【小説】孤独のアーキテクト - 建築家への相談 - 専門家プロファイル

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野平 史彦
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(建築家)
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野平 史彦
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閲覧数順 2021年11月26日更新

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【小説】孤独のアーキテクト

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  1. 住宅・不動産
  2. 住宅設計・構造
  3. 建築家への相談

□まえがき□


<プロフィール欄>

 栂池京信:アトリエ・ツガイケ一級建築士事務所 主宰 

 都内を中心に個人住宅や集合住宅の設計監理をおこなう。

 男性/43歳/独身 その他のプライベートは不明。

 ※もちろん、架空の人物である。

  その他、登場する人物、組織全てフィクションである。


□1□


iMacの起動音が鳴る。月曜日、朝一のルーティンはメールチェックだ。

いくつかの営業メール、迷惑メールの中にそれは混ざっていた。

______________________________________________________________________________

Re:打合せのけん


アトリエ・ツガイケ

栂池京信 どの

KURASU_03 マッチング・コース

チーフディレクター 青柳耕太 です。


コンペ・コース『大日向ブロジェクト』

先週末のプレゼンテーション

担当の坂野内より報告を受けております。


別件で相談があります。

明日の午前10時30分

弊社ミーティングルームまでお越しください。

______________________________________________________________________________


‥「お世話になりました」とか「ご苦労様でした」とか、ないのかね。


コンペ・コースでプレゼンしたことを知っているなら、社交辞令でもそう言うだろうが。

あれから、坂野内から社内へどんな報告が上ったのか、おおよそ察しが付いた。

そして、用があるのなら「こっちへ来い」ではなく「お伺いします」と言うべきところ。

この青柳という男がどんな人物なのかも、また察しが付いてしまう。


‥クミちゃん!明日の火曜日ってなんかあったっけ?(と、もう聞くまでもなかったな。)


10坪ほどの雑然とした事務所には私一人。ただ一人いたスタッフが辞めてしまったのだ。

なんでも、大学の講師を務め、自然素材を重用する住宅建築家の事務所に移るのだそうだ。

ようは、私の仕事のやり方に愛想を尽かしたわけだ。

大きな集合住宅の設計監理がひと段落した、ほんの1ヶ月前のことである。

そして、このKURASU_03 のサービスを建築専門誌の広告で知ったのもこの頃であった。



KURASU_03 は、建築を考えている建主と建築家とを結びつけるマッチングサイトだ。

登録してくれた“建主”には『無料!』で登録した“建築家”を紹介してくれるのだそうだ。

首都圏を中心に登録している建築家はすでに300名にものぼる。

‥ま暇だし。俺も登録してみっか。

ここのところ増えた独言とともに、KURASU_03サイト内にアカウントをつくってみる。

事務所や個人の情報にくわえて、これまでの住宅作品の写真などをUPして登録完了。


ほどなくして、KURASU_03 の坂野内純子という女性から連絡があった。

『コンペ・コース』のディレクターとのことだ。

登録している建主から私に対してコンペへの参加依頼があり、直ぐに来社せよとのこと。

仰の通り、私は渋谷の高層ビルにあるKURASU_03社に向かった。



□2□


KURASU_03 のサービスには『マッチング・コース』『コンペ・コース』の2つがある。

登録建築家を『無料!』で紹介。と謳っているのは『マッチング・コース』の方だ。

『コンペ・コース』では、建主が登録する建築家2名を指名し提案を受けることができる。

それぞれの計画案を吟味して何方かの建築家と設計契約を結ぶのだが、設計料とは別に、

建主は50万円の手数料をKURASU_03 に支払うことになる。

どちらかと言えば、このコースの方が健康的なやり方なのであろう。


「大日向ブロジェクトの計画内容を個別に説明するため、本日お越しいただきました。」

「建主の方には私を候補の一人として指名いただいたようで、光栄ですね。」

「栂池さんは集合住宅の実績が多くおありとのことで、選ばれたそうです。」

(‥あなたの作品に共感したからでは、ありません。)とでも言いたげな冷たい眼差しだ。

ディレクターの坂野内は表情ひとつ変えず「では始めます」と場を仕切り、説明を始めた。


建主は、大日向祥一と言う30代前半の独身の男性。大手家電メーカーの課長補佐とのこと。

都内敷地に母親と自身、外資系証券に務める弟が住める自宅と6~7部屋の賃貸住居から

なる賃貸併用住宅の計画である。

 

