中国特許判例紹介(32)中国最高人民法院による特許請求の範囲の解釈(第2回) - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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中国特許判例紹介(32)中国最高人民法院による特許請求の範囲の解釈(第2回)

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中国最高人民法院による特許請求の範囲の解釈

~請求項と明細書の用語とが一致していない場合の権利範囲解釈~

中国特許判例紹介(32)(第2回)

2014年4月18日

執筆者 河野特許事務所 弁理士 河野 英仁

 

無錫市隆盛ケーブル材料場及び上海錫盛ケーブル材料有限公司

                   再審申請人(一審被告、二審上訴人)

古河電工(西安)光通信有限公司(一審被告)

v.

西安秦邦電信材料有限責任公司

                           再審被申請人(一審原告、二審被上訴人)

 

 

(2)請求項1に記載の「プラスチック膜の表面に0.04-0.09mm厚の凹凸ラフ面を形成し」と、実施例中に挙げられたプラスチック膜の厚みとの関係」

 最高人民法院は、請求項の専門用語の含意を解釈する際,文言解釈の一般原則に基づき,請求項中に使用された同一の専門用語は同一の含意を有し,異なる専門用語は異なる含意を有すると判断すべきであり、請求項中の各専門用語は共に独立した意義を有し,余計な解釈をすべきではないと判示した。

 

 特許明細書作成者が、意図的に異なる専門用語を使用した以上,明細書において明確に逆の意味を定義している場合を除き、当該専門用語はその異なる含意または独立した含意を有するのが原則である。本案特許請求項1は、「プラスチック膜の表面に0.04-0.09mm厚の凹凸ラフ面を形成し」と記載しているが、この表現は、プラスチック膜の表面凹凸落差の表面構造及びその数値を強調しており,実施例中に使用しているプラスチック薄膜厚みの言い方と相違している。ここで明細書に特別な解釈及び説明を行っていない場合、両者は異なる含意を有すると判断すべきである。

 

(3)特許無効宣告過程における陳述

 特許無効宣告過程において、被告はプラスチック膜を0.04mm-0.09mmの厚みであるとすれば、実用性が無く金属箔带とプラスチック薄膜とを貼り付けることができないと主張した。これに対し,原告は意見陳述の際、明確に本案特許明細書中の「プラスチック膜は0.04-0.09mmの厚み」という記載を否定した。当該原告の陳述は、請求項の「プラスチック膜の表面に0.04-0.09mm厚の凹凸ラフ面を形成し」が、「プラスチック膜厚度を0.04-0.09mmとする」を指すものではないと認識していることを示している。

 

(4)請求項解釈の境界線

 特許法第59条は、「発明または実用新型特許権の技術的範囲は、その請求項の内容を基準とし、明細書及び図面は請求項の内容の解釈に用いることができる」と規定しており、請求項の内容の確定は,請求項の記載に基づき,当業者が明細書及び図面を読んだ後に請求項に対する理解を結合して進めるべきである。

 

 しかしながら,当業者が請求項の含意に対し明確に確定することができ、かつ、明細書が請求項の専門用語の含意に対し特別な境界線を引いていない場合,当業者の請求項自身の内容に対する理解を基準とすべきであり、明細書に記載された内容をもって請求項の記載を否定すべきではない

 

 このようなことを認めれば、実質的に請求項を補正する結となり、かつ、特許侵害訴訟過程で請求項の解釈に対し、特許権者が法律の規定外で請求項を補正する機会を獲得させてしまうこととなる。請求項の特許保護範囲の公示及び境界に対する作用は損害を受けることとなり,特許権者はそれにより不当に請求項が本来包括すべきではない保護範囲を獲得してしまうこととなる。

 

 当然,当業者が明細書及び図面を読んだ後に直ちに知ることができ,請求項の特定用語の表現に明らかな誤りが存在し、かつ、明細書及び図面の対応する記載に基づき明確、直接、疑う余地もなく請求項の該特定用語の含意を修正できることができるのであれば,明細書または図面に基づき請求項の明らかな誤りを修正する事ができる

 

