時効取得と抵当権、平成24年最高裁判決 - 民事事件 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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時効取得と抵当権、平成24年最高裁判決

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不動産

時効取得と抵当権

 

最判平成24316民集6652216頁,判タ1370115頁、ジュリスト平成24年度重要判例解説69頁

 

不動産の取得時効の完成後,所有権移転登記がされることのないまま,第三者が原所有者から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了した場合において,上記不動産の時効取得者である占有者が,その後引き続き時効取得に必要な期間占有を継続し,その期間の経過後に取得時効を授用したときは,上記占有者が上記抵当権の存在を容認していたなど抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り,上記占有者が,上記不動産を時効取得する結果,上記抵当権は消滅する。

 

 1 本件は,土地につき抵当権の設定を受けていた金融機関であるYが,抵当権の実行としての競売を申し立てたところ,同土地を時効取得したと主張するXが,第三者異議訴訟を提起した事案である。以下,同土地に換地がされる前の従前の土地を含め,「本件土地」という。

 2 事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1) 本件土地は,もとAが所有していた。

 Aは,昭和45年,本件土地をXに売却し,Xは,本件土地を同月から現在まで占有し続けてきた(サトウキビ畑)が,所有権移転登記手続は行われていなかった。

 (2) Aは,昭和47年に死亡し,その相続人であるBが,昭和57年,本件土地につき,相続を原因として所有権移転登記をした上で,Yに対し,昭和59年に甲抵当権を,昭和61年に乙抵当権をそれぞれ設定し,その旨の各抵当権設定登記がされた。

(3)しかし,Xは,これらの事実を知らないまま,平成17年に換地された以降も、本件土地の占有を継続した。

 (4)なお,乙抵当権の被担保債権は,平成9年に完済された。

 (5) Yは,本件土地につき甲抵当権の実行としての競売を申し立て,平成18年9月,競売開始決定がされた。

 (6)これに対し,Xは,本件訴訟を提起して,「不動産の取得時効が完成しても,その登記がなければ,その後に所有権移転登記を経由した第三者に対しては時効による権利の取得を対抗し得ないが, 最判昭36.7.20民集15巻7号1903頁(以下「昭和36年判例」という。)は,第三者の登記後に,占有者がなお引き続き時効取得に要する期間占有を継続したときは,占有者は,第三者に対し,登記なしに時効取得を対抗し得るとするところ,Xは,乙抵当権の設定登記の日から更に10年間占有を継続したのであるから,再度の取得時効が完成し,Yに対し,登記なしに,甲抵当権の制限のない完全な所有権の時効取得を対抗することができる」旨を主張し,また,Bに対して取得時効を援用する旨の意思表示をした。

 このXの主張は,昭和36年判例の趣旨が抵当権設定登記の場合に及ぶべきである旨と,所有権の時効取得が原始取得であり,時効完成前に設定された抵当権が消滅する旨とを主張するものと解される。

 3 本判決は,不動産の取得時効の完成後,所有権移転登記がされることのないまま,第三者が原所有者から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了した場合において,上記不動産の時効取得者である占有者が,その後引き続き時効取得に必要な期間占有を継続し,その期間の経過後に取得時効を援用したときは,上記占有者が上記抵当権の存在を容認していたなど抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り,上記占有者が上記不動産を時効取得する結果,上記抵当権は消滅する旨を判示した。

 その上で,本判決は,

XがAから買い受けて占有を開始した昭和45年3月から10年の経過により,Xのために本件土地につき取得時効が完成したが,

その後,昭和59年4月の甲抵当権の設定登記時に,Xが本件土地を所有すると信ずるにつき善意無過失であり,同登記後に引き続き,時効取得に要する10年間,本件土地の占有を継続し,その後に取得時効を援用したこと,

