- 橘 凛保
- 社団法人橘流恕学アカデミー 理事長 講師
- 東京都
- マナー講師
対象:婚活
- 舘 智彦
- (しあわせ婚ナビゲーター)
物事にはストーリーがあります
ただ ただ 水仙を助けたかった
でも 誰かほしいといったら カンナを差し上げたかった
物事にはストーリーがあります
ただ咲く花にも その裏に潜むストーリーが
人の心を動かします
水仙を美智子皇后陛下にお渡しした事がニュースになりました
ニュースでは
神戸の震災の時美智子皇后陛下が御所のお庭に咲く水仙を手向けられた
そのことを知っていた佐藤さんが水仙をお渡しした
お会いしてお話を伺うと実は
そのことはご存じなかった事がわかりました
理由はこうです
こんな避難所にお越し下さる天皇・皇后両陛下に
私どもはなにもおもてなしができない
本当に心苦しい
ここで咲いてくれたこの水仙をお渡しするのはどうだろう
これは佐藤さんのご主人様の提案だったそうです
佐藤さんは反対しました
「こんな津波の塩水を被った土地の球根から咲いた水仙よ
ばい菌でもついていたらどうするの!」
「受け取るか受け取らないかではなく 私たちの気持ちとして差し出すのだ」
「・・・・・」
「おつきの方がいらっしゃる 判断はその人たちがして下さるだろう」
こんなストーリーがあったのだ
そして 佐藤さんのお母様が癌で入院
退院して通院するのに便利なところと言う事で
蒲生に移り住んだ事
お母様が水仙が好きだったこと
結局 ここから通院する事なく亡くなられたそうです
『自分のために蒲生に住まわせてしまって津波に遭う事になってすまない』
そんな封に思われたお母様の気持ちが通じて
お隣の老夫婦を助けるために車からおろさせたのかもしれない・・・
人の運命は紙一重です
水仙を大事に両手でお持ちになられてタラップをお降りになる
美智子皇后陛下のお姿を今もはっきりと覚えています
あの日 あのニュースを見なければ
会津のカンナ大使さんがご一緒して下さらなければ
道に迷いあの学校に出遭わなければ
何よりも 避難所が東京のように規則規則であったならば・・・
佐藤さんがお留守だったのならば・・・
「蒲生 宮城野体育館 佐藤さん」
キーワードはこの3つだけ
水仙はなんとか今年も命をつないでくれました
一年目は咲きませんでした 2年目に空いてくれた蒲生の水仙です
3.11の前日は 東京大空襲の日でもあります
今夜はあちらこちらで祈りが捧げられている事と思います
カンナが教えてくれました・・・・
爆心地820mに一ヶ月で咲いてくれた真っ赤なカンナ