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河野 英仁
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インド特許法の基礎(第16回)(3)~強制実施権~

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インド特許法の基礎(第16回)(3)

~強制実施権~ 

2014年10月7日

執筆者 河野特許事務所 

弁理士 安田 恵

 

(ⅳ)許諾理由2「特許発明が合理的に手頃な価格で公衆に利用可能でない」

 「合理的に手頃な価格」は,研究開発費などの特許権者側の視点からではなく,公共の視点から確定しなければならず,特許権者が販売する特許製品の価格が,公衆にとって合理的に購入可能な価格であるかという視点で判断されなければならないと考えられている[1]

 しかし,技術革新の推進,技術の移転及び普及も特許付与の目的の一つであり,特許発明の開発に要した費用が全く考慮されない点は不合理である。開発費用も「合理的に手頃な価格」を決定する根拠の一つになる余地はあると思われる[2]。第90条には強制実施権を許諾するロイヤリティ等を裁定する際に考慮すべき事項が規定されている。具体的には,特許権者に対するロイヤリティ及び対価は,特許発明の開発,特許の取得及び維持等に要した費用等を考慮して定められる(第90条(1)(i))。このような開発費用を考慮する旨は第84条に規定されていない。一見すると,特許発明の開発費用はロイヤリティを定める際の考慮事項として第90条に規定されているものであり,不実施の強制実施権の許諾に当たっての参酌事項として規定されているものではないように思える(第84条)。しかし,強制実施権の条件を裁定するに当たり,長官は特許発明がその実施許諾された者によって極限まで,かつその者に適切な利益を伴って実施されること(第90条(1)(ⅱ)),特許物品が合理的に手頃な価格で公衆にとり入手可能にされること(第90条(1)(ⅲ))も考慮して,強制実施権の条件を裁定しなければならない。つまり,表3に示すように「合理的に手頃な価格」は,インド特許法の条文においても研究開発費などと間接的に関連していると考えられる。特許発明の合理的に手頃な価格は,実施権者が研究開発費用を考慮して定められたロイヤリティを特許権者に支払い,かつ適切な利益を伴うように裁定されると考えられるためである。

強制実施権許諾の理由(第84条)

強制実施権の条件の裁定(90条)

 

ロイヤリティは特許発明の開発費用,特許の取得及び維持費用,その他の関連要因に鑑みて適切であること(第90条(1)(ⅰ))

 

特許発明が実施権者に適切な利益を伴って実施されること(第90条(1)(ⅱ))

特許発明が合理的に手頃な価格で公衆に入手可能であること(第84条(1)(b))

特許物品が合理的に手頃な価格で公衆に入手可能であること(第90条(1)(ⅲ)

 

表3 特許発明の価格に関する対比

 

 特許権者は,特許製品の価格について研究開発費用のみならず,公衆にとっての合理的購入可能な価格にも留意する必要がある。また特許権者は強制実施権の申請処理手続きにおいては,単に宣誓供述書等によって開発費用を主張するだけでは無く,バランスシート,その他の費用に関する具体的な数値を示した証拠を提出して「合理的に手頃な価格」を立証すべきと考えられる。

 

(ⅴ)許諾理由3「特許発明がインド領域内で実施されていない」

 特許物品をインドで製造していれば「インド領域内で実施」されたことになることは明らかであるが,「実施」に「輸入」が含まれるか否かは,ケースバイケースである。特許発明の内容によっては,特許製品を「輸入」するのみで「実施」と判断されるケースもあるが,特許権者はインド領域内で製造できなかった理由を示す必要がある[3]。単なる陳述では不十分であり,その証拠が必要とされる。

 

(ⅵ)「適切と考える強制実施権の条件」

(ア)対価など

 特許権者に対するロイヤリティ及び対価は,特許発明の開発,特許の取得及び維持等に要した費用等を考慮して定められる(第90条(1)(i))。また上述したように,特許発明の実施による実施権者の利益(第90条(1)(ⅱ)),合理的に手頃な価格(第90条(1)(ⅲ))が確保されるように強制実施権の条件が裁定される。

 

(イ)その他の条件

 長官が許諾することができる強制実施権は,非排他的実施権である(第90条(1)(ⅳ))。基本的に強制実施権の許諾期間は,特許権の存続期間に一致する(第90条(1)(ⅵ))。強制実施権は,インド市場における特許製品の供給を主目的として付与されるが,場合によっては輸出も許諾される(第90条(1)(ⅶ))。また,長官は,原則として特許製品の輸入を許諾しないが,公共の利益のために必要である場合,一定の条件下で輸入に係る強制実施権を許諾する(第90条(2),(3))。

 

(6)強制実施権許諾の効果など

 強制実施権の許諾命令は,特許権者及び申請人の間で締結された実施権許諾証書としての効力を有する(第93条)。当該強制実施権は,譲渡することはできない(第90条(1)(ⅴ))。

