- 羽柴 駿
- 番町法律事務所
- 東京都
- 弁護士
対象:民事家事・生活トラブル
- 榎本 純子
- (行政書士)
第1回
来日外国人の刑事事件には、言語の壁から生ずる調書の正確性の問題など、外国人事件ならではの特殊性があります。今回から紹介する来日外国人の事件では私自身が思いがけない体験をすることになりました。
1987年に起きたこの事件の被告人は香港在住中国人の27歳の男性S・T、記録によると観光ビザでつい最近初めて来日し、入国の数日後に銀座のデパートでズボン3本(時価4万5千円相当)を万引きしたところを現行犯逮捕されたというものでした。被告人には当然日本での前科・前歴はありません。
この程度の事案、つまり被害金額が軽微で実害が殆どない窃盗事件で、被疑者が前科前歴のない若者である場合、実務では起訴されることは少ないのです。何かの事情で起訴されたとしても、間違いなく執行猶予がつく―これは法律実務家であれば常識です。被告人が日本人であれば。
ところが、判決言い渡しの日、裁判官は懲役1年の実刑判決を言い渡したのです。言渡しを聞く瞬間まで執行猶予がついて当然であると考えていた私が驚いたことは言うまでもありません。
判決言渡し後、私は、たまたま同席していた司法修習生のK、そして法廷通訳の中国人女性Mと一緒に、S・Tに会うべく接見室へと向かいました。すると接見室へ向かう途中、Mが、「あの裁判官はいつも厳しいですよ」と言うのです。この裁判官の所属する部は当時、外国人を被告人とする事件を専門に扱っている部であったので、法廷通訳の経験豊富なMは何度も同じ裁判官に当たっているというのです。Mの言葉に私は改めて驚きました。