‥おそらく、お父さんが遺産で残してくれた大切な土地なのであろう。

 もしかしたら、お母さんの相続税対策も兼ねているのかもしれない。

 

計画地は世田谷区の多摩川沿、住宅地としては一等地の場所だ。

西側に6m道路と接道する218.46m2(66坪)のほぼ正方形の更地が敷地である。

第一種低層住居専用地域に第一種高度地区。建蔽率と容積率の制限は各50%と150%。

単純に考えて、約100坪の専有床面積が確保できる計算だ。

 

「厳正を期すため、案の提出をお願いしている、もうひと方の建築家はお教えできません。

 また、プレゼンテーションの日時まで、建主さまとの接触や質疑応答も一切禁止です。」

「考えを深く知りたいので、一度、建主ご一家と会わせていただくわけにいきませんか?」

「大事なことは全て、この『ヒアリング・ノート』に書かれております。

 建主である大日向さまのご希望が詳細にヒアリングしてあります。これで充分でしょ。」 


プレゼンの日時は約1ヶ月後の土曜日の午後。提出物は『図面・模型・予算概要説明書』と

伝えらえれ、西日が差し始めたミーティングルームを後にした。

あまり気分のいい打合せではなかった。



□3□


大井町の事務所に戻ると、すでに黄昏時。

歳暮で貰ったJACK DANIEL’Sをロックにして、机に足を投げ出す。一人もわるくないな。

少し気分が晴れたところで「大事なことが全て書かれている」という大日向ブロジェクト

『ヒアリング・ノート』をパラパラと見はじめる。

思った通り、内容は大日向ご一家の建物に込めた夢のテンコ盛りである。


オーディオ・ルーム、アイランド・キッチンのLDK、広めのウォーキング・クロゼット‥

‥新築に夢が膨らむ気持ちは、よくわかる。ただ、自宅部分だけで50坪は必要だな。


私が知りたい最も重要な情報は『ヒアリング・ノート』の最後に小さく書かれていた。

・自己資金 0円

・総事業費 1億円(設計料、消費税、各諸経費含み):全額、銀行からの事業融資。

・融資条件 1)建物が鉄筋コンクリート造(RC造)であること。

2)月々の賃料収入が60万円前後であること。


‥ようは利回り7%は確保しろ。と、銀行さんから言われてるってことか。

RCで造れ。とは、抵当を設定する新築建物の担保価値からの問題でなのだろう。

この計画地なら、坪あたり12,000円程の設定で賃貸住居は貸せるであろう。

月60万円と言うことは、賃貸部分の延床面積は50坪は必要ということか。

100坪のうち半分の50坪を賃貸にまわせば、50坪の自宅ができる、という算段だな。

なるほど。


‥はて。

疑問だ。この御時世、そもそもここに100坪のRC造住宅が1億円で造れるだろうか?

