- 羽柴 駿
- 番町法律事務所
- 東京都
- 弁護士
対象:民事家事・生活トラブル
- 榎本 純子
- (行政書士)
第2回
泣いて悲嘆にくれるS・Tとの接見を終えた私は、すぐに控訴状を作成し、受付に提出しました。かくして一審の国選弁護人であった私の任務は終わりましたが、その後、S・Tは控訴を取り下げてしまったそうです。その理由は知る由もありません。
この一件をきっかけに、Kは他の修習生の協力のもと、東京地方裁判所における窃盗事件に対する判決を徹底的に調査し、日本人被告人と外国人被告人との執行猶予率に明らかに差異があることを統計的に明らかにする研究結果をまとめ、発表しました。この研究成果は、来日外国人に対する法の下の平等が保障されていない恐れがあることを示すものとして、実務の世界に大きな反響を呼び、以後、このような極端な厳罰は見られなくなりました。
Kの研究によると、来日外国人の窃盗事犯に対する量刑が厳しい重要な理由として、窃盗目的で来日したことがあげられます。本件においても、S・Tに対して裁判官にこのような考慮が働いたのかもしれません。
しかし、本件ではS・Tが窃盗目的で来日したという証拠はどこにもありませんでした。S・Tは一貫して窃盗目的で来日したのではないと主張しています。それにもかかわらず、来日後まもなく窃盗をしたというだけで窃盗目的の来日だと断定したとすれば、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則に反することになりかねません。そのような断定の裏には「外国人のくせに日本の治安を乱すとは不届きな奴」というような偏見があると思います。
この事件は20年も前のことですが、某知事が「中国人は犯罪者のDNAを持っている」と公言したことにも見られるように、来日外国人に対する異端視は今でも日本社会に根強く存在すると思えてなりません。