(続き)・・人間が他の動物に先んじて文明を築いてきたのは、脳を駆使して思考してきたからであり、同時に暑さにも負けずに額に汗して働いてきたからです。つまり文明はまさに「汗の結晶」といえるのです。その大切な脳を暑さから守るために、人間は特に上半身に多数の汗腺を備えました。汗が首筋から胸元にかけて特にかきやすいのはそういう理由からです。このような汗腺の存在により、人間は比較的暑さに強く寒さに弱い動物となりました。
また汗腺にはアポクリン腺とエクリン腺の2種類があります。このうちアポクリン腺は主として動物が臭いを出して異性を引き付けるための汗腺ですが、アポクリン腺だけでは素早く効率よく汗をかくのには不充分なため、体温を急速に冷却させる目的で人間がエクリン腺を別立てで進化させてきたのです。実際に暑い環境で汗をかくのは主にエクリン腺の方です。エクリン腺は人体で最も新しく進化した器官といわれています。
36.5℃という体温は脳にとっての至適温度であり、腹部など他の部位では37℃以上が至適温度といわれています。つまり人間の体では脳の至適温度を優先し、腹部にとっては少し低過ぎるともいえる体温を受け入れてきました。言い方を変えると、腹部など下半身を37℃かそれ以上に温めてやると、より優れた機能を発揮するのです。昔から「頭寒足熱」といったのは、脳を冷やして腹部や足などの下半身を温めることの大切さを伝えた名言です。
一口に「汗」といいますが、汗を構成する要素にはどのようなものがあるでしょうか。汗はエクリン腺で血液を原料として作られますが、一たん血液から取りこんだ諸々の成分のうち、人間にとって必要な成分、すなわちタンパク質やアミノ酸、各種ミネラルなどを元の血管に返し、殆んど水だけとなった汗を出すことで血液の成分を保持しています。この仕組みを「再吸収」といい、これが汗の質を決定しています。
この再吸収がうまく機能していれば水に近い「サラサラ」な汗が出て、風が吹けば蒸発して上がった体温を下げてくれます。しかもミネラルなど大切な成分の損失も殆んどありません。しかし再吸収がうまく働かない場合には塩分やミネラル分の多い「ベタベタ」した汗が出て、蒸発しにくいため体温をうまく下げてくれないばかりか、ミネラルの損失もあるため体調不良につながります。冒頭の熱中症にもかかりやすい状態といえるのです。
現代人の多くはこの汗腺の機能が低下しています。具体的には汗をかく機会が極端に減り、また汗をかくべき時にきちんとかけないという現象が起きています。人間は何百万年という長い時間をかけて汗腺を進化させてきましたが、今その機能を急速に退化させつつあるのです。汗腺は進化の過程で一番後に作られた新しい器官ですが、それだけに一番不安定で怠けやすい器官でもあります。つまり汗腺は日常的に使わなければ、いとも簡単に退化してしまうのです。これは単に汗が出ないという現象面だけに留まらず、体温調整という大切な仕組みが破綻するということを意味しています・・(続く)
このコラムの執筆専門家
- 吉野 真人
- (東京都 / 医師)
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