インド特許法の基礎(第21回)~特許要件(1)①~ - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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インド特許法の基礎(第21回)~特許要件(1)①~

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インド特許法の基礎(第21回)

~特許要件(1)①~

 

2015年2月20日

執筆者 河野特許事務所 

弁理士 安田 恵

 

 

1.はじめに

 特許を取得するためには特許要件を満たす必要がある。インド特許法は,実体的特許要件として2つの要件を求めている。第1の要件は「発明」(invention)であること(第2条(1)(j)),第2の要件は発明が「特許性」(patentability)を有することである(第3条,第4条)。この2つの要件は,概念的に重複ないし関連している部分があるようにも見えるが,最高裁においてこれらは明確に異なる概念であると判示された[1]。またこうした特許要件の規定ぶりは欧州及び英国などと同様であるが,細部には異なる点もある。

 

2.「発明」であること

(1)概要

 上述の最高裁の考え方によれば,「発明」の意味を理解するためには第2条(1)(ac),第2条(1)(j),第2条(1)(ja)の定義規定を参照する必要がある。各規定は次の通りである。

 「発明」とは,進歩性を含み,かつ,産業上利用可能な新規の製品又は方法をいう(第2条(1)(j))。

 「進歩性」とは,現存の知識と比較して技術的前進(technical advance)を含み若しくは経済的意義を有するか又は両者を有する発明の特徴であって,当該発明を当該技術の当業者にとって自明でなくするものをいう(第2条(1)(ja))。

 「産業上利用可能」とは,発明が産業において製造又は使用することができることをいう(第2条(1)(ac))。

 

 これらの定義規定を組み合わせると,製品又は方法が「発明」であるためには次の条件を満たす必要がある。

(i)それが「新しい」こと,

(ⅱ)それが「産業において製造又は使用することができる」こと,

(ⅲ)それが次の特徴を有する発明の結果として生じたこと,

(a)現存の知識と比較して技術的前進を伴い,

又は

(b)経済的意義を有し,

かつ

(c)当該発明を当該技術の当業者にとって自明でなくする。

 

補足

-不思議な定義規定-

 インド特許法には不可解な規定がある。第2条(1)(l)がその一つである。第2条(1)(l)では,「新規発明」(new invention)の用語が「完全明細書による特許出願日前にインド又は世界の何れかの国において何らかの書類における公開により開示(anticipated)されなかったか又は実施されなかった何らかの発明又は技術,すなわち,主題が公用でなかったか又は技術水準の一部を構成していない発明又は技術をいう。」と定義されている。発明の要件「新しい」に関連しているように見え,新規性要件の説明として第2条(1)(l)が引用されることも多々ある。しかし,実の所「新規発明」という用語は「発明」の定義規定はもちろん,インド特許法の他の条文でも使用されておらず,その存在意義は必ずしも明確では無い。上述の最高裁判決でもこの点に若干触れられているが,その存在意義は明確にされておらず,結局の所「発明」の定義規定の解釈にも利用されていない。

 第2条(1)(l)の規定によれば,発明が世界公知又は世界公用であれば新規性を失うとする絶対新規性をインド特許法が採用しているかのようにも読めるが,第13条,第25条,第64条などによれば国内公知又は国内公用によって新規性を失うとする相対新規性が採用されており,「発明」の解釈に第2条(1)(l)を読み込むと,矛盾が生ずるように思える。

 

(2)新規性

(a)概要

 装置及び方法が新規であるためには,図1に示すように優先日前の公開公報,インド及び世界における公開文書に開示されたものでは無く,またインド国内における公知・公用技術でも無く,更に地域社会で入手可能な知識で無いことが必要である。

 

図1 新規性

 

(Ⅰ)公開公報(インド国内 )

 特許出願に係る発明が,当該発明の優先日前に公開されたインド特許出願の明細書に開示されている場合,新規性を喪失する(第13条(1)(a),第18条(1),第25条(1)(b),第25条(2)(b))。ただし,1912年1月1日以後の日付を有する特許明細書に開示されたものに限られる。特許出願に係る発明が,優先日前に公開されたインド特許出願の明細書に開示されている場合であっても,当該明細書が1912年1月1日より前に出願されたものである場合,新規性は否定されない(第29条(1))。なお,1912年1月1日は,1972年特許法の前身である1911年特許意匠法(THE PATENTS AND DESIGNS ACT, 1911)の施行日である。

 審査段階においては,長官は特許出願に係る発明が,当該出願の完全明細書の提出日前に公開されたインド特許出願の明細書に開示されている場合(第13条(1)(a)),特許出願を拒絶することができる(第18条(1))。しかし,出願人が自己の完全明細書のクレームの優先日が関係書類の公開日以前であることを長官の納得するように明らかにすることによって,その拒絶を覆すことができる(第18条(1)(a))。なお「優先日」は,正確にはPCT第2条(xi)に定義された優先日では無く,インド特許法第11条に規定されたものである(第2条(1)(w))。

 公開公報による新規性の喪失に関する条文は次の通りである。

拒絶理由

異議申立理由

取消(無効)理由

当該発明が,インドにおいて行われた特許出願であって1912年1月1日以後の日付を有するものについて提出された何れかの明細書において,当該出願人の完全明細書の提出日前に公開されたことによって開示(anticipated)されたか否か(第13条(1)(a))

完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされている限りにおける発明が,当該クレームの優先日前に,(i) インドにおいて,1912 年1 月1 日以後に行われた特許出願について提出された何れかの明細書中に…公開されていたこと(第25条(1)(b),(2)(b))

無し

 

(Ⅱ)公開文書(世界)

 特許出願に係る発明が,当該発明の優先日前に,インド又はその他の領域において公開された文書に開示されている場合,新規性を喪失する(第13条(2),第25条(1)(b),第25条(2)(b),第64条(1)(e))。

 審査官は,刊行物の調査を,EPO,WIPO,USPTO及びJPOのデータベースをはじめ,伝統的知識デジタル・ライブラリ[2](TKDL: Traditional Knowledge Digital Library),その他のデータベースを用いて行う。伝統的知識のような「地域社会で入手可能な知識」は,非文書であっても新規性を喪失される先発明を構成するが,近年ではTKDLにより文書としてデータベース化されており,当該文書によって拒絶される。TKDLでは,アーユルヴェーダ,ユナニー医学,シッダ医学などに関する伝統的知識がデータベース化されている。例えば,健康食品関連の発明についてはTKDLの先行文献が調査される可能性がある。

 公開文書による新規性の喪失に関する条文は次の通りである。

拒絶理由

異議申立理由

取消(無効)理由

完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされた限りにおける当該発明が,当該出願人の完全明細書の提出日前にインド又は他の領域において(1)にいうもの以外の何らかの書類での公開によって開示(anticipated)されたか否か(第13条(2))

完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされている限りにおける発明が,当該クレームの優先日前に,…(ii) インド又はその他の領域において,何らかの他の書類中に,公開されていたこと(第25条(1)(b),(2)(b))

完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされている限りにおける発明が,当該クレームの優先日前に…インド若しくはその他の領域において第13 条にいう何れかの書類に公開されていたものに鑑みて,新規でないこと(第64条(e))

 

⇒②へ続く



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[1] Novartis AG v. Union of India (UOI) and Ors.

[2] http://www.tkdl.res.in/tkdl/langdefault/common/Home.asp?GL=Eng(2015年1月20日現在)

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