経営承継を巡る法的問題とその対処法 - 事業再生と承継・M&A全般 - 専門家プロファイル

能瀬 敏文
能瀬敏文法律事務所 所長
大阪府
弁護士

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対象:事業再生と承継・M&A

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経営承継を巡る法的問題とその対処法

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1 承継すべき対象は?

会社等企業のオーナー経営者の「代替わり」のことを、従来、「事業承継」と呼び習わされてきましたが、最近は「経営承継」という呼び方の方が一般になりつつあるようです。例えば「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(以下、経営承継円滑化法と略称)のようにです。これらの呼び方に違いはあるのでしょうか?一般的にはあまり、この点を意識して使い分けていることはないようです。

しかし、私は、継ぐ方も継がせる方も、「何を承継するのか?」という点を、明確にしておいた方がよいのではないか、と思います。

私の考えるところでは、「承継する対象」は、一応、次のように分類できるのはないかと思います。

 

・事業そのもの

・事業を行っている主体=企業の経営権(=支配権)

・事業用の資産

 

以上の分類に応じて、法的観点から見て、ざっくりですが、次のような点に留意すべきではないかと思います。

 

(1)事業そのものを承継する場合

先代が、法人または個人で営んでいる、あるいは営んでいた事業の承継には、次の(2)や(3)で述べる経営権や事業用財産の承継はもちろん必要ですが、そういう、言わば「モノ」だけではなく、先代が事業を興し、あるいは先人から引き継いできた企業理念、成長あるいは生き残りの戦略、人材、信用、取引先、情報、人脈等多様な経営資源の承継を要します。「モノ」は相続・贈与や売買の対象となりますが、理念や人材等のソフトは、後継者が、経営者として受けた教育、自身の努力、苦労の中からしか承継できないものです。

 

(2)経営権の承継

これに対し、経営権は、企業の支配権のことですから、個人企業では事業の承継と、ほぼイコールになると思われますが、法人が事業主体の場合は、必ずしもイコールとはなりません。

いわゆる、「所有と経営の分離」ということも可能となり、先代ないしその相続人が、経営権=最終的な企業支配権を保持しながら、実際の経営を、例えば、幹部社員等第三者の経営担当者に担当させるという形も考えられます。言ってみれば、「後継者」が、事業面は幹部社員等経営担当者、経営権及び資産面が先代ないしその相続人に、分離することとなります。

そして、「所有と経営の分離」を選択した場合、

①「所有と経営の分離」を選択した理由は何なのか?

②経営担当者にどこまで委任するのか?監視の方法はどうするのか?

③最終的な責任の在り方はどうするのか?例えば、経営担当者の更迭、会社の債務に対する保証や資金調達はどうするのか?

等について、あらかじめ経営担当者とよく話し合って法的に実効性のある方法(例えば、種類株式の発行、会計参与の設置等会社の機関設計上の工夫や契約書等の作成)を駆使して取り決めをし、日常的にも経営担当者とのコミュニケーションを密に保つ必要があります。

 

(3)事業用の資産の承継

事業や経営には全くタッチせず、事業用の資産、例えば、工場の土地建物や設備等のみを承継する場合で、株式等支配権は手放すことになります。

経営権と事業用のソフトを承継した経営者こそが、「後継者」になると言

って良いでしょう。

この場合、

 

①資産を処分可能なものとそうでないものに分ける

②資産から生じる収益を適切に見積もる

③以上を前提にして、相続人間で、資産ないし収益を、原則として法定相続分に従って、公平に分配する。

 

という方針で処理することが重要です。

 

(4)以上のとおり、事業そのものの承継をするのであれば、法的な承継の対象になる「モノ」を「後継者」に集中させる必要があり、資産の承継だけであれば、いわゆる「後継者」がいないわけですから相続人間等で公平に分配することとなり、「所有と経営の分離」を前提とした経営権=支配権の承継の場合には、その承継の在り方について、相続人間のみならず、経営担当者とも十分に意思疎通したうえで決定することになります。

もっとも、実際には、上記の各分類の要素が混在したバリエーションもあろうかと思いますので、適宜、修正していくこととなるでしょう。

 

2 誰が承継するのか?

