早わかり中国特許: 第13回 中国特許の記載要件 - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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早わかり中国特許: 第13回 中国特許の記載要件

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早わかり中国特許

~中国特許の基礎と中国特許最新情報~

第13回 中国特許の記載要件

河野特許事務所 2012年7月23日 執筆者:弁理士 河野 英仁

(月刊ザ・ローヤーズ 2012年5月号掲載)

 

1.概要

 中国においては記載要件として大きくサポート要件、明確性要件、実施可能要件及び必要な技術的特徴要件の4つが課されている。独占排他権である特許権の権利範囲を明確化し、第3者との無用の争いを防止する観点から要求される特許要件の一つである。

 日本の記載要件と類似する点は多いものの、サポート要件は日本よりも厳しく判断される傾向にあり、また日本にはない中国独特の「必要な技術的特徴要件」が記載要件として課される等、相違点も数多く存在する。

 本稿では中国の記載要件について、日本との相違点に着目しつつ詳細な解説を行う。

 

2.4つの記載要件

 日中の記載要件の根拠規定となる条文は以下のとおりである。

 

 

中国専利法

日本国特許法

サポート要件

請求項は明細書に基づいて、特許保護を要求する範囲を明確、簡潔に限定しなければならない

専利法第26条4項

特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されていること。

日本国特許法第36条第6項第1号

明確性要件

請求項は明細書に基づいて、特許保護を要求する範囲を明確、簡潔に限定しなければならない。

専利法第26条4項

特許を受けようとする発明が明確であること。

日本国特許法第36条第6項第2号

実施可能要件

明細書には、発明または実用新型について、その技術分野に属する技術者が実施することができる程度に、明瞭かつ完全な説明を記載しなければならない。

専利法第26条第3項

経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。

日本国特許法第36条4項第1号

必要な技術的特徴要件

独立請求項は全体的に発明または実用新案の技術的構想を反映し、技術課題を解決するのに必要な技術特徴を記載しなければならない。

実施細則20条第2項

なし

 

3.サポート要件

(1)中国でサポート要件違反に基づく拒絶理由が多い理由

 中国での拒絶理由対応を多く手がける実務者であれば、日本と比較してサポート要件違反に基づく拒絶理由が多いと感じられているのではなかろうか。「特許請求の範囲は広く記載されているものの、明細書には具体的な実施例が一つ記載されているだけであり、請求項は明細書のサポートを得ていない。実施例に限定せよ。」このような拒絶理由を受けることが多い。中国特許実務では思想的、機能的な請求項について権利化することは困難であり、具体的にどのような手段をもって発明を具現化するかを請求項に記載することが要求される。

 

 これは、「発明」の定義規定を見れば理解できる。日本国特許法第2条第1項は「発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と規定している。すなわち「思想」を保護するものであるから、思想を保護するためにできるだけ広い請求項を作成し、それを具現化する一実施例を記載すれば記載要件を一応満たすのである。

 一方、中国の専利法第2条第2項は「発明とは、製品、方法、又はその改良について出された新しい技術方案をいう。」と規定されている。この「技術方案」の対応する正確な日本語訳は存在しないが、英語ではTechnical Solutionとなる。即ち中国では思想ではなく具体的な技術ソリューションを保護対象としている。このように請求項には思想より一歩踏み込んだ具体的な技術ソリューションを記載することが求められている。

 日本ではとにかく請求項1は広く、広く記載するようトレーニングされる。請求項の記載は広いものの、実施形態はわずか一つしか記載されていないということが多い。中国の審査官からすれば、過剰に権利範囲を要求しているように思え、サポート要件違反となるのである。

 

(2)サポート要件違反を低減する方法及び拒絶理由対応

 サポート要件違反が通知されやすい理由を把握した上で、サポート要件違反を極力低減するには、やはり実施例の記載を充実させるほかないと考える。請求項で広く、機能的に記載する場合、その文言をサポートする複数の実施形態を記載しておくことが必要である。ただ闇雲に実施例の記載を拡充するのではなく、発明のポイントとなる請求項の構成要件について特に実施例の記載を出願当初から厚く記載しておくことが好ましい。

 

