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対象:特許・商標・著作権
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インド特許法の基礎(第16回)(1)
~強制実施権~
2014年9月30日
執筆者 河野特許事務所
弁理士 安田 恵
1.はじめに
特許権は,発明を奨励し,当該発明がインドにおいて商業的に実施されることを保証するために付与されるものである(第83条(a))。特許権の保護により,技術革新を推進し,技術の移転及び普及に貢献することが期待される(第83条(c))。一方,特許発明の恩恵は合理的に手頃な価格で公衆が利用できるものでなければならず(第83条(g)),公衆衛生の保護を阻害するものであってはならない(第83条(d))。
特許発明に関する公衆の合理的な需要が充足されていないなど,特許付与の目的に反する状況にある場合,利害関係人の請求により,長官は当該利害関係人に対して強制実施権を許諾することができる(第84条など)。強制実施権の許諾命令は,特許権者及び強制実施権の請求人の間で締結された実施権許諾証書としての効力を有する(第93条)。また,強制実施権の許諾命令があってから2年が経過しても公衆の需要が充足されていない状況が継続している場合,長官は特許を取り消すことができる(第85条)。
2.強制実施権の概要
(1)強制実施権の種類
インド特許法において長官が許諾可能な強制実施権は次の4種類である。
①不実施の強制実施権(第84条)
②関連特許(利用関係)の強制実施権(第91条)
③国家的緊急状況における強制実施権(第92条)
④特許医薬品の輸出に係る強制実施権(第92A条)
(2)強制実施権に関する条文
強制実施権に係るインド特許法第XVI章の全体構造は図1に示す通りである[1]。強制実施権許諾の可否を判断するに当たり重要と考えられる条文に下線を付した。
図1 強制実施権に関する条文の全体構造
第82条では「特許物品」及び「特許権者」の用語が定義[2]されている。第83条においては特許発明の実施に係る一般原則が規定されている。換言すると,インド特許法において特許を付与する目的が第83条に規定されていると言える。第83条は,強制実施権を許諾すべきか否かを判断するに当たって考慮すべき事項を,特許付与の観点から規定しているものと考えられる。第83条は抽象的な原則を列挙した条文ではあるが,強制実施権許諾の可否を判断するための重要な基準の一つであると考えられる。
第84条,第91条,第92条及び第92A条には,強制実施権の許諾理由などが規定されている。
第87~第89条は強制実施権の申請処理手続き,長官の権限,強制実施権許諾の一般目的,強制実施権許諾の対価,期間などの条件について規定している。第89条は,強制実施権を許諾すべきか否かを判断するに当たって考慮すべき事項を,強制実施権許諾の観点から規定しているものと考えられる。第89条も第83条と同様,抽象的な原則を列挙した条文ではあるが,強制実施権許諾の可否を判断するための重要な基準の一つであると考えられる。
なお,申請処理手続などの規定は不実施の強制実施権についての規定であるが,表1に示すように,他の強制実施権の申請処理においても適宜準用されている。
関連特許 |
緊急状況 |
特許医薬品輸出 | |
特許発明実施の |
- |
○(第92条(2)) |
準用規定無し |
申請処理手続 |
○(第91条(4)) |
○(第92条(2)) ※所定の場合 準用無し |
準用規定無し |
長官権限 |
○(第91条(4)) |
○(第92条(2)) |
準用規定無し |
強制実施権の目的(第89条) |
○(第91条(4)) |
○(第92条(2)) |
準用規定無し |
強制実施権の条件(第90条) |
○(第91条(4)) |
○(第92条(2)) |
準用規定無し |
表1 強制実施権申請処理の準用規定
3.不実施の強制実施権(第84条)
(1)強制実施権の請求人
利害関係人は,強制実施権の許諾を申請することができる(第84条(1))。「利害関係人」は,当該発明に係る分野と同一の分野における研究に従事し,又はこれを促進する業務に従事する者を含む(第2条(1)(t))。強制実施権の申請人は,強制実施権に係る発明を実施する能力を有し(第84条(6)(ⅱ)),資本提供及び発明実施における危険を負担する能力を有する必要がある(第84条(6)(ⅲ))。
強制実施権の申請は,当該特許の実施権者であっても申請することができる(第84条(2))。また,特許権者による実施の承認,実施権の許諾を受諾した者も強制実施権を申請することができる(第84条(2))。
(2)強制実施権許諾の理由
第84条には強制実施権を許諾する理由が3つ列挙されている。
① 特許発明に関する公衆の適切な需要[3](requirements)が充足されていない
② 特許発明が合理的に手頃な価格で公衆に利用可能でない
③ 特許発明がインド領域内で実施されていない
上記3つの理由全てに該当する必要は無く,各理由のいずれか一つに該当すれば,強制実施権が許諾される。言い換えると,特許権者が強制実施権の許諾を回避するためには,上記3つの理由のいずれにも該当しないように特許発明を実施する必要がある。各要件は互いに関連する部分もあるが,必ずしも一つの要件が他の要件の必要条件または十分条件になってはいないと考えられる。例えば,手頃な価格で特許発明を供給していたとしても,公衆の需要を満たしているとは限らないし,公衆の需要をある程度満たしていても,特許発明の価格が必ずしも手頃な価格であるとは限らない。また,手頃な価格で公衆の需要を満たしていたとしても,インド国内で特許発明の製造を行わず,輸入のみを行っている場合,インド領域内で実施されていないと判断される可能性がある。もちろん,インド領域内で製造販売していれば,インド領域内で実施していることになるが,必ずしも価格が手頃で,公衆の需要を満たしているとは限らない。特許権者は,特許物品の価格,供給及びインド領域内での実施に留意する必要がある。
(3)申請時期
特許付与日から3年の期間満了後,いつでも強制実施権の申請を行うことができる(第84条(1))。
(4)申請手続
申請人は,利害関係の内容及び所定の明細,並びに当該申請を基礎付ける事実を記載した陳述書を含む申請書を長官に提出することにより,強制実施権の許諾を申請することができる(第84条(3))。申請は,様式17又は様式19により行わなければならない(規則96条)。申請書には,申請人の権利の内容及び申請人が受諾しようとする強制実施権の条件を記載する(規則96)。
⇒第2回へ続く
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[1] 強制実施権に係るインド特許法第XVI章の全体構造を把握し易いように図示したものであり,必ずしも各条文の関係を厳密に図示したものではない。
[2] 「特許物品」は特許方法によって製造された何らかの物品を含むものとし(第82条(a)),「特許権者」は排他的実施権者を含む(第82条(b))。また,第2条(1)(o)においては”「特許物品」及び「特許方法」とは,それぞれ現に有効な特許の対象である物品又は方法をいう。”と定義されている。
[3] “demands”では無く”requirements”の用語が用いられている。文言上,購買力に裏付けられた「(有効)需要」では無く,購買力を問わない単なる公衆の「要求」または「必要」と考えることもできる。
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