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河野 英仁
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インド特許法の基礎(第8回)(1)~特許出願(4)~

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インド特許法の基礎(第8回)(1)

~特許出願(4)~

 

2014年3月14日

執筆者 河野特許事務所

弁理士 安田 恵

 

1.はじめに

 インドにおいても我が国と同様、特許出願人は、一の特許出願に二以上の発明が含まれていた場合、特許付与前であれば、この特許出願を二以上の特許出願に分割することができる。特許出願の分割は、発明の単一性要件違反(第10条(5))を指摘する審査報告(拒絶理由通知)に対する応答時はもちろん、出願人が自発的に行うこともできる。分割された特許出願は、元の特許出願の出願日又は優先日の利益を有する(第11条(4),パリ条約4条G(2))。

 今回は分割出願の客体的要件に関する審決例(OA/6/2010/PT/KOL,ORDER No.111/2011,LG ELECTRONICS,INC Vs. THE CONTROLLER OF PATENTS & DESIGNS PATENT OFFICE等)を検討する。

 

2.事件の概要

 出願人は、拒絶の審査報告を受けた親出願に係る発明と同一の発明について分割出願を行った。しかし、インド特許庁は、かかる出願は、分割出願として認められないとし、当該出願を出願前に公開された親出願等に基づいて拒絶した。本件(OA/6/2010/PT/KOL)は、当該拒絶の決定の取り消しを求めるものである(第117A条)。

 

3.事実関係

 手続きの経緯を下図に示す。

 

 出願人は、親出願(出願番号489/KOL/2004,出願日:2004年8月16日)に基づいて、分割出願を行った(出願番号1191/KOL/2005,出願日:2005年12月28日)。親出願は、韓国の基礎出願(出願日:2003年8月18日)に基づくパリ条約の優先権主張出願であり、2005年1月6日に最初の審査報告(FER:First Examination Report)が通知され、同年6月24日に公開された。出願人は最初の審査報告に対する反論を行わなかったため、2006年1月6日に放棄したものとみなされた(第21条(1))。

 分割出願に係る発明と、親出願に係る発明は同一であり[1]、分割出願に対する最初の審査報告が2008年5月27日に通知された。当該最初の審査報告は、分割出願の適法性を否定するものであった。すなわち、親出願は、複数の発明(単一性の要件を満たしていない複数の発明概念)を含んでいないため、親出願を分割することができず、出願人が分割出願と主張する出願はインド特許法における分割の要件を満たしていないと判断された。出願人は、最初の審査報告に対して2009年2月25日に反論を行い、その後、審査官による聴聞も行われたが、2009年8月10日に拒絶の決定が通知された。出願人は、拒絶決定の取り消しを求めてIPAB(Intellectual Property Appellate Board)へ審判請求を行った(第117A)。

 

4.争点

 親出願と同一発明をクレームした自発的な分割出願が、インド特許法第16条に基づく適法な分割出願であるか否かについて争われた。

 

5.IPABの判断

 IPABの審判部は、親出願と同一発明をクレームした分割出願を不適法なものであるとして、審判請求人(出願人)の請求を退けた。審決理由の概略は以下の通りである。

(1)インド特許法における分割出願の趣旨は、一つの出願に単一の発明概念を構成しない複数の発明が開示されている場合において、これらの発明の保護を可能にすることにある。

 

(2)特許法第16条によれば、一の親出願に開示された複数の発明が単一の発明概念を構成していない場合、自発的又は単一性要件違反の審査報告時に分割出願を行うことができることは明らかである。また、親出願及び分割出願の発明に重複が生じた場合、長官は両出願のクレームが重複しないよう、出願人に対して補正を求めることができる。つまり、分割出願は、親出願で既にクレームされた発明を、クレームしてはならない。更に、分割出願は親出願に開示されていない新規事項を含んではならない。

 以上のことから、分割出願としての適格性を有するためには、

ⅰ)親出願が複数の発明(単一性の要件を満たさない複数の発明概念)を含んでおり

ⅱ)分割出願に係る発明が親出願の発明と同一でないこと

 が不可欠である。

 

(3)インド特許法における分割出願の規定は、単一性要件違反の瑕疵を治癒し、一の特許出願に含まれる複数の発明(単一性の要件を満たさない複数の発明概念)を保護するために設けられたものである。すなわち、

分割出願の規定が意図するところは、

(a)単一性要件違反の瑕疵を治癒すること

(b)一の特許出願に開示された複数の発明(単一性の要件を満たさない複数の発明概念)を保護するために特許出願の分割を可能にすること

(c)分割された出願に、親出願の優先日の利益を認めること

 にある。

 

(4)出願人は、(長官から分割の命令が無くても)自発的に分割出願を行う権利を有するが、分割出願の適法性を審査する権限は長官に与えられている。親出願が複数の発明(単一性の要件を満たさない複数の発明概念)を包含していることが分割出願の必須要件であり、第16条は親出願と同一発明の分割出願を行うことにつき制限を設けている。すなわち、審査官は親出願及び分割出願の発明が重複しないよう、出願人に対して補正を求めなければならない。

 

(5)本件の親出願及び分割出願を比較してみると、両出願の発明は完全に同一であり、親出願は単一性の要件を満たさない複数の発明を包含していない。最初の審査報告においても単一性の要件違反は挙げられていない。出願人は最初の審査報告に対する反論を行うこと無く分割出願を行っており、親出願は放棄したものとみなされている。かかる出願は、いわば親出願に係る発明に対する再審査を求めるための仮装的な分割出願である。

 

(6)更に、「出願人が望めば」(”if he so desires ”)、無条件に分割出願を行うことができるとすれば、次のような事態が生ずることになる。すなわち、最初の審査報告が通知された際、当該出願が単一性の要件を満たしているか否かに拘わらず、出願人はアクセプタンス期間内(第21条(1))に反論を行うこと無く、分割出願を行うことを選択することができることになる。本件の場合、審査官が同一の発明について再び審査を行い、最初の審査報告を出願人に通知しなければならないことになる。これは法定期間であるアクセプタンス期間の1年を事実上延長するという結果を招く。アクセプタンス期間が延長されると、特許出願に係る発明に対して特許が認められるか否か、その帰趨が不確定な状態が継続することになり、いつ自由技術になるのか、いつ特許になるのか見通しが立たない状態になる。これは特許法第16条が目的とする所では無い。従って、「出願人が望めば」、無条件で分割出願をすることができるという審判請求人の主張は認められない。

 

(7)以上の通り、第16条の「出願人が望めば」(”if he so desires ”)という文言は、無制限に分割出願を行うことができることを意味するのでは無く、親出願が複数の発明(単一性の要件を満たさない複数の発明概念)を包含していない場合にも制限無く、自由に分割することができることを許すものでは無い。本件の分割出願が不適法なものであるとして、その出願を拒絶した長官の結論に異論は無く、審判請求人の請求を棄却する。

 



[1] 親出願は、吸気消音器及びコンプレッサーに係るクレーム1~18(17,18はオムニバス形式のクレームである。)を含み、分割出願は、親出願と同一内容のクレーム1~16を含む。なお、インドにおいては、オムニバスクレームは認められていない(第10条(4)(c),「特許庁の特許実務及び手続の手引(インド)」,「第5章 仮明細書及び完全明細書」,05.03.16 「クレームの構造」。)



⇒第2回に続く

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