設計料や消費税もコミとなると、工事費は最低8500万円程度に抑えなくてはなるまい。


‥いやいや。このままの条件で進めたら、絶対に破綻するぞ。


ゆっくりと机から足を下ろし、グラスを置いてiMacを再起動させCADを立ち上げた。

電卓を叩きながら、3時間ほどで計画の概略スケッチは出来上がった。

これをPDFに落とし込み、馴染みの3人に一斉メールを送る。


ひとりは、平林構造事務所の平林顕宗先生。

 私の長年の相棒。この計画では、構造の可否と一緒に調べてもらいたいこともある。 

もうひとりは、不動産仲介をする株式会社カレッドの糸屋浩一郎くん。

 私が計画した賃貸集合住宅のほとんどを管理する、デザイン物件専門の不動産業者。

 彼に賃貸住居の賃料査定をお願いする。プロの目で鑑た正確な家賃を出してもらう。

そして、もうひとりが 麻倉工務店 麻倉薫社長。

 工事費の概算金額を算出してもらうためである。


すっかり薄まってしまったバーボンを飲み干し、事務所の灯りを落とした。



□4□


「ビンゴ!ツガちゃんの読み通りよ。」


次の日の夕方、白いラメの入った髪を靡かせながら、麻倉社長が早々に来てくれた。

私より一回りは年上のはずだが、その行動力にはとっても敵わない工務店の女社長。

そして、若い頃は特攻服がよく似合ったというヤンキーあがりのシングルマザーだ。

「そう言えば、ショウちゃん、高校辞めちゃったんだって?」

心配で言ったつもりが、彼女はチェッ!チェッ!と人差し指を左右に揺らしながら‥

「この前のほら、紺野さんの現場。白井さんって型枠大工の親方、いたでしょ。

 翔太、RCの型枠大工って仕事に興味持って、そのシライ組に入っちゃたのよ。」

「そりゃあいい!そりゃいい。晴れて後継ぎ‥四代目かな、誕生だね。オメデト!」

私も若いとき、そんな修行時代を送ってみたかったな。ふっとそんな思いがした。



「ところで。なんで、この計画は工事費割高になるって分かった?」

『大日向プロジェクト・概算工事見積書 / 株式会社 麻倉工務店』 と

書かれた書類を手で覆いながら、麻倉社長は意地悪っぽく問いかけてきた。


ひとつは、地盤。

多摩川沿いのこの地域は一般的に地盤が柔い。

構造の平林先生に調べてもらった近隣の地盤データでも、案の定だ。

そこえ持ってきて、RC造という重たい構造を要求されている。

私の計画は長屋形式なので特殊建築物とならず、木造で作ることも可能だ。そうすれば、

杭工事でなく直接基礎にできて、その分工事費を抑えることも可能かもしれない。ただ、

銀行さんはウンとは言わんでしょう。つまり杭工事は必須ということ。

早速、アース地盤さんに杭工事の概算見積をお願いしてみると、約1100万円とのこと。

この金額はさっき、昼一番で送ったでしょ。杭工事だけで単純にこれだけの金額アップ。


つぎに、山留工事

第一種低層住居専用地域で日影規制をかわすには、高さを7mに抑えなくてはならない。

加えて、第一種高度地区という厳しい北側斜線制限もある。

ただ、床面積の確保には3層の建物としなけばならないので当然、最下階は半地下状だ。

根伐底は基礎部分も含めると2m以上の深さ、コンパネに単管パイプといった簡易山留

とはいかないでしょう。そこは、社長も私のスケッチ見てそう思ったでしょ。

山留工事が金額アップの、もひとつのファクター。

 

