堀江 健一(恋愛恐怖症・心の問題カウンセラー)- コラム「海月姫4 自信が無い人ほど、やりたい事を見つけた方が良い」 - 専門家プロファイル

堀江 健一
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ホリエ ケンイチ
( 東京都 / 恋愛恐怖症・心の問題カウンセラー )
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海月姫4 自信が無い人ほど、やりたい事を見つけた方が良い

- good

恋愛心理 自己受容 2018-05-14 23:41

前回は「人はなぜ結婚するのですか?」と言う相談掲示板に寄せられた質問を題材に結婚や人生の目的などについて書いてみました。

 質問者さんは質問の中で
「子供は得意じゃないので欲しいと言う願望がないのです。でも、出産はしてみたいです」
「なるほど家族を作りたいと思った時に結婚するんですね!?」とコメントしていました。
なんとなく気持ちはわかりますが、よ~く考えてみると、(子供が欲しい)願望はないのに、(出産は)してみたい、と思うのはちょっと不思議な感じがしませんか?
 

せっかく女に生まれたのだから、産んでみたいのでしょうか?

子供を産んでみたいだけなら、1人でも生きていく経済力があればハリウッド女優のジュディ・フォスターさんのように精子バンクで子種を調達する人もアメリカでは多いようです。

ただ、ジュディ・フォスターさんの場合は、ご自身がレズビアンなため、男性と子作りするわけには行かないのでと言う明確な理由が大きいのでしょうが。

普通は子供は1人では出来ないし、シングルマザーとして育てていく事も日本ではかなり負担が大きいものです。

子供が欲しいから、そのために結婚もして家族も作りたい。

それだったら、わかります。

でもこの質問者さんのように
「してみたいわけではないけど、してみたい」と非常に曖昧模糊とした気持ちで生きている方は実際多いのではないでしょうか?



私のクライアントさんの中でも「実際婚活しているけれど、なんで結婚したいのか良くわからない。相手を好きなのかも良くわからないから、その人と結婚したいと思っているのかも良くわからない。でも結婚してみたい」みたいな、非常に自分の欲求や願望や目的意識が持てていない方が多く見受けられるものです。

そしてそうした方の傾向として「自分に自信が無い」と言う心情があります。

 

ここでまた、ドラマ「海月姫」に出てくる尼~ずのメンバーを引き合いに出してみたいと思います。

アパート「天水館」の住人達「尼~ず」は、自分の世界に引きこもっている二―トです。

特に鉄道オタクでアフロヘア「ばんばさん」と、

三国志オタクでいつもジャージ姿「まややさん」は

二人ともどんな顔をしているのかもわからないほど前髪でいつも顔を隠しています。

おしゃれヘアスなわけではなく、外界から自分を守っているのです。

漫画とは言え、わかりやすい引きこもりキャラです。

実際現実の日常でも視線恐怖と言う人がおり、サングラスやマスクで人からの視線を遮断していないと人前に出るのが苦痛になる人がいます。

そこまででは無くとも、電車内で音楽を聴いているふりをして(実際にも聴いているのですが)、

怖い外界から自分を遮断して耐えている様な人もいるようです。

周りから「周りと違う人」「変な人」とか思われてしまっている様に感じて、人に注目されるのが怖いのですが、

もちろんそんな風に本人を注目している人は誰もいません。

本当は注目されたい気持ちの反動なのではないかと言う説もあります。

極端な例ですが、人前に身を曝す自信が無いのですね。

 

まぁそんな二人ですが、二人とも自分の趣味の世界は豊かなのですが、

「何をやりたい」とか「将来こうなりたい」とか自分の欲求が無く、

仕事に就く気持ちも無く、正に自分の世界にだけ籠っているわけです。

「天水館」が再開発計画上取り壊される危機となり、仕方なく他の仲間と一緒に「天水館」を買い取る資金集めの為に主人公がデザインしたドレスを手縫いで制作する仕事をやらされるはめになるのです。

最初は「やらされている」と言う感じで、かなり消極的だったのですが、みんなで力を合わせてドレスを作るのが楽しくなってきたのか、段々主体的に自分の欲求として「みんなで作りたい」と思うようになっていったようです。
こんな事態にでもならなければきっと、みんなで何かやる、しかもドレスを作るなんて事をすることになるとは思いもしなかったことでしょう。

この出来事をきっかけにファッションショーを開き、自分たちしかモデルがいないので、
モデルとして知らない人達の前に出る事にもなり、アパートも立ち退かなくてはならなくなり、仕事にも就こうとする意欲が出てきます。
仕事はしなくてはならないと言うつもりはありませんが、彼女たちが自分たちの意思ではなかったにせよ、

