私は人事という仕事柄で、これまで多くの退職者に向き合ってきました。私自身も会社を辞めた経験があるので、退職する人の心情は、それなりに理解しているつもりです。
退職しようとする人に、会社は必ず「なぜ辞めるのか」という理由を聞きます。
その答えの中で一、二を争って多いのは、給料の話と仕事内容の話です。「新しい会社の方が少しだけ待遇が良い」「今よりも仕事内容が面白そう」「自分のキャリアアップのため」などといいます。私自身も会社を辞めるときには、仕事内容の話をしていた記憶があります。
ただ、一度でも転職を経験したことがある人ならばわかるでしょうが、退職理由はそれほど単純ではありません。もちろん、はっきり「これだ!」と言い切れる人もいますが、多くの人はそうではありません。
例えば、人間関係に問題があっての退職でも、それを理由として言う人はほとんどいません。それどころか、逆に「人間関係はとても良かった」「周りの人には恵まれていた」などといいます。円満退職を考えれば、誰かを敵に回すようなことをあえて言う必要は無いですし、好ましくもないでしょう。
その相手と顔を合わせる機会はまったくなくなるか、あったとしても少ないはずで、そんな人を攻撃して恨みを買っても、得することは何一つありません。まさに“立つ鳥跡を濁さず”です。
しかし実際の退職理由の中には、上司や部下との人間関係や、仕事場の雰囲気、社風など、人に関わることが含まれていることは、思いのほか多いです。
「上司が無能、無責任、信頼できない」「仕事をするにはふさわしくないぬるい雰囲気」「何かとブラックな企業風土」「理不尽な上下関係」など、様々なことが出てきますが、そういった話が聞けるのは、その人が退職してからしばらく経って、たまたま会って話をするような機会があったときだけです。
自分自身の経験で考えてみても、過去からのいろいろな積み重ねがあって、たまたまのタイミングや巡り合わせがあって、そんな中で退職を決めています。正直言って、辞めた理由はいくつもあるけれど、言いにくいこともあえて言う必要がないことも、整理して説明するのが難しいこともあります。
給料や仕事内容が退職理由として語られることが多いのは、誰も傷つけることがなく、会社として引き留めもしづらくなるからでしょう。
ただ、会社はそういった聞き取り情報から、退職者対策を考えていたりします。その話をもとに、「もっと給与アップしないと、社員がどんどん辞めてしまいます!」などと真顔で訴える人事担当者がいます。
もちろん給料は高いに越したことはありませんが、退職者を減らす目的で実際にやらなければならないことは、もっと多岐に渡ります。業績、処遇条件、福利厚生、人材育成、事業の将来性や取り組んでいる仕事そのものの面白さ、その他会社にかかわるすべての要素をレベルアップしていかなければなりません。
「退職理由」を説明するのは意外に難しく、はっきり言い切れる人は多くありません。それを鵜呑みにして捉えていると、問題の本質を見誤ります。
「退職理由」には、とても多くのことがからみ合っていることを、理解しておかなければなりません。
このコラムの執筆専門家
- 小笠原 隆夫
- (東京都 / 経営コンサルタント)
- ユニティ・サポート 代表
組織に合ったモチベーション対策と現場力は、業績向上の鍵です。
組織が持っているムードは、社風、一体感など感覚的に表現されますが、その全ては人の気持ちに関わる事で、業績を左右する経営課題といえます。この視点から貴社の制度、採用、育成など人事の課題解決を専門的に支援し、強い組織作りと業績向上に貢献します。
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