さらに、もうひとつは道路状況

敷地の前面道路は充分な幅はあるけど、そこに至るまでの公道が狭く入り組んでいる。

普通のコンクリート・ミキサー車では敷地までたどり着けないでしょう。コンクリートの

打設の際には、2トンくらいの小さなミキサー車を何度も何度も往復さなくてはならない。

となると、結果コンクリート工事の金額もアップだ。


「流石! それで、ツガちゃんの解決案は?」


利回りも、総事業費‥つまり融資の金額もそのままに、その範囲で計画すること。

そもそも、銀行さんからお金借りられなければ、計画そのものがアウト!だからね。

そのために、計画する建物の延床面積を小さくして工事費を抑制することにしました。

今、私のスケッチでは賃貸は7部屋で延床面積は177.82m2約53.78坪確保できてます。

カレットの糸屋くんからの賃料査定で、賃料総額は月618,000円。ここまではよし。

ただ、自宅部分は約20坪程度に抑えて、お母さんだけのお住まいとします。

兄の祥一さんには、賃貸のこのC-TYPE:26.10m2約7.90坪 に。

弟の健二さんには、賃貸のこのD-TYPE:25.40m2約7.70坪 に。

それぞれ、お家賃を払って住んでもらいます。

お二人とも立派なところにお務めだし、いつ結婚して独立するかもわからないでしょう。

それでいいんじゃないかな。そうすれば計画する建物の延床面積は約75坪に抑えられる。

ただ、建蔽率には余裕を持たせて、将来の増築の可能性は残しておく。


「随分ドラスティックなこと、考えたわよね。」


それからこの戸境壁、構造体なんだけど壁長の2/3くらいは、はじめから開けといて

コンクリート・ブロックで塞いでおくのよ。平林先生には承諾もらってね。

追々、このコンクリート・ブロックの壁を解体して改修すると、ほらお母さんの部屋、

祥一さんの部屋、健二さんの部屋が一間つづきにもできるでしょ。

増築も含めて、将来的にいろんな使い方ができる、というわけさ。


「ここまで大胆に提案しちゃって、大丈夫?」

「本当は提案の前に、大日向さんと膝詰めで話し合いたいんだけど、ダメなんだとさ。」

「やむなく一発勝負、ってところね。」

「さて、そろそろその手で隠している概算金額。いいかげん見せてよ!」


概算工事金額:84,000,000-(税別)


「ね!ビンゴでしょ。」

「フ‥、ホッとした。これで収支があうぞ。」

「あとはプレゼン、頑張ってね。ホンちゃんの見積はアイミツモリでもいいからね!」


麻倉社長には感謝しつつ。1ヶ月後のプレゼンテーションに向け、本格的な作業開始だ。

予算概要説明書には

麻倉工務店の『概算工事見積書』とカレッドの『賃料査定書』とが添付できて心強い。

CGは、この前インターンに来てくれていた学生の西宮くんに、なんとか頼み込もう。

模型は、外注かあ。和栗工房さん、上手なんだけど費用はかさむなぁ。


‥やっぱ、クミちゃんに辞められちゃったのは、痛いな。



□5□


火曜日の午前10時33分

KURASU_03 社のミーティングルームには、コンペディレクターの坂野内とその隣に

メールの主、彼女の上司でチーフディレクターだという 青柳耕太 が待ち構えていた。

 

「土曜日のプレゼン。あれは一体、どうゆうことなの。栂池さん!」

この前は氷のような表情をしていた坂野内は、この日は激昂している。


「私がまとめた『ヒアリング・ノート』の通り造ってって あれほど言ったでしょ!」


「建主の希望をただハイハイと鵜呑みにするのがあなたの仕事かい?耳に痛い話でも

 現実的なプログラムに導いてあげるのが、ディレクターの役目ではありませんか?」


「大日向さん、あなたの案見てカンカンに怒ってましたよ。」


「『ヒアリング・ノート』のままじゃ金額絶対合わない。融資の総額1億円なんでしょ。

 仮に工事費嵩んだことで+数千万円、銀行が貸してくれてもローンが重くなるだけ。

 万が一、強引に金額合わせてくれる工務店が現れても、契約金もらってトンズラか

 良くて手抜き工事のオンパレードだ。

 どっちにしても、結果的に苦しむことになるのは大日向さんご一家なんですよ。

 そんなことも分かりませんか?」


「もうひとつの案には大日向さん、大喜びされていましたよ。

 建築家の漆原宏輝さん、ご存知ですよね。

 一昨年ブリッカー賞を受賞されたチャレッジ・レン設計事務所の出身の建築家。

 昨年イギリスから帰国され、東京での華々しいデヴュー作になるんでしょうね。」


「その漆原さんの計画は予算に納まってるのかい?裏付けもあるんでだよね。」

「漆原さんがサインされた予算概要説明書は、設計料含め総額1億円となってます。」

そこまで吐き捨てると

坂野内はファイルを胸に抱え「打合せがある」と、ミーティングルームを出て行った。



ふうっ。とため息をつき、はじめて青柳が口を開いた。

「大日向さん怒らせちゃったオトシマエは付けてもらいたい、と思ってんですよ。」

(‥おまえは、ヤクザか。)

