[Japan is so weird. Or is it me?]Chapter2-6【Instant Teacher】 - 外国生活 - 専門家プロファイル

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大澤 眞知子
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閲覧数順 2021年12月04日更新

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[Japan is so weird. Or is it me?]Chapter2-6【Instant Teacher】

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Story (Robert McMillan)

カナダ大学留学に備え真剣に準備する日本の中・高校生のためのSupport Group-カナダクラブ 

その貴重なパートナーであり、UX English (カナダからの英語学習サイト) AdministratorであるRobert McMillanが語るストーリー”Japan is so weird. Or is it me?” 

クリティカルシンキングの国カナダから日本にやって来た若者が出会った変てこ日本ストーリー
クリティカルシンキング不在の不思議の国日本から、カナダに向かう日本人のために
カナダで出会う180度真逆カルチャーショックへのワクチンとして贈ります
(日本語訳付き)
 

Chapter 1 Chapter 2-5

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Instant Teacher


I used to enjoy instant ramen commercials in Japan. It looked so simple. Open the pack, pour in hot water, and wait. Native English speakers in Japan are in the same category. Throw one in a classroom and shazam, you’ve got an instant teacher. 

When I arrived in Japan in April 1989, I was handed picture cards and thrown into a classroom. I was teaching English before learning how to teach. 

The first week was fine. Students are excited to meet the new “teacher” and hear where they’re from. The second week was hell. I made plans and burnt through them in the first ten minutes of class. I would stand looking at students and blinking. They would sit looking at me and blinking. 

I seriously needed to learn how to teach. 

So I turned to books. 

I did not want a how-to-teach manual. I needed ideas. For that, I looked to educational philosophers. 

At first, I tried to develop classes around the Socratic method, where everyone asks questions in pursuit of understanding. But I soon found that Japanese kids were not built for questions. 

If I wrote “Do you have …?” on the blackboard, most students could fill in the blank and ask a question. However, if I told a simple story, they would ask for facts or nothing at all. 

Take, for example, the old prairie joke: “My dog ran away from home three days ago,” I would say, and point in the imaginary distance, “See! There she is.” 

This tale was in simple grammar taught in Japanese junior high schools, and I was excited about hearing the student reactions. I anticipated questions such as: “Why did your dog run away?” to which I could say, “Why do dogs run away?” And then we could discuss reasons a dog may bolt from an owner. 

I hoped someone would ask: “How can you see your dog? She ran away three days ago.” which could lead to questions about the vastness of the prairie, or if our eyesight differs depending on where we are raised. 

The students appeared to enjoy the story, but most would say nothing. Some would laugh. The odd few would ask fact-based questions:

How old was your dog?
What was her name?
What colour was she?

There the conversation died, and I would be left blinking and scrambling to fill the time.

So I expanded my reading. 

I read about the Japanese education system and discovered the top-down autocratic nature of it. Teachers lecture, students absorb. Immersion in this, I surmised, was keeping students from asking questions.

Then I tried to read the book On Liberty by John Stuart Mill, but a young Australian took the liberty of snatching it from my bookshelf. Stolen. She was a new teacher and left after two weeks. Today I can laugh at the irony, but any ideas On Liberty may have had for my students were lost. 

Finally, I found ideas from the educator/philosopher John Dewey.

Dewey argued that an education system within a democracy should not be autocratic or rely on rote memorization. It should reflect the values of democracy and be relevant to the lives of students. He believed that learning should be practical and centred on meaningful activity with students as active participants. 

That was an idea I could work with. I needed to confront an autocratic education system. And I knew rural people were practical. 

I was raised in rural Canada, transported to rural Shikoku. When my hometown needed a baseball concession booth, locals got some wood and built one. Similarly, I saw rural Shikoku folk head to the hills and chop down bamboo when they needed a fence. I felt intuitively that my teaching had to be practical and have meaning to the students. 

It wasn’t easy putting that into practice. Language learning is abstract. It requires a certain amount of memorization. But once students learn some simple grammar rules, there are infinite practical scenarios to practice with: 

You’re at a hockey rink in small town Canada and the vending machine eats your last coin. What do you do?

