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中国特許判例紹介:中国における現有技術の抗弁(第2回)
~現有技術抗弁と特許請求の範囲との関係~
河野特許事務所 2013年8月23日 執筆者:弁理士 河野 英仁
塩城沢田機械有限公司
再審請求人(一審原告、二審上訴人)
v.
塩城市格瑞特機械有限公司
再審被請求人(一審被告、二審被上訴人)
4.最高人民法院の判断
争点:現有技術の抗弁は現有技術とイ号製品とを対比するが、特許請求の範囲の記載も考慮する。
最高人民法院は被告の現有技術の抗弁を認めた。
最高人民法院は最初に現有技術の抗弁を認めた趣旨を述べた。現有技術、及び、相対的に現有技術から明らかな均等技術を構成する技術を特許により保護すべきではない。無効宣告過程において特許権の法律効力に対し審理を行う以外に,侵害訴訟を通じて被疑侵害人の関連する現有技術抗弁の主張に対し審理を行うことは、紛争の早期解決につながり,当事者の訴訟累積を減少させ,公平及び効率の統一を実現することとなる。
このように述べた上で、最高人民法院は、現有技術抗弁を審理する際,比較対象はイ号製品と現有技術であり,現有技術と特許技術方案について対比を行うべきではないと述べた。そして、現有技術抗弁の審理においては、特許請求項を参照としつつ,イ号製品中の特許権の保護範囲に属すると主張されている技術特徴を確定し、かつ、現有技術中にイ号製品と同一または均等の技術特徴が開示されているかを判断すべきであると判示した。
現有技術の抗弁は,イ号製品と現有技術とが必ずしも完全に同一、または、全く差がないことまでは要求されておらず、イ号製品の中で特許権の保護範囲と無関係な技術特徴については考慮すべきではない。
以上の前提下で、最高人民法院は以下の点について分析した。
(1)イ号製品中の電磁バルブとロッドを有するピストンの連接方式が現有技術に公開されているか否か;
(2)イ号製品中の電磁バルブの具体的構造が現有技術に公開されているか否か。
特許請求項1に基づけば、請求項の文言中で電磁バルブの連接方式を限定している。
「電磁バルブ5の出口は、直接ロッドを有するピストン9の外端に対し相連接している」
しかしながら、請求項1ではこれ以上電磁バルブの具体的構造を限定していない。従って、電磁バルブの具体的構造と特許権の保護範囲とは無関係であり,また現有技術の抗弁が成立するか否かも、電磁バルブの具体的構造に関しては関係が無いと言える。
イ号製品中の電磁バルブとロッドを有するピストンは請求項1に記載の連接方式と同様の方式を採用している。従って、現有技術抗弁が成立するか否かを認定するに際しては、現有技術中に上述した連接方式と同一または均等の技術特徴が公開されているかが鍵となるのであり、逆にイ号製品中の電磁バルブの具体的構造が現有技術に公開されているかは考慮する必要がない。
現有技術中公開されている電磁バルブは三つの部分を含み,その具体的構造とイ号製品の電磁バルブとは明確な相違を有するが、現有技術には、依然として電磁バルブの出口とロッドを有するピストンの外端とを直接相連接することが記載されている。以上のことから最高人民法院は現有技術の抗弁が成立するとした江蘇省高級人民法院判決[1]を支持した。
5.結論
最高人民法院は、現有技術の抗弁が成立するとした高級人民法院の判決を支持した。
6.コメント
現有技術抗弁については司法解釈[2009]第21 号第14条に以下のとおり規定されている。
司法解釈[2009]第21 号
第14条 訴えられた、特許権の技術的範囲に属する全ての技術的特徴が、一の現有技術方案の対応する技術的特徴と同一または実質的相違がない場合、人民法院は、権利侵害の被告が実施した技術は専利法第62条に規定される現有技術に属すると認定しなければならない。
このように司法解釈においても現有技術とイ号製品とが完全同一ではないが、実質的相違が無い場合でも現有技術の抗弁を認めている。本事件においては、現有技術の電磁バルブの具体的構造と、イ号製品の電磁バルブの具体的構造とはかなり相違するものであった。しかしながら、請求項に係る発明は電磁バルブの具体的構造に言及することなく、単に電磁バルブとピストンとが連接されていることだけを限定していることから、電磁バルブの具体的構造を考慮することなく、現有技術の抗弁を認めたのである。
では、請求項において電磁バルブの具体的構造を限定していた場合はどうなるであろうか。最高人民法院の論理によれば、現有技術の電磁バルブの具体的構造と、イ号製品の電磁バルブの具体的構造とは完全に相違し、かつ、イ号製品は請求項に係る発明と同一であるから、現有技術が成立しないこととなる。すなわち、請求項を広く記載すれば現有技術の抗弁が成立し(非侵害)、逆に請求項を狭く記載すれば現有技術の抗弁が成立しなくなる(侵害)という逆転現象が生じる。この矛盾を原告が主張すれば結果は変わっていたのでは無かろうか。
本事件から言えることは、特許取得の際には、現有技術の抗弁を防止すべく、発明の特徴部分について十分な数の内的付加型の従属請求項を作成しておくことが益々重要になったということである。このようにしておけば、権利範囲の狭い従属請求項にて現有技術の抗弁を封じ込めることが可能となる。
以上
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