「ただ、ベテランで集合住宅に長た栂池さんを見込んでのお願いでもあるんでね。」



青柳の説明する「別件の相談」とはこうだ。


Mという女性が『マッチング・コース』から建築家の紹介を申し込んできている。

都内に所有する木造アパートが老朽化したため、建替を検討しているとのこと。

ただ、現在の住民の立退きの関係で、工事に着手できるのは早くても今年の秋頃。

敷地は渋谷区内の住宅地にある約50坪。

住居地域内の防火地域、第二種高度地区。建蔽率と容積率の制限は各60%と200%。

 

問題は、その敷地の形状があまりにも歪なことだ。

青柳自ら役所に赴き、確認したところではアパートの建替には「問題なし」と。

そこで、これまで『マッチング・コース』で2件の住宅の受注を成功させている

秋元皇太郎という若い建築家にプランを描かせ、それに指定工務店の概算見積書

を添付しMへ送付。彼女の判断を待っている、といった段階のようだ。


ただ、秋元が念のため渋谷区役所の担当者に再確認したところ、この敷地形状

では東京都の安全条例上から共同住宅の建設は「不可」と指導されたというのだ。

慌てた秋元は青柳に報告し、そのまま青柳が私に連絡してきた‥

というのが、どうやら顚末のようだ。


(‥なんだ。そんなことか。)


「秋元からは『マッチング・コース』の紹介料50,000円振込まれてるんでね。

 彼をこの『Mプロジェクト』から外すわけにはいかないんだ。

 そこで栂池さん、秋元くんに力貸してあげてくんないかな。頼むよ。」


気の無い二つ返事をして席を立とうとすると、青柳がたたみかけてきた。


「ところで栂池さん、事務所いま一人かい。オタクの年間の売上げいくらだい?」

「‥はぁ?」

「ま、あんなコンペ案、出してくるようじゃ、タカが知れてるがね。

 いったい今まで、どうやって仕事取ってきたんだい?」

「ウチのウェブサイトから、ですが。何か。」

「フッん。ホームページから仕事の依頼ってくるのかね。まぁいいや。

 ここで俺の言う通り仕事してりゃ、年間1千万は堅いぜ。ヒッヒッ。」


(‥殴ってやろうか!)



□6□

 

