HERO 3 あなたはそんなに悪くないのに、強く罪悪感を感じていませんか? - 恋愛の悩み・問題 - 専門家プロファイル

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堀江 健一
堀江 健一
(恋愛恐怖症・心の問題カウンセラー)
ヒロコグレース
(恋愛、婚活、夫婦関係アドバイザー)

閲覧数順 2016年12月09日更新

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HERO 3 あなたはそんなに悪くないのに、強く罪悪感を感じていませんか?

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恋愛心理 自己受容

連ドラ第2シーズンの「HERO」
を題材に、頭の中で繰り広げられる「検事と弁護士の裁判」について書いています。

前回は、精神構造論になぞらえ、検事=超自我、弁護士=自我として例えて描きました。

特に「弁護士」の、自分を弁護してあげる事の重要性について。

自分を弁護する力は、大切なものです。
しかし、あまりに弁護する力が強すぎるのも問題になるものです。
自分にも良くない所があったと認めなければ、現実に向き合う事が出来なくなる事もあるからです。
簡単に言えば、素直に反省する事も必要だと言う事ですね。




今回は、「検事」の、人や自分を罪人として訴える役割について書きます。

私がこのブログで特に言いたいのは、そもそも「誰も悪い人なんかおらず、従って裁判を行う必要もない争いがある」かも知れない場合のことです。

人は誰しも完璧では無いですから、ミスをしてしまうことがあります。

ミスは良くないことではありますが、事故の様な物で、起こっても仕方ないことだと思います。

でも他人のミスをことさらあげつらい、
「お前が悪い!
と訴え、必要以上の責任を取らそうとする風潮が強くなっているように感じます。

無理やり罪人を作ろうとするのです。



「今度から、こうしてね」と、頼めば、それで済むかもしれないのに。「私は、こうして欲しい」とお願いすれば、それだけで済むかもしれないのに。




前回例にした、味噌汁が美味しくないといった彼だって、批難しようと思ったわけでもなく、ましてや意地悪で言ったわけでもないかも知れません。

あなたもわざと相手が嫌がるような味付けにわざとしたわけでもないし、塩加減なんて人それぞれなわけですから、彼の好みからすると「塩辛かった」のは事実かも知れませんが、明らかに失敗したわけでもなければ、あなたのさじ加減が悪かったわけでも無いかも知れません。


「HERO]に登場する久利生検事は、ドラマの中でも問いかけます。

「あなたが悪かったのですか?」
「本当に(わざと、意図的に)やったのですか?」



誰かが一歩的に悪いわけでもないのに、その人が罪人として裁かれてはならない。
冤罪で「罪人」を作ってはならない。

との思いが強いからです。


そんな時、弁護士も必要でしょうが、
そもそも誰もそんなに悪い事をしたわけでもないのに訴えがなされたり、
裁判で裁かれたりされる事が無い様に、
こんな久利生検事のような存在が、私達の心の中にもいたら、
随分世の中生き易くなるものではないかと思います。



精神構造論で言う所の「(検事役を行う)厳しすぎる超自我」を、少しゆるめてやる必要があると思うのです。




超自我が厳しくなりすぎてしまう要因として

●親が、厳しすぎて、厳しすぎる法律(躾)を刷り込まれて育ってしまった
いじめなどに合い、歪んだ法律(お前は死ね!)を、正しい事の様に、思い込まされてしまった
自己理想が高すぎて、完璧になろうとして妥協できなくなって、自分で自分を法律に縛りつけてしまった


等が考えられます。






さてそうした意味で、何か問題が起こった時、
「相手が悪い!」
と人を訴えようとする方と、

「自分が悪い!」
と自らを罪人の様に裁こうとする方に分かれるものかと思います。




臨機応変に「人のせい」にできたり「自分で反省」できればバランスが良いのだろうと思いますが、大抵どちらかの傾向の方が強くなるように思います。

そしてカウンセリングに訪れる方の傾向としては、つい
弁護士無しで「自分が悪い」と判決を下してしまう人の方
が多いように思います。つまり、自己否定的な人です。


傾向として「人のせい」にする方も、
「何でこんなに腹が立つような人ばかりと出会うのだろう。ひょっとすると自分にも改善すべきところがあるのではないだろうか?」
と思ったり、
「腹が立つことばかりあるのが、自分でも辛い。もっと人と円滑に関係を持ちたい」
と望まれる場合などは、
カウンセリングにも行ってみようかと思われるようです。




しかし中には、もっと心情がこじれてしまわれていて、
自分でも薄々
「自分が悪いところもあるのではないだろうか?」
と気付かれているにもかかわらず、
「自分が悪い」と認めてしまう事ができずに、
懸命に「人のせい」にしてしまうことで
自分を守ろうとしてしまう事があります。


