インド特許法の基礎(第21回)~特許要件(1)②~ - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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インド特許法の基礎(第21回)~特許要件(1)②~

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インド特許法の基礎(第21回)

~特許要件(1)②~

 

2015年2月24日

執筆者 河野特許事務所 

弁理士 安田 恵

 

(Ⅲ)公知・公用(インド国内)

 特許出願に係る発明が,当該発明の優先日前に,インドにおいて公然と知られ又は公然と実施された場合,新規性を喪失する(第25条(1)(d),第25条(2)(d),第64条(1)(e))。当該発明が外国で公然と知られ又は公然と実施されたとしても,新規性を喪失しない。また,方法に係る発明の場合,当該方法で製造された製品が当該クレームの優先日前にインドに輸入されていたときは,優先日前にインドにおいて公然と知られ又は公然と実施されたものとみなされる(第25条(1)(d))。これらの規定は日本特許法と異なる。

 ある技術が公知であるためには当該技術が消費者市民の知識に広く利用されている必要は無く,科学者,商業者又は消費者として,特許に係る製品又は方法の知識を求める人に知られていれば足りる[1]

 公知・公用による新規性の喪失に関する条文は次の通りである。

拒絶理由

異議申立理由

取消(無効)理由

無し

完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされた限りにおける発明が,当該クレームの優先日前にインドにおいて公然と知られ又は公然と実施されたこと

説明--本号の適用上,特許のクレームが方法についてされている発明は,当該方法で製造された製品が既にクレームの優先日前にインドに輸入されていたときは,当該輸入が単に適切な試験若しくは実験目的のみで行われた場合を除き,当該日付前にインドにおいて公然と知られ又は公然と実施されたものとみなす。(第25条(1)(d),(2)(d))

完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされている限りにおける発明が,当該クレームの優先日前にインドにおいて公然と知られ若しくは公然と実施されていたもの…に鑑みて,新規でないこと(第64条(1)(e))

 

(Ⅳ)地域社会で入手可能な知識

 特許出願に係る発明が,当該発明の優先日前に,インド又はその他の地域社会における地域社会内で入手可能な口頭その他の知識に鑑みて,開示(anticipated)されたものである場合,新規性を喪失する(第25条(1)(k),第25条(2)(k),第64条(1)(q))。その他の地域社会が意味するところは明確では無いが,外国の地域社会を意味すると解釈することもでき,外国における公知・公用によっては新規性を喪失していなくても,特許出願に係る発明が地域社会内で入手可能な知識,例えば伝統的知識である場合,新規性を喪失する可能性があると考えられる。

 地域社会で入手可能な知識による新規性の喪失に関する条文は次の通りである。

拒絶理由

異議申立理由

取消(無効)理由

無し

完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされた限りにおける発明が,インドその他の地域社会内において,口頭によるかその他であるかを問わず,入手可能な知識に鑑みて開示(anticipated)されたこと・・・(第25条(1)(k),(2)(k))

完全明細書のクレーム中にクレームされている限りの発明が,インド又はその他の領域における地域社会内で入手可能な口頭その他の知識に鑑みて,開示(anticipated)されたこと(第64条(1)(q))

 

(Ⅴ)準公知/ダブルパテント

 特許出願に係る発明が,当該発明の優先日以後に公開された先のインド特許出願の特許請求の範囲にクレームされている場合,新規性を喪失する(第13条(1)(b),第25条(1)(c))。なお,公開について明示されていないが,同様の特許無効理由が第64条(1)(a)に規定されている。日本特許法の拡大先願に類する点を有するが,各特許出願の出願人又は発明者が同一である場合の適用除外規定は無い。また先後願の比較対象はクレームされた発明である。更に各特許出願の先後願は,特許出願の種類に拘わらず優先日に基づいて判断される。これらの規定は当該性質からダブルパテントを排除する規定とも考えられる。

 準公知ないしダブルパテントによる新規性の喪失に関する条文は次の通りである。

拒絶理由

異議申立理由

取消(無効)理由

当該発明が,当該出願人の完全明細書の提出日以後に公開された他の完全明細書であってインドにおいて行われ,かつ,前記の日付か又は前記の日付より先の優先日を主張する特許出願について提出されたものの何れかのクレーム中にクレームされている(第13条(1)(b))

完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされた限りにおける発明が,当該出願人のクレームの優先日以後に公開された完全明細書のクレーム中にクレームされており,かつ,インドにおける特許出願について提出されたものであり,そのクレームについて優先日が当該出願人のクレームの日より先であること(第25条(1)(c),(2)(c))

完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされている限りにおける発明が,インドにおいて付与された他の特許に係る完全明細書に含まれた先の優先日を有する有効なクレーム中に記載されていたこと(第64条(1)(a))

 

(b)新規性喪失の例外

 特許出願に係る発明の新規性が失われない主な例外事由は次の通りである。

(Ⅰ)意に反する公開(第29条(2),(3))

 特許権者若しくは出願人又はその前権利者から取得され,その者の意に反して発明が公開された場合であって,その公開後,速やかに特許出願が行われた場合,当該発明は新規性を失わない。

 

(Ⅱ)政府への伝達(第30条)

 特許出願に係る発明は,当該発明若しくはその価値を調査するため政府若しくは政府により委任された者に当該発明を伝達した場合であっても,新規性を失わない。また,当該伝達の結果として調査目的のため行われた何らかの事項によって新規性を失うこともない。

 

(Ⅲ)博覧会などにおける発表(第31条)

 特許出願に係る発明は,以下の行為が行われても,その最初の公表後12ヶ月以内に特許出願を行った場合に限り,新規性を失わない。

(a)中央政府によって指定された所定の博覧会において,真正かつ最初の発明者又はその者から権原を取得した者の同意を得て行われた当該発明の展示,又はその開催場所において当該博覧会を目的としてその者の同意を得て行われた当該発明の実施