You find a wallet on a park bench. What do you do? 

This could be scaled down for elementary students, too: 

When you bump into another student’s desk, “Sorry.” 

What does the other student say? “That’s OK,” “No problem,” “Watch out,” or “No way!”; depending on their mood. 

This technique had the potential to meltdown. Some students are not comfortable roleplaying. And elementary classes could devolve into bedlam, students bumping into desks with impunity. Worse – tired or unmotivated students could use one stock answer: 

What do you do when you find a wallet on a park bench? Run away. 

What if a foreign tourist asks directions to the train station? Run away. 

Some classes became borderline out of control, but this technique created excitement and became an important tool in my toolkit. 

Unlike the instant ramen catchphrase 「すぐ美味しい、すごく美味しい」(quick and tasty, very tasty), my transition to teacher was not quick nor very flavourful. It took a long time to fill my toolkit: more reading, more experiments, and more failure. Not until my second job, with a like-minded mentor, did I begin to feel comfortable teaching. 

But that would be a year and a half later. In the meantime, I taught to pay for the books I needed to read in order to teach. 

Japan is so weird. Or is it me?

(to be continued)     



即席教師

  

日本の即席ラーメンのコマーシャルは面白いと、前から思っていた。 ものすごく簡単だよ、というコマーシャル。 袋を開けて、熱湯を注ぎ、待つ。 日本にいる英語のnative speakerも、実は即席ラーメンと同じ種類に属する。 教室に1人投げ込んだら「じゃじゃ〜ん!」即席英語教師の出来上がり。 

1989年春日本に着いて、ピクチャーカードを持たされ、教室に投げ込まれた。 教え方も知らないまま、英語を教えることになった。 

1週目はまぁ大丈夫だった。 生徒たちは、新しい「先生」が一体誰でどこから来たのかを聞くことで満足していた。 2週目は地獄が待っていた。 プランを立てたけど、最初の10分で燃え尽きた。 その後は、生徒を見て、まばたきをして立っていた。 生徒たちは、僕を見て、まばたきをして座っていた。 

深刻に思った。 教え方を学ばないと。 


そして、本に頼ることにした。 

’How to’マニュアルなんかは欲しくない。 アイディアが必要。 だから、教育哲学者に目を向けた。 

最初は、ソクラテスメソッドに基づいた授業をやろうとした。 理解を求めて生徒全員が質問をするというメソッド。 でも、日本の子供は質問出来るようには作られていないと、すぐに気づいた。

もし黒板に”Do you have…?” と書いたら、生徒のほぼ全員はその「...」を埋め、質問することは可能。でも、簡単なストーリーを語り、「質問は?」と聞いても事実を尋ねる質問をするか、または全然質問は出てこない。

例えば、真っ平らで広大なカナダ大平原のよくあるジョーク。 「3日前にうちの犬が逃げたんだよ。」と話し始め、遠くを見る目つきをして「ほら!まだあそこに見えるよ。」

この話は日本の中学で習う簡単な文法で語れるから、生徒たちの反応をワクワクしながら待った。 こんな質問を期待していた。 「なぜあなたの犬は逃げたの?」 それにはこう答えるかな。 「犬は普通なぜ逃げるのかな?」 その後、犬が飼い主からなぜ逃げるのかについて、英語で簡単な話合いが出来ると思った。 

きっと誰かがこう聞いてくれるだろうと期待していた。 「どうやって犬がまだ見えるの?3日前に逃げた犬が。」 そんな質問こそが、カナダ大平原の想像を絶する広大さについての質問につながるはずと。 または、育った環境によって人間の視力は異なるんじゃないかという質問にも発展するかも、と。 

生徒たちは大平原の話は楽しんだみたいだったけど、ほとんどみんな何も言わなかった。 笑った子も少しいた。 ちょっとだけ積極的な子は事実のみを聞く質問をした。

How old was your dog?
What was her name?
What colour was she?
 