昼下がりのファミリー・レストランでドリンクバー。

静かな店内はテーブルも広く、資料を広げての打ち合わせには都合がいい。


「殴ってやろうか!と思いますよ、ときどき。あの青柳って奴。」

目の前に座る秋元皇太郎という建築家。長身で細面、せっかくのイケメンが鬼の形相だ。


「昼一で渋谷区役所に寄ったよ。この形状じゃあ、間違いなく路地状敷地に当たるとさ。

 判断は覆さないのがお上の基準だ。青柳に言っても、どっちの責任か水かけ論だろう。」

「じゃ、どうすりゃいいってんですか!?」

「どうすりゃって、別に。『共同住宅』ではなく『長屋』で計画すればいいんでしょ。」


東京都安全条例では、接道幅が4mに満たなかったり、先太り形状のいはゆる路地状敷地

では『共同住宅』の建設は制限されている。ただ、同じアパートやマンションであっても

建築基準法の主要用途が『共同住宅』ではなく『長屋』として計画できれば O.K.だ。

『長屋』とは共用階段・廊下といった不特定の住人が使用する共用部のない集合住宅だ。

それぞれの住居に外部空間から単独でアクセスできるように計画すれば『長屋』である。

共用部がない分施工床面積も小さくなり、計画次第では建設費を抑えられることもある。

また『長屋』は『共同住宅』のような特殊建築物にあたらない。耐火仕様の制約も緩い。


「ただこの地区は防火地域だから、耐火建築物の仕様は避けられんとは思うがね。」

「‥え!なんだ。そうなんだ。知らなかった!あ、ありがとうございます。」

「おいおい、君も青柳もプロなんだから。それくらいフツーでしょ。しっかりしてよ。

 君の力量なら、計画の修正はすぐにできるでしょ。」


強張っていた秋元の表情が、いっきに輝き出した。もう大丈夫だろう。


「ところで、この計画の建主はなんで『M』なんだ?」

設計契約まで建主の個人情報は全くKURASU_03から教えてもらえないんです。

「そんなの、敷地の地名地番がわかるんだから、いくらでも調べられるでしょう。

 さっきの渋谷区役所では、40年前の今のアパートの建築確認も調べてもらったよ。

 建築概要書のコピーがこれ。ほら、建築主は 望月徳一郎 ってあるね。」


「栂池さんは知らないんですね。『マッチング・コース』のシステムのこと‥。」


KURASU_03 『マッチング・コース』 とは。

登録した建主は『無料!』でKURASU_03 登録建築家の紹介を受けられる。

KURASU_03 から指名された登録建築家は、紹介料を支払い建主と打合せを始める

・指名された登録建築家は、建主との打合せをKURASU_03 サイト内で匿名で行う。

・登録建築家が建主に対して直接営業行為をすることは厳禁。

・登録建築家が建主と設計契約を締結するには、KURASU_03 指定設計契約要領に従い、

KURASU_03 指定工務店(テック葛西工業)と工事契約を同時に行うことが条件。


「それは一体、どうゆうことなんだ!」

さっきの坂野内のように、こんどは私が激昂している。


「そのテック葛西工業なるとこから KURASU_03 へは、いくら渡るんだ!?」

「建主と契約する工事金額の15%だそうです。当然、その分工事費は割高ですよ。」

「建築家は契約する建主に、そのことちゃんと説明してるんだよな!」

「そ、そんなことしちゃったら大変ですよ。もうこの仕事、できなくなりますよ。」


建築家は、目の前の建主の利益と幸せのために働くものだ。

そのためには、公平で中立な立場で行動し、判断できなくてならない。

これではまるで、KURASU_03 とテック葛西工業の営業手伝ってやってるのと同じだ。

建主への裏切り行為に他ならない。


「他の登録している建築家は、どう考えてるんだ?」

「そりゃボクや栂池さんみたいに、疑問を持ってる人もいますよ。

 ただ、問題意識のない人も多いですね。仕事取れてるからいいんだってことでしょ。

 建主もクレバーな人は気が付きますよね。『無料!』じゃ成り立たないこと。

 でも、単純に『無料!』はありがたい。と思ってくれている人もいるんですよ。

 このMさんも、お父さんから建築家設計の賃貸物件を何棟か受け継いだんですって。

 いざ建替えとなると、自分だけじゃどうしていいやら分からなかったみたいですよ。」



「秋元くん。考えがある。

 この『Mプロジェクト』の長屋修正案。出来上がったら、俺に送信してくれ。

 いいかい、青柳には絶対見せるなよ。」



□7□


「お暑うこざいまぁす。お中元です!」


梅雨明けの猛暑日、浴衣姿の麻倉社長が来てくれた。浴衣は豹柄、どこで見つけたのやら。

「それはおそれいります。またJACK DANIEL’Sかな。それとも、なにかスコッチかな?」

「これからアッツくなるでしょ。で、ビールにしましたよ。

 ところで、この前の『Mプロジェクト』の概算見積どうだった? うまくいきそう?」


浴衣の裾を気にして腰を下ろしながら、麻倉社長は本題にはいってきた。

「うまくいくと思うよ。

 ここんとこ概算見積ばっかりだったからね。麻倉社長には是非受注してもらいたいよ。」

「建主さん‥望月松江さん、て言ったっけ。どうやってたどり着いたの。」

「カレッドの糸屋くんだよ。

 一昨年亡くなられたご主人から、建築家の西館又蔵設計の集合住宅を2棟相続されてね。

