産業医として企業の現場に関わっていて痛感することの一つに、うつ病などの「心の病」をわずらう人が急増していることが挙げられます。これは私が実際に定期的に訪問している企業だけでなく、コンサルタントや研修講師、保健師など企業に出入りする多くの専門家の方々から異口同音に聞かれる話です。また自社の社員の心の病やトラブルに関して、悩みを打ち明ける経営者や幹部の方々も後を絶ちません。
この傾向は統計にもはっきりと現れています。厚生労働省のまとめによると、2008年度にうつ病などの心の病で労災認定されたのは269人で、これは過去最高の数字です。このうち心の病が原因による未遂を含む自殺の認定は66人で、過去2番目の多さです。ちなみに認定された269人を年代別にみると、30代が28%と最多で、続いて20代と40代がともに26%となっています。
ただしこの数字は氷山の一角でしかありません。ハインリッヒの「1対29対300」の法則によると、自殺した人が1人いれば自殺する可能性の高い人が29人いて、その予備軍が300人いることになります。そのような計算では、心の病で労災認定された269人の300倍である約8万人が、自殺も含む問題に発展しかねない心の病を抱えていると推測できます。
はっきりした心の病をもっていなくとも、最近の社員の元気がないとかやる気が低い、などといった声は毎日のように聞かれます。例えば朝の通勤電車に乗っていても、一日の始まりの朝だというのに眠りこけていたり、疲れ果てたような表情をしているスーツ姿の若者をあちこちに見かけます。若者も含むビジネスマン全般に関して、体力や気力が以前よりも低下してきているのではないかと考えてしまいます。
そのようなビジネスマンの気力低下や心の病の多発は、直接または間接に、企業組織の弱体化や業績不振に結びつきます。自殺などは顕著な例で、最悪の場合は遺族による訴訟や離職者の増加、企業イメージの失墜、さらには経営状態の悪化さえもたらしかねません。そこまで極端でなくとも、職場の雰囲気が悪化して社員のモチベーションが低下し、企業組織は活力が削がれてしまいます。全体的な視野でみれば、それが積み重なって日本経済が長期に低迷している原因の一つとなっているのではないか、とさえ思えてきます。
従って企業がその組織を健全化して業績を伸ばそうと考えた場合、社員の心の状態を向上させて心の病を未然に防ぐための取り組みが必要になってきます。つまり「心の健康」の充実です。体の健康も含めて、社員の健康問題は本来、社員一人一人の個人的な問題であり、会社が面倒を見なければならない筋合いはありません。しかしながら社員が一日の約半分あるいは大半を職場で過ごし、職場に起因する疾患や不具合が多発している現実のもとでは、もはや個人的な問題に留まらず、全社的な課題になってきているのです。
反対に、会社や経営者が社員の心の健康増進に本気で取り組み、社員の心の状態が目立って健全化した会社では、社員の心の病が減少して健康度がアップするだけでなく、職場の雰囲気が劇的に改善し、組織のパフォーマンスが向上して経営的にも業績の改善が期待できます。かつて武田信玄は「城は人なり」と述べましたが、現代風に解釈すると、会社組織は「人」で構成されており、そのパフォーマンスを向上させることが経営上の最重要課題、ということが出来るのです・・(続く)
このコラムの執筆専門家
- 吉野 真人
- (東京都 / 医師)
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