 明細書によるサポートがなく、実施例または下位の従属請求項の記載に限定せよとの拒絶理由を受けた場合、上述した日本との制度の違いを考慮した上で、審査官の認定の妥当性を検討する。実施例中に請求項の記載をサポートする他の例が記載されているのであれば意見書にて反論を行う。一方、確かに請求項が広すぎると考えた場合、審査官の示唆に従い限定する補正を行う。

 

(3)サポート要件違反の具体例

(i)効果の確定または評価が困難な場合

 請求項には、出願人が推測した内容が含まれており、その効果を予め確定し、または、評価することが困難である場合、当該請求項の記載は説明書に開示された範囲を超えると判断される。

 

(例1)

 請求項に「高周波電気エネルギーを用いて物質に影響を与える方法」と広く記載されており、

 明細書には一つの実施例「高周波電気エネルギーを用いて気体を除塵する」のみが記載されており、高周波電気エネルギーがその他の物質に影響を及ぼす方法については記載されていないとする。

 ここで、当業者が、高周波電気エネルギーがその他の物質に影響を与える効果を予め確定し、または評価することが困難である場合、サポート要件違反と判断される。

 

(例2)

 請求項に「冷凍時間及び冷凍程度を制御することで植物の種子を処理する方法」と広く記載されており、

 明細書には一種類の植物種子の処理に適用する方法しか記載されておらず、その他の種類の植物種子の処理方法には言及されていないとする。

 ここで、園芸技術者がその他の種類の植物種子を処理する際の効果を予め確定し、または評価することが困難である場合、サポート要件違反と判断される。

 ただし、明細書に当該種類の植物種子とその他の植物種子との一般的関係が指摘されており、または十分多くの実施例が記載されており、園芸技術者がこの方法をどのように利用して植物種子を処理するかが分かるように記載してある場合は、サポート要件を満たすと判断される。

 

(ii)通常の実験または分析によっても保護範囲を拡大できない場合

 明細書に記載された情報が不十分であり、当業者が通常の実験方法または分析方法によっても明細書に記載された内容を請求項に記載された保護範囲まで拡大することができない場合、サポート要件違反となる。

 

(例)

 請求項に「合成樹脂成型物を処理することでその性質を変える方法」と記載され、

 明細書には、単に熱可塑性樹脂の実施例しか記載されていないとする。

 ここで、出願人が、当該方法が熱硬化性樹脂にも適用できることを証明できない場合、サポート要件違反となる。この場合、出願人は請求項を熱可塑性樹脂のみに限定しなければならない。

 

(4)実務上の対応

 中国特許実務ではサポート要件違反を指摘される場合が多い。出願人側は意図的に広い権利範囲の取得を狙っていることからある程度はやむを得ないと考える。

 ここで、特定の実施例または文言に限定せよとの審査官の判断が妥当である場合、補正により限定を行う。一方、上述したとおり明細書の記載だけでも効果の確定または評価が容易であるか、あるいは、通常の分析または実験により請求項の範囲をカバーできることができる場合、意見書にてその旨を反論する。

 また中国のサポート要件違反の厳しさを意識して日本語明細書を作成しておくことが好ましい。やはり実施例の充実がキーになる。実施例は複数、また概括的な用語を用いた場合は、それをカバーする複数の具体例を明記しておく。もちろんコスト及び時間の面からありとあらゆることまで実施例を充実させる必要はない。発明には先行技術とは相違するミソの部分があるはずである。そのミソの部分について特に実施例を充実させればよいのである。これによりサポート要件違反のリスクは大幅に低減できる。

 

(5)サポート要件違反が争われた事例 ローディア事件

(i)概要

 数値範囲をもって権利範囲を確定する所謂パラメータ特許は、中国においてもその記載が認められている[1]。

 

 請求項に記載した数値範囲に対応させて、実施例にはできるだけ多くの例を開示しておくことが好ましい。しかしながら出願を急ぐ関係上完璧な実験データを記載することは困難であり、また詳細な数値条件についてはノウハウとして公開を希望しない場合もある。

 

 本事件ではパラメータ特許に対し無効宣告が請求され、請求項の「少なくとも0.6cm3/g」の記載が明細書によりサポートされているか否かが争点となった。復審委員会[2]及び人民法院[3]は、当業者が合理的な最大値を予期できないとして、共にサポート要件を具備しないと判断した。