  事業を承継する人(以下「後継者」と言う)は、通常、子息等先代の法定相続人であることが多いことは、昔も今も変わりません。先代の養子ではない娘婿の場合、その妻が「モノ」を相続により承継することになります。

これ以外に、「所有と経営の分離」を選択せず、幹部社員が事業を承継するやり方をMBO(マネジメント・バイ・アウト)と言います。理屈の上では、先代が後継者になる幹部社員に株式等の事業用資産を、対価を取らずに生前贈与または遺贈によって承継させることも考えられますが、あまり行われておらず、「身内」とのM&Aの一種として行われるのが通常です。

また、社員等、従来経営に関与してきた人ではない社外の第三者にM&Aの手法を使って事業を承継させるやり方もあります。M&Aには株式等の売却を通じて会社を丸ごと譲渡するやり方のほか、株式交換(先代やその相続人は、買収会社の株主になる)や会社分割、あるいは事業譲渡(特定の事業や資産、負債等を切り出して、これを第2会社を含む第三者に承継させる)等の手法があります。

 

3 いつ承継するのか?

先代の死亡に伴って承継されることも多いのですが、先代が生きている間に「後継者」(第三者である場合も当然に含む)を決めて事業承継をしたり、「所有と経営の分離」を実行したり、事業からは完全に引退して事業用の資産の処分の対価や収益のみを得たりすることもあります。

相続による承継よりも、この生前承継の方が望ましいと言えます。

なぜなら、先代が現役の経営者である場合、その死亡は多くの場合、取引先や金融機関に対する信用低下や社員の動揺(場合によっては退職)等を招き、事業運営に混乱をもたらしますし、最悪の場合、後継者争いその他の相続紛争が発生する場合もあるからです。

もちろん、「モノ」の承継は生前贈与+遺言によって手当てしておき、「モノ」以外の承継を先に済ませておく、ということでも良いでしょう。

もっとも、この場合でも、遺留分対策のために、経営承継円滑化法を利用するあるいは相続時精算課税制度等を前提とした贈与を利用するのであれば「モノ」についても、先代の生前に「後継者」への帰属を確定させておくことになります。

 

4 会社法を利用した経営承継対策

  会社(=モノ)の承継のため、会社法上の制度を用いることも考えられます。

  特に後継者と後継者以外の相続人との利害調整を中心に説明します。

  

(1)非公開会社であることが前提

会社法は、旧商法時代の有限会社・株式会社を新・株式会社一本に統合した上、「公開会社」「非公開会社」の区分基準及び「大会社」(資本金5億円以上または負債総額200億円以上の会社)「大会社以外」の区分基準により、株式会社(以下、会社と言う)を4タイプに区分し、それぞれ会社の機関や株式のあり方に差異を設けています。
 そして、「非公開会社」とは、定款上、その会社が発行することができる株式全部について譲渡制限のある会社を言います。株式を証券取引所に上場等しているかどうかとは関係ありません。もっとも、未上場会社の殆んど、特に同族会社は、「非公開会社」であるものと思われます。

この非公開会社においては、公開会社においては認められていない「株主毎の異なる取扱い」や、発行済株式の過半数を議決権制限株式とすること、役員選任権付株式を発行すること等、定款による会社の自主決定権が拡大されており、経営承継にも利用できるものが多いと思います。

 

(2)株主毎の異なる取扱い

会社法第109条では、株主平等の原則を規定しつつ、非公開会社においては、定款で定めれば(定款の変更には株主総会の特殊決議を要する)、

(i)議決権 

(ii)配当請求権 

(iii)会社清算の場合の残余財産分配請求権

の各権利について、株主毎に異なる取扱いができる、としています。後程述べます種類株式は、株式の内容自体が種類毎に異なるのに対し、これは、保有している株式の内容は同じでも、株主の人的属性に応じて異なる権利を認めるというもので、旧有限会社法の規定を取り入れたものです。例えば、保有株式数にかかわらず、議決権を一人一票にするとか、利益配当を頭割にすることなどができます。

では逆に、特定の株主のみに複数の議決権や優先配当を認めることは可能でしょうか?従来の有限会社法の解釈では、この制度を「少数派優遇」のためのものと考える傾向にありましたが、会社法上、そのように限定して考える必要は無く、「制度の濫用」と言えるケースでない限り、可能と考えられます。

従って、例えば、株主である後継者が会社の代表取締役である間は、その保有株式の議決権を他の株主が保有する株式より多くする(複数議決権の付与)あるいは、取締役である株主のみが株主総会で議決権を行使できる等とし、その代わり、後継者以外の株主への配当を優先する等のことが考えられます。

