(続き)・・上司と部下とのコミュニケーションの難しさを象徴するのが、昨今増加傾向にある「新型うつ病」の存在です。実際に、企業の人事・労務関係の方々などからよく聞く話の一つとして、うつ病のタイプが昔とはかなり変化してきた、ということが挙げられます。すなわち、従来は真面目な40~50代の中高年社員が無理を重ねた結果、うつ病を発症してしまう傾向があったのに対して、最近は20~30代のさほど真面目でない若手の社員が、いつの間にか休みがちになって病院からの診断書を持参し、いきなり休職に入るというケースが目立つのです。
それだけでなく、従来のうつ病では当の社員が病気になったことに対して自責の念をもち、他者への配慮を欠かさないのとは対照的に、最近のうつ病では当人に自分の非を認める意識はなく、むしろ上司や同僚への非難を隠さない、という傾向があります。また職場では抑うつ気分や頭痛などの身体症状を盛んに訴え、仕事がなかなか捗らないのに、休みの日にはパチンコや映画、スポーツなど私生活をエンジョイする、という二重人格的にも見える行動を平気で取ったりします。
このように同じ「うつ病」でありながら、従来とは性質の異なる新しいタイプのうつ病に関しては、周囲の人間から「怠けている」とか「働かない」などと見られてしまいがちです。つまり職場に於いてやる気がしない、気分が落ち込む、頭痛がするなどというのは、本人の「身勝手」と判断されてしまいます。ところが本人にしてみれば、働こうにも「働けない」深刻な事情があり、それが周囲に理解されにくいという悲劇があります。
従来型のうつ病は「メランコリー親和型うつ病」と呼ばれ、責任感が強く几帳面な社員が頑張り過ぎて、まるで燃え尽きるように発症します。これに対して、新しいタイプのうつ病は「ディスチミア親和型うつ病」と呼ばれ、もともと性格的に未熟、あるいは適応性に問題があって、それが背景となって職場に適応できず、ストレスが加わると発症するという特徴があります。
典型的な「新型うつ病」に於いては、性格的に未熟で職場への適応力の低い若手社員が、学生時代までは通用していた自分なりのやり方が職場では通用しないことに挫折感を味わい、その原因を自分の至らなさではなく、職場や上司、同僚のせいにしてしまうことに悲劇の始まりがあります。周囲に責任を転嫁してしまった若手社員が、その事情を職場から理解され共感を得るのは難しく、次第に職場内での評価が低下し居心地が悪くなっていきます。その結果、ますます職場環境やスタッフへの不信感や不適応を強め、本格的なうつ状態に陥っていくのです。
このようなタイプのうつ病に関して個々のケースを分析していくと、上司や上位者との間で何らかのコミュニケーション上のトラブルが発生している場合が大半です。例えば「上司からパワハラを受けた」とか「上司が不本意な仕事を押し付けてくる」、「自分の話を聴いてくれない」などと訴え、病院の「うつ病」の診断書をいきなり持ってきて休職に入るといったケースが目立ちます。従来型のうつ病は自責の念にとらわれ、何とか病気を隠そうとしますが、新型ではむしろ診断書を武器に、上司や会社が悪いなどと訴える傾向が明らかです。
このような風潮があるために、上司や会社の側でも部下との付き合い方に神経をとがらせている場合が少なくありません。部下に穏やかならぬ動きがある場合、それに気を使い過ぎて本来の業務が疎かになり、また部下の言い分に迎合することによって部下の成長を阻害し、他のスタッフに不公平感を抱かせてしまうケースも目立ちます。部下に気を遣うことは大切ですが、職場としてのパフォーマンスや他の社員とのバランスを保つことも同じように重要です・・(続く)
このコラムの執筆専門家
- 吉野 真人
- (東京都 / 医師)
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