 

(ii)背景

(a)発明特許の内容

 ローディア化学公司(原告)はセリウム及びジルコニウムの混合酸化物の組成物及びその前駆対、製法及び応用と称する特許(ZL94194552.9号、以下、552特許という)を所有している。原告は1994年12月20日に中国知識産権局に発明特許出願を行い、1998年9月16日に登録を受けた。

 

 争点となった請求項の記載は以下のとおりである。

 

9.セリウム及びジルコニウムの混合酸化物を主要成分とする組成物において、

全気孔容量(原文:総孔体積)は少なくとも0.6cm3/gであることを特徴とする組成物。

 

10.少なくとも、40%の全気孔容量は直径がせいぜい1μmの孔である

ことを特徴とする請求項9に記載の組成物。

 

11.少なくとも、50%の全気孔容量は直径がせいぜい1μmの孔である

ことを特徴とする請求項9に記載の組成物。

 

12.少なくとも、40%の全気孔容量は直径が10~100μmの孔である

ことを特徴とする請求項10に記載の組成物。

 

13. 少なくとも、50%の全気孔容量は直径が10~100μmの孔である

ことを特徴とする請求項10に記載の組成物。

 

14. セリウム及びジルコニウムの混合酸化物を主要成分とする組成物において、

全気孔容量は少なくとも0.3cm3/gであり、その体積は直径がせいぜい0.5μmの孔により提供されることを特徴とする組成物。

 

15.800℃で6時間焼成した後、その比表面積が少なくとも20m2/gである

ことを特徴とする請求項9に記載の組成物。

 

(b)無効宣告の請求

 海賽(天津)特種材料有限公司(以下、請求人)は552特許の請求項9~15が明細書のサポートを得ていないとして無効宣告請求を復審委員会に提出した。

 

(c)明細書の記載

 請求項9は「全気孔容量は少なくとも0.6cm3/gである」ところ、実施例には以下の記載がなされていた。

 

「第1実施方式の組成物の全気孔容量は少なくとも0.6cm3/g、より具体的には、少なくとも0.7cm3/gであれば良く、一般的には0.61.5cm3/g

「第2実施方式中の組成物の全気孔容量は少なくとも0.3cm3/g。」

 

 また実施例9及び10には全気孔容量に関し、

実施例9「得られる製品が全気孔容量を0.73cm3/gを有する」、

実施例10「得られる製品が全気孔容量を0.35cm3/gを有すると記載している。」

 

 復審委員会は明細書には、「一般的には0.6~1.5cm3/g」としか記載されていないことから、本特許請求項9-15中の全気孔容量が1.5cm3/gを超える組成物が全て明細書のサポートを得ているかを予期することは困難であり、専利法第26条第4項に規定適合せず、無効との審決を下した。

 

 原告はこれを不服として北京市第一中級人民法院に上訴したが、同法院はこれを維持する判決をなした。原告は判決を不服として北京市高級人民法院に上訴した。

 

 

(iii)高級人民法院での争点

争点:どの程度まで記載すればサポート要件を具備するか?

 552特許は数値範囲として「少なくとも0.6cm3/g以上」と上限がない請求項を作成している。そして、実施例には上限についての明確な記載はないが、「一般的には0.6~1.5cm3/g」とは記載されている。

 

 このような場合に、専利法第26条第4項に規定するサポート要件を具備するか否かが争点となった。

 

 

(iv)北京市高級人民法院の判断

当業者の知識、技術発展レベル、技術特徴及び本特許の内容を総合的に考慮し、サポート要件を判断する

 本件特許明細書によれば、全気孔容量及び比表面積の数値が大きければ大きいほど、触媒効果が向上する旨記載されており、これは当業者に出願当時知られていた。これに対し、552特許明細書の発明部分及び実施例には、全気孔容量の記載に対し、ただ、0.3 cm3/g、0.35 cm3/g、0.6 cm3/g、0.7 cm3/g、0.6~1.5 cm3/gと記載されているにすぎなかった。

 

 人民法院は、当業者からすれば触媒全気孔容量には合理的上限が存在するはずであり、いかなるセリウム及びジルコニウムの混合酸化物を主要成分とする組成物をもって全気孔容量が最大値を達成できるか全く記載されていないと判断した。その他、セリウム及びジルコニウムの両者の関係も記載されていない点を指摘した。