ここで大事なことは、「制度の濫用」といわれないよう、株主権が相体的に弱くなる株主に上記のように何らかの代償措置を与えることです。

また、種類株式と比較したこの制度のメリットは、

(i)登記する必要がなく社外に知られずにすむこと

(ii)「異なる取扱い」は属人的なものであり、また「代表取締役任期満了時の株主総会開催前まで」などの条件も付けられると考えられますから、その株主が代表者でなくなったりして条件を満たさなくなった場合は、原則に戻すことができる(種類株式なら、その回収に困難を来たすこともある)。

等ということです。

設計は種々の状況予測を前提に、また株主間での所得移転が生じることによる課税上の問題点にも配慮して慎重にする必要がありますが、もっと採用されてよい手法でしょう。

(3)新しい種類株式

会社は、以下の9個の事項につき、定款で異なる定めができ、2以上の種類(内容)が異なる株式、すなわち種類株式を発行できます。

9事項の組合せも可能です。また、各項目毎に内容・条件を違え、例えば議決権制限株式Aタイプ、Bタイプ、Cタイプ・・・・(制限される議決権事項や制限される条件が異なる)も可能です。

但し、(i)と(ii)を組合せ、配当も残全財産分配も受けられない種類株式を作ることはできません。

 

(i)剰余金の配当(その種類株式の剰余金配当に関する特別の取り扱い。優先配当、劣後配当等)

(ii)残余財産の分配(その種類株式の残余財産に関する特別の取り扱い。優先、劣後等)

(iii)議決権の制限(株主総会で議決権行使ができる事項が制限される)

(iv)譲渡制限(公開会社で、一部の株式についても発行可能)

(v)取得請求権(株主が会社に買取り等を請求できる)

(vi)取得条項(一定の事由が発生したときに会社が強制的に取得できる)

(vii)全部取得条項(株主総会の特別決議で、ある種類株式をすべて会社が取得することができる)

(viii)拒否権条項(特定の事項につき、その種類株主総会の承認決議を要する)

(ix)取締役・監査役選任権(その種類株式総会で選任・解任権がある)

 

(4)発行済株式の種類株式化及び種類株式の内容の変更

会社法では、原則として定款変更手続により発行済みの普通株式(一部ではなく全部)を種類株式にしたり、発行済みの種類株式の内容を変更したりすることができます(但し、発行済み株式すべてに取得条項を付す場合等についての定款変更手続には株主全員の同意等要件が加重されている。会社法第110条、第111条)


 旧商法上は、発行済み株式の内容を変更する手続規定はありませんでしたので、株主の個別の同意ないし総株主の同意を要すると理解されていましたから、この点は画期的と言えます。
 例えば、普通株式のみを発行している会社であっても、定款変更によって種類株式発行会社となり、発行済みの普通株式を一斉に種類株式に変えてしまうこともでき、上記のとおり、全部取得条項付種類株式を併用すれば、株主構成を一変させることも可能となり、経営承継のみならず、事業再生、M&A等にも活用できます。

例えば、先代オーナーの生前対策として、

(i)株主全員の合意により、又はオーナーの3分の2以上の議決権を使って既発行株式すべて全部取得条項付株式に変更して会社がすべて取得し、その代償として無議決権株式を交付する。

(ii)同時に議決権のある株式を発行して、これを後継者のみに交付する。

ことにより、後継者のみが議決権を有するという株主構成にすることも条文上は可能です。しかしながら反対派株主があるのにこれを強行すると、新株発行や種類株式化のための株主総会決議無効確認訴訟や差止め訴訟等の紛争が発生する可能性もありますから、やはり何らかの妥協を図って全員合意の上で行うのが望ましいことには変わりなく、どうしても強行せざるを得ない場合には、状況判断を誤らないことが大切です。

(5)種類株式の活用例

種類株式の制度が無いとすると、例えば同族株主間で「AとBを取締役にして月○○円の報酬を支払う」とか、「Aに経営を任せる代りに配当可能な利益があるときは、一定以上の株主配当をする」等の合意(株主間契約)をしていても、株主権の行使を直接制約したり、会社自身の意思決定をしばることは困難と考えられていました。

ところが、種類株式を利用すれば、遺産分割等に当って、株主である相続人間の利害調整のため、実効的な拘束力がある合意が可能となることもあります。

例えば、100%オーナー株主が亡くなり、遺産株式等を合せ、後継者Aが自社株式の過半数を取得できず、また他の相続人B、Cからすぐに買い取る資力も無い場合に、

 

