- 津田 朋延
- 株式会社sunia 一級建築士事務所 一級建築士/京都精華大学建築学科・講師
- 建築家
対象:住宅設計・構造
僕が初めて湯布院に行ったのは2006年の5月のことだから、もう4年半が経つ。
きっとその4年半に、もうおおよそ30回は行ってるんじゃないかと思う。
昨年の年始に湯布院で設計した住宅が完成したが、それから後も何度も足を運んでいる。
もちろん仕事で訪問しているのではあるが、いつも湯布院に行くのは本当に楽しませてもらっている。
由布岳とその廻りに広がる塚原高原、そして温泉の町並み、旅館建築、どこを切り取ってもこれほどに癒される場所はいまのところ僕の心の中にはない。癒しという言葉を使うのは少し照れくさいが、それ以外の言葉が見つからない。
無量塔の「タンズバー」、駅前の「バー・ステア」、玉の湯の「バー・ニコルズ」、そして亀の井別荘の喫茶「天井桟敷」、すべて僕の中では最上級の癒し空間である。
一番最初に感銘を受けた場所はクライアントの仕事場、「山荘 無量塔/MURATA」という旅館である。
最初に訪れた日に、クライアントの好意ですべての部屋を見せていただいた。
部屋はすべて一軒屋の離れになっており、その多くが新潟などの地方から移築された古民家がベースになっている。それらをその地方をたずねて引き取りそして移築するという、そのことだけでも凄いエネルギーだと思うが、ここの本質はそのリノベーションの秀逸さにある。
どこでも見たことのない、そしてまったく抜かりなく、とてもとても丁寧に吟味された空間の装飾。
これ以上にデザインすればきっとその空間はおちつかないものになるであろうし、それでいてどんな細かなところにも手の入ったひとつとして同じもののないディテール。そのひとつひとつがすばらしいクオリティーで仕上げられている。
そこに滞在するものの安らぎのために考え抜かれ、必ずぬくもりを感じることができるたくさんの素材が使われた空間のデザイン。
ひょっとすると空間をデザインする人たちにとっては、見る場所が多すぎてしんどくなってしまうのかも知れない。
いったい誰がこの設計をしたのかと、どきどきしながら聞いたのを憶えている。。。
その空間を生み出したのは、建築家でもインテリアデザイナーでもなく、その旅館のオーナーであった。
先日、その無量塔のオーナーである藤林さんがこの夏にお亡くなりになられたことを知った。
僕が設計した住宅でも、その藤林さんから譲り受けられた大黒柱の古材が家の中心にある。
工事中にも何度も見にきていただいたし、藤林さんが手掛けられていた建築の現場も何度かみせていただいた。お会いするといつも、余計なことはおっしゃらずに建築のことやその素材や扱いの仕方などを丁寧に教えていただいた。
勝ち負けの問題ではないが、とにかく新しいものをつくろうとか、斬新なデザインや構造をつくろうとか、そういったこととは無縁なところで、ご自身の信念と経験をもとに自分の許せるものだけをつくるという姿勢にはそう簡単には勝てないなと思わせる、そういう人物だった。
僕には神のように尊敬する建築家が何人かいる。
例えば、イタリアの建築家カルロ・スカルパや、メキシコの建築家ルイス・バラガン、アメリカの巨匠ルイス・カーン。
なかでもカルロ・スカルパは僕のなかでは最初に神になった絶体的な存在であるが、藤林さんの姿勢はカルロ・スカルパのものづくりの姿勢をおもわせた。
もっといろんなことをお話ししたかったし、教えていただきたかった。
ゼロからあのすばらしい建築たちをすべてつくり出したというその精神を、これから先も湯布院に行く度にできるかぎり享受したいと、今は思う。
この先、何十年たっても彼がつくった湯布院の空気を湯布院の方たちが引継ぎ、そして多くの人たちを癒し続け、そして心の拠り所となるに違いない。
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