 そのうち1棟の管理をカレッドがしてたのよ。もしや、と聞いたら『ビンゴ!』よ。」

「その、もう1棟の建替え工事が、この『Mプロジェクト』だというわけね。」

「ご婦人の松江さんには糸屋くんのほうからアプローチしてもらった、というわけさ。」


「ところで ツガちゃん。 KURASU_03 の坂野内純子 って知ってる?」


「えっ!ああ、あのコンペの担当者ね。知ってるよ。(思い出したくなかったけど。)」

「来たのよ~。ウチの事務所に、アポなしで。

 あの大雨の日。エナメルの赤いヒール、泥でグッジョグジョにしてさ。」

「そりゃ、また何で?」

「この前のコンペ、『大日向ブロジェクト』の件でよ。」


『大日向ブロジェクト』がその後、迷走していることは、秋元くんから噂を聞いていた。

やはり、漆原宏輝の計画案では工事費が全く折り合わず、請負ってくれる工務店探しに

KURASU_03 も漆原も奔走しているのだという。

あの青柳も、オトモダチ業者のテック葛西工業に乗り込んでいって

『これまで、散々仕事出してんだからよ。』と受注のオドシにいって、玉砕したそうだ。

奴がどんな態度で頼んだのか、目に浮かぶようだ。



「ツガちゃんの案の予算概要説明書に、ウチの『概算工事見積書』が付いてたでしょ。

 それで坂野内さんがウチに来たみたいよ。漆原案を1億でいいから請けてくれって。」

「設計料の分は、要らないってか。」

「もう、建築確認下りて融資も一部実行されちゃってるんだって。実施設計もできて、

 数社の工務店に見積してもらったら、もゼ~ンゼン金額合わないんだって。」

「でも融資の審査には、概算であれ工務店の見積書が必要なんじゃないの。」

「漆原のサインがある予算書。あれで、ひまわり銀行の稟議、通っちゃったんだって。」

「うわ。そりゃ、どうやって『オトシマエ』つけるんだ?」


坂野内が持ってきた『大日向プロジェクト・漆原計画案』をはじめて見せてもらった。

流線型のフォルムが、じつにカッコいい。ただ工事費のことは全く考慮にない計画だと

誰にでもわかる。仮に1億円に5000万円加えても納まるまい。

建築をつくる。という行為が経済活動のひとつでもある以上。これは建築家は罪だ。

結果的に、建主である大日向さんに迷惑が掛かることになる。


 

「それで、社長。坂野内になんて答えたの?」

「もちろん。ツガちゃんの案に替えてくれるんなら、喜んで。ってね。」

「そしたら?」

「小さな声で、それはできません、って。目に涙うかべてたわよ。」

「フッ。信じらんね-な。」

「そンなことだから、クミちゃんに逃げられんのよ。 奥さんにも!」

(‥ッせーな! ほっとけ!)


______________________________________________________________________________

Re:『マッチング・コース』アパート建替計画、依頼の御断り


KURASU_03  マッチング・コース

チーフディレクター 青柳耕太 さま

望月松江 です。


当方の渋谷区アパート建替の計画案

御社のマッチングコースを通して、建築家さんよりご提案をいただいておりました。

大変に申し訳ありませんが、ある若い建築家さんにお願いすることにいたしました。


秋元住宅工房 秋元皇太郎さん という方です。

当方の不動産管理会社である株式会社カレッド・糸屋浩一郎さんからのご紹介です。

計画案は重層長屋という形式だそうで、素敵なプランをすでにいただいております。


工務店も、テック葛西工業より約20%安い工事金額を提示していただいております。

株式会社 麻倉工務店さまです。こちらも、ご紹介いただきました。


この度は、お手数をおかけいたしました。

御社の今後の発展をお祈り申し上げます。

______________________________________________________________________________



□あとがき□


『建築をつくる』ということは、現実と向き合うことに他ならない。

計画には求められる条件があり、予算も、遵守するべく法律もある。

日本には大きな地震もあるし、地球には引力もある。


そこで、ときどき架空の『物語』に逃げ込むことにしております。

ここには現実がない、何をやっても自由、じつに痛快な気分です。


ただ、このような稚拙な『物語』であったとしても

書き上げるのに大きなエネルギーが必要であることに気がつきます。

何事も『つくる』ということに、敬意を持ちたい。


長い文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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(東京都 / 建築家)
株式会社ソキウス 代表取締役

スマートに シンプルに 住う。 都市型住宅・集合住宅

都市の厳しい条件のもとでも、住宅や集合住宅を実現させてきました。住宅計画における制約は、生活空間に個性が生まれる、ひとつの契機として、ポジティブにとらえております。

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