(i)Aを会社の代表取締役に選任する

→過半数の役員を選任できる役員選任株式を期間限定(例えば5年間限定)でAに付与。

 

(ii)相続人B、Cは、5年以内に、会社に対して、その保有株(相続株式を含む)を売り渡す(B、Cからすれば会社に買取ってもらう権利をもらう)

→株主全員合意により、B、Cの保有株式を取得期限付の取得請求権及び取得条項付株式にする。

 

(iii)会社がB、Cの株式を全部買取るまで、B、Cの保有株式に、上記(ii)と共に、重要事項についての拒否権及び優先配当受領権を付与。その代り、拒否権の無い事項についての議決権は制限。

 

(iv)会社が買取り財源の不足等の理由により、B、Cの保有株式を5年以内に買取れない場合は、A、B、Cが保有する株式を、すべて同一内容の株式(普通株式)に戻す

→上記種類株式の条件の付け方を工夫する。

 

等の利害調整をした合意を、実際に種類株式の発行や保有株式を種類株式に変更することで実効性のあるものにできます。

ここでも大事なのは、多数派による強硬突破ではなく、可能な限り、衡平な利害調整を図り、全員の納得を得ることです。

特に、既に発行している株式の一部を種類株式に変更するときは、原則として株主全員の同意が必要です。

 

 

5 経営承継円滑化法の活用

M&AやMBO等「モノ」としての会社の買収によって後継者になる場合は別として、相続制度を利用した経営承継の場合は、後継者が先代の財産(モノ)の多くを承継・取得しなければならない理由、そして、それは「預りモノ」であることについて十分な理解を他の相続人から得ることができるならば、「モノ」の承継はよりスムーズに行われ、相続紛争の防止にもつながるでしょう。特に、新しい法律である経営承継円滑化法を利用して遺留分特例の規定の適用を受けることを考える場合は、このことは重要ですし、上記のような考え方の先代、後継者(相続による後継者)であれば、この法律の利用はうってつけの手法といえるでしょう。

経営承継円滑化法は、2008年10月1日から施行されました(ただし、遺留分特例を定める部分は、2009年3月1日から施行)。経営承継円滑化法は、中小企業の相続による経営承継において、民法上の遺留分や遺留分算定にあたっての生前贈与財産(特別受益)の算定方法が後継者の会社発展へのインセンティブと逆方向にあること、また、代替りの際に会社が一時的に信用低下を招いたり、相続税負担の発生、自社株等事業用資産の買取りの必要等に伴い発生する資金需要を賄う必要があること等によりスムーズな経営承継が妨げられている、との認識を前提として、民法の遺留分の特例規定を設け、かつ経営承継対策専用の公的金融支援等を行うことを柱とする法律です。

このうち、遺留分に関する特例とは、先代存命中に、自社株を後継者に生前贈与し経営承継を行いたいが、これを実行すると他の推定相続人の遺留分を侵害してしまうこととなる場合に、推定相続人全員の合意(特例合意。ただし、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可が必要)により遺留分の規定や遺産分割にあたっての生前贈与財産の計算方法の適用を排除できる、つまり、後継者が他の相続人の遺留分を侵害して自社株等を承継できるというものです。具体的なことは、弁護士に相談して下さい。

ただ、経営承継円滑化法を、「先代の目の黒いうちに、その影響力を使って、後継者以外の推定相続人をスズメの涙ほどの代償で黙らせる制度」と考えるべきではありません。特例合意の内容は、合理性を有しなければならず、「財産評価の合理性」はもちろんのこと、「経営承継のために必要最小限度の、やむを得ない遺留分侵害である」との要素も含まれるべきものと考えられます。そして、合意の合理性こそが、裁判所が審査する「当事者の真意」の存在を支えるものといえるでしょう。

本制度の最も良い点は、先代の生前中に、関係者全員が経営承継について真剣に考える機会を持つ有力なきっかけとなることです。本制度を利用することまたはその検討をすることにより、経営承継を、先代存命中にスケジュールも含め、後継者が中心となり、先代や他の推定相続人とも協力し合って計画的に立案、実行されるものです。後継者は、先代の支援の下に他の推定相続人(多くの場合兄弟)や社員等利害関係人に自らが会社を後継すべき理由、抱負、理念、ビジョンを語るべきであり、十分な納得と協力を得る機会とすべきでしょう。そして後継者は、実質的に遺留分を放棄してもらった他の相続人のさまざまな思いを受け止め、これに感謝し、自社の経営に邁進すべきではないでしょうか。

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