 ただし,本案中の請求項は明らかな誤りという状況には属さない。本案特許請求項1の「プラスチック膜の表面に0.04-0.09mm厚の凹凸ラフ面を形成し」の含意は明確で、完全なものであり,プラスチック膜の表面の凹凸ラフ面の厚みが0.04-0.09mmであることを指す。本案特許明細書は、技術方案に対する記載は極端に簡単であり、「プラスチック膜の表面に0.04-0.09mm厚の凹凸ラフ面を形成し」に対し詳細な説明を行っていないばかりか,またプラスチック薄膜の厚みに対しても限定及び解釈を行っておらず,逆に単に実施例にプラスチック薄膜の厚度はそれぞれ0.04mm、0.09mm及び0.07mmと記載しているに過ぎない。

 

 このような状況下,当業者は請求項及び明細書を読んだ後,請求項1中の「プラスチック膜の表面に0.04-0.09mm厚の凹凸ラフ面を形成し」との表現が、実際上「プラスチック膜の厚みが0.04-0.09mmである」との認識を形成するのは難しい。「プラスチック膜の表面に0.04-0.09mm厚の凹凸ラフ面を形成し」というこの表現中「0.04-0.09mm」の数値範囲と、実施例中のプラスチック膜の厚み数値との間は、比較的接近しており且つ重複しているが,簡単にそれをもって当該表現には明らかな誤りが存在しているため、プラスチック膜表面の凹凸ラフ面の厚みをプラスチック膜の厚みに修正するという見解は,依拠を欠く。

 

 従って,請求項1の「プラスチック膜の表面に0.04-0.09mm厚の凹凸ラフ面を形成し」の含意はプラスチック膜表面凹凸ラフ面の厚みが0.04-0.09mmであること、すなわちプラスチック膜表面に0.04-0.09mm(40μm-90μm)の凹凸落差の表面構造が形成されていることを指し,プラスチック膜の厚みが0.04-0.09mmということではない。

 

(5)均等か否か

 《表面ラフ度、専門用語、表面及びそのパラメータ》(国家標準GB3505-83)の記載に基づけば,表面ラフ度は、加工表面上に有する比較的小さな間隔及びピーク/谷により組成される微視的な幾何学形状特性を指し,通常サンプリングした長さ内の輪郭ピーク高絶対値の平均値と輪郭ピーク谷の絶対値の平均値の和をもって表示する。

 

 被告が使用しているプラスチック膜表面ラフ度はRal.8μm-5μm (実測Ra2.47μm-3.53μm)であり、請求項1におけるプラスチック膜表面に形成される0.04-0.09mm(40μm-90μm)の凹凸落差の表面構造とその差があまりにも大きく,本案特許方法は均等とはいえない。

 

 以上のとおり、最高人民法院は、「プラスチック膜の表面に0.04-0.09mm厚の凹凸ラフ面を形成し」に対する誤った鑑定意見を根拠に判決を下した第1審及び第2審判決を取り消した。

 

5.結論

 最高人民法院は、文言解釈を誤った鑑定意見を用いた第1審及び第2審判決を取り消す判決をなした。

 

 

6.コメント

 請求項は明細書及び図面を参酌して判断されるが、本事件の如く請求項における文言と明細書における文言とが一致していない場合、技術的範囲をどちらに基準とすべきか問題となる。

 

 最高人民法院は原則として明らかに請求項の表現に明らかな誤りが存在し、かつ、明細書及び図面の対応する記載に基づき明確、直接、疑う余地もなく請求項の含意を修正できる場合に限り、明細書の記載に基づき解釈を行うことができると判示した。一方、本事件の如く請求項の含意を明確に確定でき、かつ、明細書が請求項の含意に対し特別な境界線を引いていない場合、不当に請求項の範囲を拡大させてしまうことになるため、明細書の記載を基準とすべきではないと判示した。

 

 本事件は発明特許権が対象であったが、実体審査を経ていない実用新型特許権については、請求項の記載と明細書の記載とが一致していない権利も比較的多いと考えられる。請求項の文言解釈に際し参考となる判例である。

 

以上

 

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