- 志田 茂
- 志田茂建築設計事務所 代表
- 東京都
- 建築家
対象:住宅設計・構造
「家の2つの性質と幸せの形」 ・・・ 昨日のつづきです。 『家』というものには二つの性質があります。 ・物質的性質 ・人格的性質 今日は 「人格的性質」 の話です。 ** 【人格的性質】 ずっと前の事ですが、 あるご夫婦からリフォームの相談がありました。 そのご夫婦は、ご自分達で家のリフォームをする・・ つまりセルフリフォームをされていました。 その時の事をブログに書いています。 頑張れ!セルフリノベーション(Mさんち) ⇒http://mail.os7.biz/l/019Nnp/o1Q7JzRm/ その記事への Mさんのコメントの一部を抜粋します。 ============================ 収納部分の床が無くなって、床下に潜って見ましたが、 三十六年もの歳月、家を「どすこいっ」と支えてきた柱たちの姿は、 家族や営みを重い、想いと見守っていたのでしょうね。 わたしたちもこれから、その柱や屋根、家の空気に見守られ、 それらと共に老いていけたなら。。。 ============================ 「柱たち」
「見守っていた」
「共に老けていけたなら」
この言葉が表すように、Mさんは、その家に対して 「人格」あるものとして想いを持っていました。 「人格的性質」とは
単に物である家に対して、Mさんのように住む人が 「人格あるモノ」として接する事ができる状態を表します。
本当は家自体にある性質ではなくて、住む人側の内面の感情なのですが 私は 「 家は住む人を表す 」 と思っていますので、 住む人が家に対して「人格あるモノ」としての感情を持つ事ができるなら そうさせる性質が 「その家にあるもの」 だと思います。
ただなんとなく「そこにある」存在。
でも「そばにいてくれる」存在。
喜びも悲しみも「受け止めてくれる」存在。
そんなことを無意識に感じる『存在』なんだと思います。 自分や家族を外部の環境から守り、 自分や家族の生々しい感情を だまって包んでいてくれるもの と考えれば、 家の存在を何んだか特別なものに感じられないでしょうか?
ただの「物」とは違うはずです。
ペットのように動的に癒しや喜びを与えてくれるものでもありません。 でも、「そこにある大切な存在」 と意識する事は 『幸せの度合い』 に関わってくると思うのです。 ** 家の存在について、何か・・ 「このヒト」のような存在を 感じた事はありますか? 家に話しかける事ありますか? ◆今日も読んでいただきましてありがとうございました。 ご感想・ご意見 いただけたらうれしいです。 ⇒ info@s-coco.net
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暮しとか、家の事とか、、、時々人生の悩みなど書いています。
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