数年前に請けた ちょっとかわった仕事を 思いだしました。
分譲され 一年ほどたったあるマンションで、メンテナンスの
情報収集に各住戸の住人の聞取りをするので、建築士有資格者
であり第三者のわたしに 付き合ってほしいとのこと。
断る理由もなく、わたしは日当分の報酬にて引き受けました。
戸別訪問は、私のほか、工事を請負った建設会社の営業担当者、
このマンションの維持管理をおこなっている管理会社の担当者
の、三人によりました。
住民の方々は もちろん さまざま
管理会社の担当者は、生まれてはじめて見たのでしょう、ある
お宅で飼われていた フィレット を見て びっくり。
また、あきらかに不条理な要求を突きつける住民の方もあり。
そんな中 忘れられない ひとりの住人の方がおりました。
初老の 一人暮らしの男性。
ドアをあけ、訪問の用件を伝えるやいなや、激高し涙をうかべ
口をふるわせて いっきにまくしたてはじめました‥。
男性 は 妻と二人。
長年こつこつと貯めた蓄えで、このマンションの一室を購入。
ふたりにとっての安住の地、終の住処となるはずでした。
ある日 トイレに汚臭がする。
男性は、妻にトイレの床の掃除をさせる。
しばらくすると また汚臭がし、妻が床の掃除をする。
いっこうに汚臭はおさまらず、男性は妻を叱責するようになる。
‥“おまえの掃除のしかたがわるいんだ!”
いよいよもって、工事業者さんに見てもらうことにした。
業者はトイレの床板をはがしてみると、床組とスラブのスペース
に配管された 汚水配管の接続部分から汚水が漏れていた。
汚臭の原因は 妻の掃除ではなく 工事の不具合(瑕疵)だった。
改修工事により不具合は修復され、臭気もなくなった。
ただ、二人の関係は 修復できないものになっていた。
妻 は 出ていったしまった。
一般的に共同住宅の計画では、
住戸のメンテナンスは その住居内でおこなえるよう給排水管
などは 床のコンクリートスラブ上にて 配管するのが定石です。
区分所有が明確な分譲形式であれば、なおのことでありましょう。
もちろん、私もそうのように計画します。
ただ もし
この排水管が定石によらず、スラブ下で配管されていたならば、
下階の住居の天井に汚水が漏れ シミになり(‥ま、もちろん
それはそれで 大変な惨事ではありますが。) この瑕疵のSOS
と なりえていたかもしれません。そして、この夫婦のSOSにも‥
ふと、そんな考えもよぎりました。
強固なコンクリートのスラブとちがう
人との絆 というものの あやうさに せつなさを感じました。
もう、数年前のこと。
このコラムの執筆専門家

- 岩間 隆司
- (東京都 / 建築家)
- 株式会社ソキウス 代表取締役
スマートに シンプルに 住う。 都市型住宅・集合住宅
都市の厳しい条件のもとでも、住宅や集合住宅を実現させてきました。住宅計画における制約は、生活空間に個性が生まれる、ひとつの契機として、ポジティブにとらえております。
03-5735-9700
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