本件では,Xが甲抵当権の存在を容認したなどの特段の事情はうかがえないこと

などを述べた上で,Xが甲抵当権(乙抵当権ではない。)の設定登記時を起算点として,本件土地を時効取得し,その結果,甲抵当権は消滅したと判断し,上告を棄却した。

 4(1) 本判決は,取得時効と登記についての判例の準則(内田貴『民法Ⅰ〔第4版〕』451頁,452頁など参照)を前提に,昭和36年判例のように第三者が所有権の譲渡を受けてその旨の登記を得た場合と,第三者が抵当権設定を受けてその旨の登記を得た場合とを同様に解して,占有者が抵当権の存在を容認していたなどの特段の事情がない限り,抵当権設定登記時を起算点とする再度の時効取得を認めるとともに,その時効取得の結果,当該抵当権が消滅することを認めたものと解される。

 (2) 本判決は,

ア 上記の取得時効制度の趣旨に加え,

イ 取得時効の完成後所有権移転登記を了する前に第三者につき抵当権設定登記がされた場合,占有者は抵当権が実行されると所有権の取得を買受人に対抗することができない地位に立たされるのであって,抵当権設定登記時から占有者と抵当権者との間で権利の対立関係が生ずるものと解され,かかる事態は第三者に譲渡されてその登記がされた昭和36年判例の場合と同様であること,

ウ 取得時効の完成後に所有権を得た第三者は,占有者が占有を継続した場合に所有権を失うことがある(昭和36年判例)にもかかわらず,所有権よりも制限的な権利である抵当権を得た第三者が保護されることとなるのは,不均衡であること

を述べて,抵当権設定登記時を起算点とする再度の時効取得を認めた。

 (なお、昭和36年判例の考え方が及ぶかが争われたものとして,最二小判平23.1.21裁判集民事236号27頁,判タ1342号96頁参照)。

 (3) この点に関連して,最判平15.10.31裁判集民事211号313頁,判タ1141号139頁(以下「平成15年判例」という。)は,「取得時効の援用により不動産の所有権を取得してその旨の登記を有する者は,当該取得時効の完成後に設定された抵当権に対抗するため,その設定登記時を起算点とする再度の取得時効の完成を主張し,援用することはできない」としており,その理由として,先にされた時効の援用により確定的に所有権が取得されたのであり,起算点を後の時点にずらせて,再度,取得時効の完成を主張し,これを援用することはできない旨を述べている。

 本件では,甲抵当権の設定登記時を起算点とする再度の取得時効完成後に取得時効の援用がされているが,これより前に取得時効の援用がされたことはなく,平成15年判例とは事案を異にすると解される。平成15年判例を考慮すると,取得時効の援用の時期については,実務上注意が必要となろう。

 (4) 本件のように不動産に複数の抵当権が設定された場合の再度の取得時効の起算点については,最初に権利の対立関係が生じた時点が時効の起算点になると考えられることや,既に消滅した抵当権との間ではもはや権利の対立関係が生じる余地はないこと(なお,最判昭51.2.27金法793号24頁参照)からすると,再度の取得時効の起算点は,現存する最先順位の抵当権の設定登記時になると考えられる。 本判決は,この理由から,甲抵当権の設定登記時を起算点とする時効取得を認めたものと解される。

本判決によれば,再度の取得時効の完成前に設定登記がされた後順位抵当権がある場合には,この取得時効によって,その後順位抵当権も同様に消滅することになると考えられよう。

 (5) 本判決は,抵当権の保護の観点などから,占有者が抵当権の存在を容認していたなどの特段の事情がある場合を除外している。

 通説は,「取得時効により取得される所有権の範囲は,取得時効の基礎となる占有の状態によって定まるから,占有者が抵当権の存在を容認して占有を継続したと認められる場合には,取得時効を援用しても抵当権の消滅を主張できない」と解しており(我妻など),同旨の大審院判例もある(大判大9.7.16民録26輯1108頁等)。

 本件では,Xは甲抵当権の設定自体を知らないまま本件土地の占有を継続していたのであり,抵当権の存在を容認していなかったことは明らかと考えられる。どのような場合に占有者が抵当権の存在を容認していたと認められるか,また,その他の特段の事情としてどのような場合が認められるかについては,今後の事例の積み重ねが期待される。