インド特許法の基礎(第17回)(1)~強制実施権2~ - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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インド特許法の基礎(第17回)(1)~強制実施権2~

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インド特許法の基礎(第17回)(1)

~強制実施権2~

 

2014年10月24日

執筆者 河野特許事務所 

弁理士 安田 恵

 

1.はじめに

 特許庁長官は,特許権者によって特許発明が適切に実施されていない場合,特許権者の同意を得ること無く,第三者に強制実施権を許諾することができる(第84条)。2012年3月に現行インド特許法の下で初めて強制実施権が許諾された(Bayer vs Natco事件)。この事件は,ドイツ企業のBayer社が所有する特許に対して,インドの後発医薬品メーカーであるNatco社が強制実施権の許諾を請求し,その結果,強制実施権がNatco社に許諾されたというものである。同事件に係るムンバイ高等裁判所の判決(2014 年7月15日判決)を紹介する。

 

2.強制実施権許諾制度の概要

 利害関係人は,特許付与日から3年の期間満了後,いつでも強制実施権の申請を行うことができる(第84条(1))。強制実施権を請求する前提として,申請人が実施許諾を取得する努力を行い,その努力が適切な期間内(通常は6ヶ月を超えない期間)に成功しなかった事が求められる(第84条(6)(ⅳ))。

 

 第84条には強制実施権を許諾する理由が3つ列挙されている。これらの3つの理由全てに該当する必要は無く,各理由のいずれか一つに該当すれば,強制実施権が許諾される。

① 特許発明に関する公衆の満足いく程度の需要が充足されていない(第84条(1)(a))

② 特許発明が合理的に手頃な価格で公衆に利用可能でない(第84条(1)(b))

③ 特許発明がインド領域内で実施されていない(第84条(1)(c))

 

3.事実関係

(1)事件の経緯

 事件の経緯を図1に示す。

  

図1 強制実施権許諾の経緯

 

 Bayer社(本件事件の原告)は,腎細胞癌(RCC)及び肝細胞癌(HCC)の治療に使用される苦痛緩和剤(一般名:トシル酸ソラフェニブ,商品名:Nexavar/ネクサバール)に対して,2008年3月3日に付与された特許権を有する。以下,当該特許物品を特許薬と呼ぶ。米国におけるRCC患者及びHCC患者は極めて少なく,希少疾病用医薬品に分類され,Bayer社は本件特許薬の研究開発費の50%を米国政府から補償されている。Bayer社は特許薬を約28万ルピー(1ヶ月分)で販売している。

 

 Natco社は,2010年12月6日付けの連絡文書により,任意実施権の許諾を求めてBayer社に接触した。同文書において,Natco社は,強制実施権の許諾理由(第84条(1)(a)~(c))に該当している旨の事実を述べた。

 

 Bayer社は,2010年12月27日付けの連絡文書により,Natco社による任意実施権許諾の要請を拒絶した。同文書において,付言すべきことがあれば14日以内に連絡するようNatco社に求めた。

 

 その後,2011年7月29日,Natco社は第84条に基づき,強制実施権の許諾を長官に申請した。申請書において,Natco社は,原告の特許薬について強制実施権の許諾理由の3つ全てに該当すること,特許薬を8,800ルピーで販売する意向を示した。長官は,Natco社の申請は一応の証拠がある事件であると納得し,強制実施権の許諾申請書を官報に公告した。許諾申請書はBayer社に送達された。Bayer社は強制実施権許諾の申請について異議申立を行ったが,2012年3月9日付けの長官命令により強制実施権がNatco社に許諾された。強制実施権のロイヤリティは売上高の6%とされた。

 

 Bayer社は,2013年5月,同長官命令を不服とし,知的財産審判委員会(IPAB)に審判を請求した。またBayer社は強制実施権の暫定停止請求を行った。しかし,2013年3月4日,知的財産審判委員会は,暫定停止請求を棄却し,長官による命令を支持した。Bayer社は,2013年5月,審決を不服としてムンバイ高等裁判所に提訴した。

 

(2)審決の概要

 知的財産審判委員会は,Natco社に強制実施権を許諾する長官命令を支持した。ただし原告に支払うロイヤリティを売上高の6%から7%に引き上げた。また,第84条(1)(c)に規定する「インド領域内での実施」について,いかなる事件でもインドにおける製造が要求される訳では無く,ケースバイケースで判断しなければならないと判断した。

 

4.争点

 本件の争点及び原告の主張の概要は次の通りである。

(1)強制実施権の申請人が任意実施権を取得する努力を行ったか否かが争われた。2010年12月6日付けの連絡文書には,任意実施権を取得するための努力が何ら示されておらず,実施権を許諾すべき警告のように見える。

 

(2)原告が本件特許薬について公衆の満足いく程度の需要を満たしていたか否かが争われた。本件特許薬は末期がん患者に投与されるものであり,インドにおける腎臓がん及び肝臓がん患者全体よりも遙かに小さい。また,公衆の満足いく程度の需要が満たされているか否かを判断するには,原告だけでなく,被疑侵害者が供給する特許薬も併せて特許薬の量としなければならない。

 

(3)特許薬が合理的で無理のない価格で公衆に提供されているか否かが争われた。長官は,「合理的で無理のない価格」を算定すべきであったが,独自の調査を行うこと無く,Natco社が提示した特許薬の価格が「合理的で無理のない価格」として容認した。長官は「合理的で無理のない価格」の決定に際して,特許薬の利用者の視点のみならず,特許権者が投じた研究開発費用の面からも検討しなければならないという事実を無視している。原告は,特許薬の二重価格設定を行い,低所得者層の患者が本件特許薬を低価格で取得できるようにしている。

 

(4)原告が本件特許薬をインドの領域内で実施してきたか否かが争われた。原告は,本件特許薬をインドの患者に供給するために輸入してきた。インド領域内での特許薬の実施は輸入によっても可能である。

 

(5)強制実施権の許諾申請の審理は,第86条に基づき一時中断されるべきであったか否かが争われた。一時中断によって,原告は特許薬を商業規模で適当な程度まで利用可能にすることができた。

 

(6)Natco社に強制実施権が許諾された条件(ロイヤリティ)は,第90条(1)(i)の規定を遵守したものであるか否かが争われた。インド特許法第90条(1)(i)によれば,ロイヤリティの算定に際して,原告が負担した研究開発費を考慮することが求められている。



2回へ続く



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