【最幸ビジネスモデル】言葉では分かり合えない。 - 新規事業・事業拡大全般 - 専門家プロファイル

星 寿美
プラウドフォスター株式会社 代表取締役
東京都
経営コンサルタント

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【最幸ビジネスモデル】言葉では分かり合えない。

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【最幸ビジネスモデル】  2014.9.16 No.0944
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■今日のテーマ
 言葉では分かり合えない。
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言葉の概念が人の数だけあるのだから、
いったい言葉ってなんなのでしょう?

言葉の「概念」も人それぞれなら、
持っている「目盛りの大きさ」もひとそれぞれ。

たとえば・・。

「あの言葉に深く共感しました!」

と誰かが言って、

「あー。私もあの言葉、響いたわーーー」

と、お互いに

「ねー。そうだよねー。わーい、おんなじー。」

と共感し合い、分かり合っても
よーく話を聴くと、
その言葉に心かが動いた事だけは
共通しているが
内容はまったく似て非なるものだったりする。

そこで、持っている目盛りの大きさが同じなら
共感し合えていると、勘違いしあって
問題ない。

私がいう目盛りとは
見える・感じる分、のこと。

見事に、何も見えず感じていない人が
多いのだ。

目盛りが大きい人は
その間にある目盛りのことに
気づきもしない。

その目盛りが同じ人同士は
言葉の概念が違っていても
問題なく「同じ」だと勘違いし合える。

けれど、
その目盛りが、はげしく違うと・・・。

あまりにも
内容が違うことが、片方にしか分からないから
説明すらできない。

相手にとっては「無」だから。

さらにやっかいなのは、
目盛りの大きい人は、自分に分かる目盛りが
世界の全てだと思っているので
目盛りが細かい人を「正そう」とさえする。

知っている概念に当てはめて
その枠に押し込めようとする。

それは目盛りが大きいだけなのに。

細かい目盛りが「無」だから
仕方がなく、大きい目盛りに合わせていると
細かい目盛りは「無い」のと同じ。

そうやって
細かい目盛り(=感性?)は
亡き者とされ、無となっていく。

たまに
近い目盛りに合うと
すごく嬉しい。

あまりに嬉し過ぎて
細かい目盛りだと思うような
「言葉」にダマされる。

実はそれっぽい言葉だけで
本人は、悪気がなく、誰よりも大きな目盛りで
生きていたりもする。

また、

「本当にすごい!
 これだけは見た方がいいよ!!!」

「この人にだけは会った方がいいよ!!!」

などの言葉も
実際に観たり会ったりすると

え・・・・まさか・・・
こんな、表層の薄っぺらい、つまらない世界???

(否定ではなく「好みと目盛り」の話し。)

などと、言う事も非常に多い。

一体、言葉ってなんなんだろう。
言葉は複雑にするだけで要らないのでは。

だから私は、
世界共通の音楽や絵や笑いが大好き!

幼少のころから
目盛りが細か過ぎて、本質を感じ過ぎて
最たる社会不適応。

このまま社会不適応な私で笑って生きよう。
この目盛りを大事に生きよう。

他に合わせて「無」にしなくてもいいのだ。

自分が目盛りを大切にして
やっと、似たような目盛りの友達が
増えて来た。

そういうことか。

それっぽい言葉が横行するなか
生き方・在り方だけは
そのまま映し出されている。

言葉を聞かずに
在り方だけを観よう。
生き様を観よう。

ほらやっぱり・・・
言葉ってなんなんでしょう?

そんな風に感じている私が、
こうして4年も言語化にチャレンジし続けている。
それも不思議なことだなぁ・・・。

そして言葉を、
ずっとずっと突き詰めて行くと
「おばか」に行き着く。

おばかやって、大笑いして
愉快にいきるしか、
結局は、私の居心地のいい場所はないのかも。

どうせ短い命
おばか炸裂で生きようと思うよ。

ただ知っているだけの世界と
言葉で説明できる世界は
対極なんだよね。

幼少の頃の私は
ただ、知っていた。

それから25歳まで、
私は自分が感じている事を
押し殺して一切言語化できずにいた。

さらに23年が経ち、かなりの紆余曲折あって
いま、また
ただ知っている世界を漂っている。

  進化はほんと
  螺旋状だと、しみじみ実感!
  細かい螺旋、大きな螺旋を
  ぐるぐる永遠にぐるぐる・・・。

ただ、在る。
そこに言語は必要ない・・・というか
言語化なんて、そもそも不可能。
あまりに制約が多すぎる。

感じている事を言語化したら
何万分の1がやっと表現されたかどうか?
という感じ。

そんな「言葉」をやり取りして
社会が成り立っているのだもの。
それはある意味、すごい事だと私は思う。

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■今日のまとめ
 
 人は言葉では分かり合えない。
 存在で分かり合う。
 
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