【No. 1】私が会社を辞めた理由 - 仕事のやりがい - 専門家プロファイル

若狭 喜弘
滋賀県
パーソナルコーチ

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閲覧数順 2016年12月10日更新

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【No. 1】私が会社を辞めた理由

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  1. キャリア・仕事
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人を活かす 自分自身を活かす

若狭 喜弘です。「Yoshi(よし)」です。

最初に、Yoshiの人となりをお伝えします。
職場での経験、辞めるのに至った経緯を明らかにしてから、『「お宝」
社員発掘』の話に入っていきましょう。

余談を一つ。
2000年~2009年の名称が決まっていないそうですね。なかなか適当な
名称が見つからないのだとか。
その話を聞いて、自分の2000年からの10年間のことを振り返っていま
した。
Yoshiにとっては、
・シドニーオリンピック
・環境コンサルタント会社を退職
・博物館にアルバイト勤務
・コーチングとの出会いと修行
でした。その前の10年間(1990年~1999年)は、
・環境コンサルタント会社に勤務
・結婚、離婚
さらにその前の10年間(1980年~1989年)は、
・高校~大学~大学院
とキレイな層状になっていました。

それぞれ思い入れがありますので、追々すべてのお話をお伝えしてい
こうと思っています。
今回は、環境コンサルタント会社を退職のいきさつを記します。

環境コンサルタント会社は、「建設業界」の一翼を担っています。
もちろん、環境のことですから環境庁(当時)に直接関わるテーマも
ありました。
ですが、環境の調査は、主に開発行為の前提となる「環境アセスメン
ト」のためのもので、建設業の企業から環境調査の依頼を受けて仕事が
成り立っていました。
こういう意味で、「建設業界」に含まれてきます。
と言っても、環境調査や環境対策にかけるお金は、金額ベースでみる
と微々たるものです。通常は環境対策をするために開発行為をするわけ
ではありませんので、当然のことです。
ですので、末端です。
末端でもいいことがあります。
不景気の波が遅れてくるのです。

退職の直前は、バブルがはじけ、次第次第に末端の我々の会社まで仕
事減の波がやってきていました。
その頃には、各種手当のカット、賞与なしとなっていました。
今から思うと経営者の方ももがかれていたのでしょうが、「仕事が減っ
てきているのは、君たちの仕事の完成度が低いからリピートが無いのだ。」
と、当時35歳前後のYoshiたち数人を集めて自説を述べられました。
「研究員である我々も営業に出ましょうか?」という提案もしました
が、「そういうことじゃないんだ」と即座に否定されました。

少し解説しておきますと、
「環境コンサルタント会社」と書きましたが、生物の調査をしていま
した。陸上の植物、哺乳類、鳥類、両生類・爬虫類、昆虫類、淡水魚類、
土中のダニ類や水底の底生動物までが対象でした。
多いときで社員は総勢13名。専門性が必要な分野ですから、個別の担
当制を取っていましたので、ほとんどの社員は「研究員」という肩書き
で実際に現場に出ていました。
その会社の特色でしょうが、仕事の流れを理解させるためでしょう、
見積もり、計画書、報告書の作成、入札、打合せへの参加と説明を行っ
ていました。
会社の設立が、「環境コンサルタント」業界の黎明期からという歴史
のある会社ですので、信頼も得、リピートで声がかかったり、伝え聞い
て仕事を依頼していただくことが多くありました。
もちろん、生物に関する専門知識は大学の研究者の方と一緒に議論で
きるほどありましたし、生物学的に「ダメなものはダメ」という一線を
示すこと、可能な限りの代替案を提案してきたことが、信頼の源泉であっ
たと思っています。

ですから、「営業に出る」ことに違和感を感じられたのでしょう。
今から思えば、「営業も戦略と技術」ですから、ガムシャラなだけで
はどうにもならなかったと思いますが。

で、辞めた理由ですが、
・給料が、年齢相応の家族を養える金額でなく、外に出ても変わ
らないと思えた。
・会社のその後の物語が見えなかった。
・会社との関わりの中で、自分の物語が描けなかった。
・1代社長で、「誰かに継がせる」という姿勢が見えず、会社の
永続性が信じられなかった。
・東京での生活に、様々な不安、不整合を感じ、解決できないと
判断した。
・社内、実家、プライベートのすべてのコミュニケーションがう
まくいかなくなった。("流れ"や"きっかけ"を感じた。)
・社内コミュニケーションは、自分の方が「絶対にうまくできる」
と思った。
・40歳前の、まだ身体に無理が利くうちに、チャレンジしてみ
よう。

ということがあり、滋賀県草津市に引っ越し、博物館へ定期のアルバ
イトで通うことになりました。

次の号では、どの時代をお伝えできるでしょうか?
楽しみにお待ちください。


【Question】
紙やノートに書き出しましょう。
1.10年単位で振り返ってみましょう。
2.(経営者の方)お話を読んでお気づきになった、ご自身の経営につ
いて改善点はどのようなことですか?
3.(従業員の方へ)あなたが、今から取り組めることは何ですか?


若狭 喜弘(Yoshi)


※このお話はフィクションではありません。
しかし、Yoshiから見たお話です。事実は十分に確認してください。
また、「良い・悪い」の判断もしていません。
私自身「自分に必要な体験だったな」と思うだけです。
以上、ご理解ください。

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