄が生まれたことによる、ある種の充実感につながる可能性もあるようにも思えました。
評価・お礼
dusk08 さん
2022/04/30 12:59
田尻様
ご回答ありがとうございます。御礼が遅くなり申し訳ございません。
問題の整理、切り分けのご回答大変ためになりました。
今見直してみて、事象を一緒くたに考え、その全てを一気にどうにかしないとどうにもならない途方もない大きい問題と考えてしまっていてどこからどうしたらいいか思い悩んでいたように感じます。
悩みと関心事それぞれで考えてみるということ、それをどのように感じているか、ご回答の一文一文しっかり読んで自問自答をすると自分の想いが分かるような気がしてきました。
また、悩みは悪いことのように思っていましたが、探求するものと捉えられることができるというのも自分では出てこない考え方だったため、とてもありがたいご意見でした。
これを受けて今一度自分と向き合っていきたいと思います。
本当にありがとうございました
回答専門家
- 田尻 健二
- ( 東京都 / 心理カウンセラー )
- 心理カウンセラー・産業カウンセラー・夢分析家
お望みの人生の変化への効果的なお手伝いが私の仕事です
お客様のお悩みの解決や心理的な苦痛の解消・軽減のお手伝いだけでなく、お客様が望まれる人生の変化への効果的なお手伝いができたり希望を持っていただけるようなカウンセラーでありたいと思っています。専門領域は自己愛です。
(現在のポイント:-pt)
この回答の相談
はじめまして。20代後半の女性です。
対人関係への考え方について、自分は一般的なものからかなり逸脱しているように感じ、専門家の方のご意見をいただけたらと思いご相談させていただきます。
拙かった… [続きを読む]
dusk08さん (東京都/28歳/女性)
このQ&Aの回答
このQ&Aに類似したQ&A