その時の流れでそんな外の世界に出て行こうと思えるようになったのは、まるでニート界のサクセスストーリーかのようです。

漫画だから、ドラマだからと言ってしまっては元も子もありませんが、
現実にもこのような流れに身を任せてみるのも良い結果に繋がることもあるかも知れません。

私も不安があって消極的にしか動けないこともありますが、なるべく向こうから何か流れて来た時には、

拒絶してしまうのではなく、流れに身を任せるように受けてみることを心がけるようにしています。
ほんの些細な事でも良いと思います。


自分ではあまり趣味ではなかった音楽や、書籍なども、人から「良いよ」と勧められたら、なるべく聞いたり読んだりしてみるようにしています。
自分の意思だけでは開くことが無かったであろう自分の知らない世界が広がるような気がします。
自分の意思を貫くことも大切だと思うのですが、意思とは別の、理性とは別の感覚で

「受け入れてみよう」と思っていると、不思議と出会いと言うものが訪れたりするものです。(人との出会いに限らず、自分に変化をもたらす事・チャンスとの出会いです)

もともと私がカウンセラーになったのも、そう強い意志でカウンセラーになりたい!と最初から思ったわけでもありません。
人の心理には興味はあったので、デザイナーの仕事にも行き詰まりを感じていた時に、

ふと手にした地元の情報誌である「リビングなんとか」に、家の近くにあるらしいカウンセラー養成学校である荻窪医療心理学院の宣伝が載っているのを見て、ほんの拍子で入学してしまったような感覚でした。

やがて本気で臨床心理学を学びたいと思うようになったるのですが、もうすでに30歳も後半に差し掛かる歳で、今から勉強して仕事について食べられるようにまでなれるのだろうかと随分不安も感じたものです。
しかも当時の私は資格もないとダメだと思っていたので臨床心理士にならないとと思っていました。

臨床心理士になるには大学院に入学し、博士課程の単位を取らなければなりません。
今でこそ社会人向けの大学院もありますが、当時は無く、現役の大学生と同じように英語の勉強までしないと試験に合格できません。
ましてやまったく畑違いの美大卒です。
欲求が具体化すればするほど、壁も高く感じてしまい、一時は不眠症になりました。


そんな時、父親が帯状疱疹の後遺症による痛みが強く、学校の講師に来ていた催眠療法を行う先生に心療を頼んだのです。
その後、その先生にお声をかけて頂き、弟子のような感じで先生のカウンセリング施設で研修を受け始め、今の私があるのですから、幸運な縁があったのでしょう。


追い詰められるような気持ちになった時もありましたが、研修を受け初めて現場での実践的な勉強になり、充実感もあったのでしょう。
まずは地道に大学で心理学の単位を取得してから大学院も考えてみようと、地に足が付いたように気持ちにもなり
焦らず落ち着いて放送大学に入学し、無事単位も取れるまでになれました。

正直デザイン関係やIT企業に勤めていた私が、まったく職種の異なる仕事を目指すのは無謀とも思われる事だったと思います。
一度ある業界に就職した人は、転職するにしてもまったく違う業界に行くことは稀なことではないでしょうか?
当然不安も感じたことは書きましたが、不思議と「自信がなくて、あきらめる」と言う心境にはなりませんでした。
別に「私はカウンセラーの才能がある」とか「頭がいいから勉強が出来る」とか、自信があったわけではまったくありません。
どちらかと言うと、「なれる」とか「なれないだろう」とか考えることもしない、少し「おバカさん」だったのかも知れません。
学んでみたかったし、カウンセラーになりたいなと言う欲求があり、主体的に勉強は出来ていたのだろうと思います。
勉強するしか不安を払拭するすべもなかったとも思います。


少しは経験があるカウンセラーとして今思うのは、主体的な欲求がある人は、あまり何かに挑戦するのに自信があるとか無いとかは考えないものなのではないだろうかと思うのです。
なれるかどうか、出来るかどうか?上手く行くかどうか?と不安はあっても無理も無い気がします。

未来の事はわかりません。

努力が報われたいとも思います。

でもこのまま「ヤバいなと思いながら変化しないでいる事の方が恐ろしく感じました。
でも、やってみたこともないことをやるのに「自信が持てている」わけが無いとも思うのです。


やってみたいことをやるのに、自信を持つ必要はないのではないでしょうか?
やってみて出来なくたって、良いじゃないですか?

やってみる事が最大の目的なのですから。
結果を気にしすぎる方は、成果を上げることや、そのことで褒められたり、認めてもらうことが目的になっているのではないでしょうか?
本当にやってみたいことをやるのであれば、それをやるにはどうするかと考える必要はあると思いますが、その成果の事はもっと先々になってから考えても良いのかも知れません。
そんな意味で、

「自信が持てない」と思う人ほど、本当にやってみたいことを見つけて、やってみる経験

が必要だと思うのです。
 

続く



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