そうすると、明らかに「自分のミス」であるような出来事に対しても「謝ること」ができず、
余計に人から反感を買ってしまったり、

「謝って済む事ではない。謝ることさえ自分にとっては、人に甘えてしまうことだから、申し訳なさ過ぎて謝れない。」

「謝って、人に許してもらうことさえ自分には許されない」
というように、どんどん自分で罪を背負ってしまわれるような方もおられます。


そのような方にはカウンセラーが、その方の心の弁護士として
「謝ってしまって良いのですよ」
「謝ってしまうことで、自分が楽になっても良いのですよ」「謝ってもらえば、相手もそれで気が晴れるのですよ。相手のためにも良い事なのですよ」
と、お伝えするようにしています。



そんな弁護士がいない心の中の裁判が開かれたり、
誰も悪くないのに罪をとがめようとする検事が現れたりする理由として、
その方の「イド」の部分に、どれだけ価値があると思えているかが影響するように思います。



イドは、理屈(法律)とは関係なく「本能」や「快楽」で行動しようとする心の部分です。

日頃からそうした、ある程度は「本能」や「快楽」で行動しても「良いじゃないか!」と思えていて、
実際それを原動力に行動出来ていると、
それは人間らしく自然な生活が送れている事となります。
人間も動物ですから、理性だけで生きているわけではありませんから。



ところが
「自分のわがままは許されない」とか
「人に甘えてはいけない」
「やりたいことは我慢しなければいけない」とか、
イド的な部分に対して否定的な捉え方をしていると、
超自我がイドを押さえつけてしまって、
そんな人間くさい部分での行動を許さないので、
いつも超自我の部分で
「理屈では、こうするべき」的な物事の判断をする事となってしまいます。



それは「大人」として「社会人」として正しい冷静な判断だと言える場合もあるかも知れませんが、
それだけではプログラム通りに作動する「ロボット」と変わらなくってしまいます。

どんな方にも「イド」の部分はあって当たり前なのですが、
それを理性で押さえつけすぎてしまうと、
別の場面で自分でもコントロールが効かない出来事が起こるようになります。

職場や外では誰から見ても申し分の無い「理想的な人物」として振舞っていても、
押さえつけられたイドの部分が、家の中では暴れまくるようになり、
「アルコール依存」や「家庭内暴力」などの問題行動となって現れてしまうことがあります。

どこかでイドの反乱が起きてしまうのです。



そして、普段から「イド」を押さえつけて、理性的に行動してばかりいると、
いざ実際に自分が何か問題があることをしてしまった時に、
自分にはイドの部分なんか無い、と否定してしまい、
「自分には悪いところなんか無い」と思い込もうとしてしまうあまり、
その結果「人が悪い」と、
人のせいとしか思えなくなってしまっている事があります。
それをプライドと呼んでも良いかも知れません。

「自分はいつも正しい事しかしていないのだ!」と言うプライドです。


言い方を換えると、
「自分に厳しい人は、他人にも知らず知らず厳しい見方」
をしてしまうのです。


あるいは、イド的なものを
「悪いもの」
と決め付けて、
「常に正しく理性的な」理想的な自分を目指していると、
どうしてもそんな理想的になれなかった場面で、
必要以上に自分を責めてしまい、
自分を罪悪感を感じてしまう事になります。

例えば、
「いつでも人には、優しい気持ちでいなければならない」
と、思って生きていても、
明らかに悪意を向けてくる人達もいるわけです。

そんな悪意のある人達に対して、腹が立った時、
「どうして優しい目で見てあげられないのかしら。
私の狭い心が悪いんだわ。
私が未熟なんだわ。私がダメなんだわ」

と自分を責めてしまう様な方もおられます。



「人に心配をかけてはいけない」
それは人に迷惑をかけてしまうから。
だからと言って、調子が悪い自分を、責めてしまっていませんか?
誰だって、心や体の調子が悪くなる時はありますよ。
お互い様です。



必要以上に他人を責めるのも、
自分を責めてしまうのも、
コインの裏表のように表裏一体なものなのかも知れません。



「人は正しい事もするけれど、間違いを犯すこともあれば、自分の都合の良いように感じてしまう事もあるさ。
だって人間なんだもの」

みたいに「あいだみつお」風に柔軟に思えていれば、
何か問題が生じて、自分が悪かったかもと思えるところがあっても、
ごく気軽に「ごめんねぇ。悪かったね」と素直に謝れたり、
そんな自分を受け入れる事ができたり、
そこまで人を責めたくならないで済んだりするものではないでしょうか?




2015年7月から、劇場版第2作が、公開されます。

8年ぶりの劇場作品だそうで、描きたいテーマが、まだ描き切れていなかったのかも知れません。

今回の映画のテーマは、「治外法権」で、大使館や外交という「壁」の向こう側にある真実を久利生検事たちが追い求めるそうです。

日常でも、
「自分たちは特別で、自分たちだけ治外法権を持っているのよ」
みたいな人達もいますよね。

「高層マンションの高層階に住んでいるだけで、特権階級のように振る舞う人達」「正社員だと言うことだけで、非正社員を見下している人達」



そんな理不尽な世の中に、戦いを挑んでいく検事たちの熱いドラマ。

勝手にそんな妄想を抱いて、期待してしまいます。



 
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