 

 強制実施権の申請に係る決定について不服がある場合,知的財産権審判部(IPAB: Intellectual Property Appellate Board)に訴えを提起することができる(第117A条)。原則として知的財産権審判部による決定に対して不服を申し立てることができないが,事実誤認,法律上の誤りがある等の一定の事由が存在する場合に限り,高等裁判所へ控訴することができる(憲法第226条)。高等裁判所の判断については最高裁判所に上告することができる。

 

 なお,実施権者は,12ヶ月以上の期間,発明を商業的に実施した後はいつでも,強制実施権の条件変更の申請を1回に限り行うことができる(第88条(4),規則100,規則101)。条件変更は,長官により裁定された条件に係る負担が予想以上に重く,その結果実施権者が特許発明を損失無しに実施することができない場合に認められる。

 

(7)強制実施権の終了

 強制実施権の許諾理由が消滅し,強制実施権の許諾を行った状況の再発のおそれがない場合,特許権者による申請により,長官は強制実施権の許諾を終了させることができる(第94条(1),規則102)。強制実施権者は,強制実施権の終了に係る申請に対して異論を申し立てることができ,長官は強制実施権者の利益が不当に害されないことを考慮する(第94条(2))。

 

(8)特許の取消

(a)強制実施権の許諾命令の日から2年の期間が満了した場合であって,次の事由に該当する場合,利害関係人又は中央政府は特許を取り消すべき旨の命令を長官に申請することができる(第85条(1))。申請書には,所定の明細及び申請の基礎事実,並びに申請人の利害の内容を記載する(第85条(2))。

 

① 特許発明に関する公衆の適切な需要が充足されていない

② 特許発明が合理的に手頃な価格で公衆に利用可能でない

③ 特許発明がインド領域内で実施されていない

 

 長官は,上記事由に該当すると納得した場合,当該特許を取り消す命令を発することができる(第85条(3))。特許取消の審査は通常1年以内に決定が下され(第85条(4)),特許取消の命令は公告される(規則99)。

 

(b) 強制実施権の許諾命令を受けた特許権者は,特許取消のリスクを負う。強制実施権の申請者に実施権を許諾するのみでは不十分なケースがあり,特許権者は当該発明がインドにおいて商業的に実施されるように取り計らうことが求められていると言える。特許権者は,上記事由に該当しないよう,自身で特許発明を実施するか,強制実施権者が特許発明を実施できるようにする必要がある。

 

4.その他の強制実施権

 その他の強制実施権の概要は次の通りである。

(1)関連特許(利用関係)の強制実施権(第91条)

 特許権者又は実施権者は,他人の特許の存在により,自己の特許発明を効率的又は有効に実施することができないような場合,当該他人の特許付与後いつでも,当該他人の特許について強制実施権の許諾を長官に対して申請することができる(第91条(1))。当該他人が希望する場合,強制実施権の申請者にクロスライセンスを許諾する用意があること,自己の特許発明がインド領域における商業的又は工業的活動の確立又は発展に多大な貢献をしていることを条件に,長官は強制実施権を許諾することができる(第91条(2),(3))。

 インド特許法においては,自身の特許発明を効率的に実施できなければ,強制実施権の許諾が認められるため,日本特許法における裁定実施権(日本特許法第92条)のように厳密な特許の利用抵触関係は求められないと考えられる。ただし,インド領域における商業的又は工業的発展の多大な貢献が求められるため,この点は日本特許法の裁定制度に比べて要件が厳しいと言える。

 利用関係の特許に対する強制実施権は,利用関係にある特許と共に譲渡する場合に限り,譲渡することができる(第91条(3)但し書き)。

 

(2)国家的緊急状況における強制実施権(第92条)

 国家的緊急状況下において中央政府は,強制実施権の許諾が必要と納得する場合,その旨を公告し,利害関係人から申請があったとき,長官は適切と認める条件により強制実施権を当該申請人に対して許諾することができる(第92条(1))。緊急性を要する所定の要件を満たす場合,異議申立手続きを省略して強制実施権の許諾命令が発せられることもある(第92条(3))。

 

(3)特許医薬品の輸出に係る強制実施権[4](第92A条)

 長官は,公衆衛生問題に対処するため,医薬品業界における関係製品の製造能力が不十分である国向けの特許医薬品の製造及び輸出に関して,強制実施権を許諾することができる(第92A条(1))。なお「医薬品」は,「公衆施衛生問題に対応するために必要な医薬品業界の何らかの特許製品又は特許方法により製造された製品」であり,「それらの製造に必要な成分及びそれらの使用に必要な臨床キット」が含まれる(第92A条(3))。

以上

 


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[1] OA/35/2012/PT/MUM

[2] WRIT PETITION NO.1323 OF 2013

[3] OA/35/2012/PT/MUM

[4] 2005年特許法改正で導入された。

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