 

 人民法院は、セリウム及びジルコニウムの混合酸化物を主要成分とする組成物の全気孔容量に関し、当業者は明細書の記載を根拠に、合理的に達成される最大値を予期することができないことから、請求項9~15の技術方案は明細書のサポートを得ていないと結論づけた。

 

 

(v)結論

 北京市高級人民法院は請求項9~15について専利法第26条第4項を具備しない、すなわちサポート要件違反と判断した復審委員会の審決および北京市第一中級人民法院の判決を支持する判決をなした。

 

 

(vi)コメント

(a)サポート要件違反に対する注意点

 本事件の如く上限のパラメータまたは下限のパラメータが規定されていない請求項についてはサポート要件違反に十分注意する必要がある。本発明の目的は全気孔容量を極力大きくし、触媒効果を高めるものである。孔を大きくするにも限度があるはずであり、一般的な範囲のみならず、当業者にとって合理的な全気孔容量を記載しておくべきであった。

 

 このような事件が問題となるのは、中国には訂正審判が存在しない事が背景にある。登録後には、原則として請求項の削除補正しかできず(実施細則第69条)、たとえ本事件にように明細書には0.6~1.5 cm3/gとする記載が存在するとしても、サポート要件を解消する補正を行うことができない。

 

 従って、本発明の如く上限を明確に特定し難い場合は少なくとも、

「全気孔容量が0.6~1.5 cm3/gとすることを特徴とする請求項9に記載の組成物。」

とする従属請求項を作成しておくことが重要である。そうすればこの従属請求項に補正、すなわち問題となった請求項9を削除する事で、サポート要件違反による特許無効を回避できたであろう。

 

(b)富士化水事件におけるサポート要件の争点

 関連する事件として富士化水事件がある。富士化水事件では技術的範囲の属否が問題となったほか、別途行政訴訟[4]でサポート要件を具備するか否か争われていた。武漢晶源環境工程有限公司(特許権者)が所有する発明特許第95119389.9号(以下、389特許)に対し、富士化水工業株式会社(審判請求人)がサポート要件違反を理由として無効審判を請求したものである。

 

 ここで問題となった請求項は以下のとおりである。

「請求項1

・・・空気と混合後の海水との比は、:空気が0.11.5,海水が1とする・・」

 

 これに対し、明細書には請求項の「0.1~1.5」に対して、0.220.362点しか開示していなかった。審判請求人は、明細書には、0.1~1.5中のほんの一部分しか開示されていないことから、サポート要件を具備しないと主張した。

 

 復審委員会は、請求人の当該主張に対し、2点だけの開示であっても請求項が明細書のサポートを得ていないということを必ずしも意味するものではないと述べた。その理由として、審判請求人は、2点以外の範囲で、本発明が解決すべき技術課題を解決することができない事を示す証拠を提出していないことを挙げた。すなわち、本発明では当業者が海水に対する空気の量を適宜0.11.5の範囲で変化させれば課題を解決でき、発明の効果を確定・評価することができることから、当然にサポート要件を具備すると判断されたのである。当業者が最大値を合理的に予期できないとしてサポート要件違反となったローディア事件とは対照的である。

 

 パラメータで規定する請求項に対する実施例の記載が不十分であれば、サポート要件違反となるおそれがあり、また創造性(専利法第22条第3項)欠如を問われた場合でも、実施例の記載を根拠に先行技術との差別化を行うことができなくなる。特に中国では補正の要件が厳しいこと(専利法第33条)、登録後の訂正制度が存在しない事に鑑み、明細書には十分な開示を行っておくと共に、階層的に従属請求項を作成しておくことが重要といえる。

                                                                            以上



[1] 審査指南第2部分第2章3.2.2

[2]無効宣告審査決定番号第12760号

[3]北京市第一中級人民法院2009年判決:[2009]一中行初字第1121号、北京市高級人民法院2010年判決:[2010]高行終字第112号

[4] 復審委員会2006年6月28日審決第8408号、北京市高級人民法院2007年8月1日判決(2007)高行終字第67号、

 

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