そこで会話は死に絶えた。 そして、また僕はまばたきをしながら、残りの時間をどう埋めようかと慌てた。


その結果、もっと教育の本を読むことにした。 

日本の教育制度について読み、日本の子供が受けている教育は上意下達の独裁的なものだと気づいた。教師は講義し、生徒はそれを吸い込むだけ。 この教育の中に浸され続けると、質問する機会なんかないんだな。 そう推測した。 

そして次に、John Stuart MillのOn Libertyという本を読もうとした。 しかし、若いオーストラリア人が僕の本棚からその本を勝手に取ってしまった。 盗まれた。 そのオーストラリア女性はたった2週間で即席教師からも脱落していったけどね。 今になるとこの皮肉に笑ってしまう。 On Liberty「自由について」からのアイディアは失われてしまった。 日本の生徒が自由に質問出来るためにはどう教えるかのアイディアが。 

結局、最後に、教育家・哲学者であるJohn Deweyから大きなヒントをもらった。 

Deweyはこう論じている。 民主主義下の教育制度は独裁的であってはならない、また、丸暗記に頼ってもいけない。 民主主義の価値を反映するべきであり、生徒それぞれの人生・生活に関連するべきものであるべき。 学びとは実際的・実用的であるべきで、生徒が直接・積極的に意義のある活動をするものであると、Deweyは述べている。 

これなら行けると思った。 独裁教育制度に立ち向かう必要もない。 僕が教えているのは田舎。 その田舎の人たちはもともと実際的だと知っているから。

僕はカナダの田舎で育ち、四国の田舎に運ばれて来た。 僕の故郷の町で、野球観戦用の売店が必要になった時には、地元の人達が材木を持ち寄って建ててしまった。 同じように四国の人たちは、塀が必要な時には、山に行き竹を切って来る。 本能的に思った。 僕の教え方は実際的であるべき、そしてそれが生徒には大きな意味を持つことになると。


それを実行するのは簡単ではなかった。 言語習得は抽象的。 ある程度の暗記も必要。 しかし、単純な文法を一度習いさえすれば、それを使い実用的な練習するための無限のシナリオがある。

カナダの小さな町のホッケーリンクにいるとしよう。 自動販売機にコインを飲み込まれてしまった。どうする? 

公園のベンチで財布を見つけた。 どうする?

この練習は小学生レベルでも出来る。

他の生徒の机にぶつかったら、 “Sorry.” 

謝られたら何て言う? 気分次第で色々言える。 “That’s OK,” “No problem,” “Watch out,” or “No way!”

この英語指導テクニックにはメルトダウンする危険がいっぱいだった。 ロールプレイが嫌な生徒もいた。 小学生のクラスは無秩序な混乱へと変化して行った。 机にぶつかっても怒られない?!と、調子に乗る生徒たち。 いや、それより酷い。 疲れて、しかもやる気のない生徒たちが無理に声に出すのは、考えも何もない陳腐で平凡な答え。 

公園のベンチで財布を見つけたらどうする? 「逃げる。」 

もし外国人旅行者が駅への道を聞いてきたら? 「逃げる。」 

制御不能の一歩手前まで行った授業もあった。 でも、少なくとも、生徒をハイテンションにさせたこの指導テクニックは、僕の道具箱の中の大切な一品となって行った。


即席ラーメンのキャッチフレーズ「すぐ美味しい、すごく美味しい」とは違って、僕が即席英語教師になることは、「すぐ」でもなく、大して「美味しく」もなかった。 教えるという道具箱をいっぱいにするのには長い時間がかかった。 もっと読んで、もっと実験して、もっと失敗した。 その苦労は、僕が2つ目の仕事に出会うまで続いた。 出会った新しい仕事では、同じ意見を持つ助言者と出会い、やっと教えることが快適になり始めた。 

でも、それはここから1年半後のこと。 それまでは、教えることを学ぶための本を買う給料を得るために、ただ教えた。


日本はそんなに変てこ? それとも僕?

(続く)

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カナダ 在住。パンデミック後のNew Normal 留学をサポート。変わってしまった留学への強力な準備として UX English主催。[Essay Basics] [Critical Thinking] など。カナダから日本に向けての本格的オンライン留学準備レッスン・カナダクラブ運営。

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