(b)博覧会における当該発明の展示又は実施の結果としての当該発明の説明の公開

(c)当該発明が当該博覧会において展示若しくは実施された後,及び当該博覧会の期間中,真正かつ最初の発明者等の同意を得ないで何人かが行った当該発明の実施

(d)真正かつ最初の発明者が学会において発表した論文に記載され又はその者の同意を得て当該学会の会報に公表した当該発明の説明

 

(Ⅳ)試験目的の実施(第32条)

 特許出願に係る発明は,当該特許出願の優先日前1年以内に,特許権者若しくは出願人又はその前権利者,あるいはこれらの権利者から同意を得た他の者が,特許出願に係る発明の適切な試験目的のためにインドにおいて公然と実施したとしても,新規性を失わない。ただし,発明の内容に鑑み,その試験を公然と実施する合理的必要性があった場合に限る。

 

(3)進歩性

 進歩性の確立された明確な判断手法は未だ存在しないが,その手がかりになる判決及び審査基準は存在する。

(a)判例

 1972年特許法の前身である1911年特許意匠法における判例であるが,現行法にも適用し得る最高裁判例[2]がある。当該判決によれば,特許が認められるためには進歩性を有する必要があるとされており,以下の事項が判示されている。

・特許可能であるためには,既知のもの又は既知の異なる要素の組み合わせにおける改善は,単なる現場での改良”workshop’s improvement”を超えるものでなければならない。

・特許可能な発明は,新しい結果,新しい物”article”,従来品より優れ,また安い物をもたらすものでなければならない。

・2以上の整数又は物の単なる寄せ集めは特許の適格性を欠く。

 

(b)審査基準1

 また,「特許庁の特許実務及び手続の手引」(2011年)[3]の項目08.03.03.02「進歩性の判断」には次のような事項が記載されている。進歩性の審査は,新規性に係る先行技術調査で明らかになった先行技術に基づいて行われ(項目a),完全明細書の提出日に存在する刊行物も先行技術とみなされる(項目b)。なお,当該特許出願後に公開されたインドにおける先出願は,先のクレームとみなされる(項目c)。

 審査官は,発明の自明性を立証するために,先行技術の寄せ集めを引用することは認められている(項目f)。ただし,当該先行技術がそれを可能にしている場合に限る。また,進歩性の審査において,発明は全体として検討されなければならない。発明を構成する発明特定事項を個別に検討し,各構成が既知であるか又は自明であることを理由に発明の進歩性を否定することは,その理由付けとして不十分である(項目d)。

 入手可能な先行技術に基づき予測可能であり,当業者による現場での改善のみを要するに過ぎない発明は,進歩性を有しない(項目g)。技術的前進又は当該技術における経済的意義を実質的に付加するものでは無く,完全明細書の提出日前にされた予測が正しい事実であることを単に確認するに過ぎない発明は,進歩性を欠く(項目e)。

 

(c)審査基準2

 進歩性判断の手順については,「特許実務及び手続の手引」[4](2005年)が参考になる。項目2.3 「進歩性(非自明性)」によれば,審査官は,出願に係る本発明の進歩性の審査において次のことを考慮するとされている。

a) 本発明に関連する先行技術の範囲と内容を決定する

b) 本発明が奏する技術的結果又は効果及び経済的価値を評価する

c) 本発明と先行技術との相違を評価する

d) 本発明の解決すべき技術的課題を明らかにする

e) 先行技術と本発明との相違を当業者が埋めることができるかどうかを明らかにすることによって,非自明性の最終決定を行う

 

 当該手引きは従前の審査基準であるが,現在の審査手続きにおいても変わる所は無いと思われる。

 

(4)産業上利用可能性

 通常,産業上の利用可能性は自明のものである。しかし,ある新規合成物などその有用性が不明な場合など,産業上の利用可能性が自明で無い場合,単なる示唆では不十分であり,明細書中において特定の有用性を示さなければならない(「特許庁の特許実務及び手続の手引」(2011年),項目08.03.03.04)。例えば,詳細不明な疾患に有用,あるいは有用な生物学的性質を有すると言った事項を示すだけでは不十分であり,発明の有用性をより具体的に特定する必要がある。

 

3.「特許性」要件を満たすこと

 特許を受けることができる発明の主題は,装置又は方法に係るものであって(第2条(1)(j)),第3条及び第4条に掲げられたものに該当しないことが必要である。

 インド特許法上,発明に該当しないものとして,自然法則に反する事項,公序良俗に反する発明,科学的原理等の単なる発見,物質の新規形態の発見,各物質成分の諸性質の集合としての結果となるに過ぎない物質の混合物,単なる配置変更に係る発明,農業又は園芸の方法,治療方法等,植物・動物,数学的方法,ビジネス方法,コンピュータプログラムそれ自体,アルゴリズム,審美的創作物,規則・ゲーム,情報の提示,集積回路の回路配置,伝統的知識等が列挙されている(第3条)。また,原子力に関する発明についても特許は付与されないとされている(第4条)。これらの不特許対象の中には,物質の新規形態の発見,ビジネス方法など,進歩性における技術的前進の評価との関連性がありそうなものが,特許性の要件は進歩性と異なる別の要件として審査される。

以上

 

 



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[1] Monsanto Company By Their Patent ... vs Coramandal Indag Products (P) Ltd

[2] Biswanath Prasad Radhey Shyam vs Hindustan Metal Industries

[3] “MANUAL OF PATENT OFFICE PRACTICE AND PROCEDURE”, Version 01.11 As modified on March 22, 2011

[4] “MANUAL OF PATENT PRACTICE AND PROCEDURE”, 2005

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