- 村田 英幸
- 村田法律事務所 弁護士
- 東京都
- 弁護士
対象:民事家事・生活トラブル
- 榎本 純子
- (行政書士)
金融商品取引法17条に定める損害賠償責任の責任主体は発行者等に限られない
最判平成20年2月15日、民集62巻2号377頁
損害賠償請求事件
【判示事項】 証券取引法(平成16年法律第97号による改正前のもの)17条に定める損害賠償責任の責任主体は同法にいう発行者等に限られるか
【判決要旨】 証券取引法(平成16年法律第97号による改正前のもの)17条に定める損害賠償責任の責任主体は,重要な事項について虚偽の表示があり又は重要な事実の表示が欠けている目論見書その他の表示を使用して有価証券を取得させたといえる者であれば足り,同法にいう発行者,有価証券の募集若しくは売出しをする者,引受人若しくは証券会社等,又はこれと同視できる者に限られない。
【参照条文】 証券取引法(平16法97号改正前)17条、金融商品取引法17条
1 本件は,不実の目論見書等の使用者の損害賠償責任について定めた証券取引法17条(平成16年法律第97号による改正前のもの。以下「法」という。)の責任主体の範囲が問題となった事案であり,事実関係の概要は次のとおりである。
なお,証券取引法は平成18年法律第65号により改正され,法律の題名も金融商品取引法と改められたが,17条の構造は現在の金融商品取引法17条でも維持されている。
(1)Xは,コール資金の貸借又はその媒介等を営む株式会社である。
(2)Y1は英国法人であるA社を中心とする企業グループであるAグループに属する会社であり,同グループが日本において情報の収集,処理,分析等を行うために設立した会社である。Y2は,現在,Y1会社の代表取締役であり,後記の有価証券取引が行われた平成13年4月当時は,Y1の取締役の地位にあった者である。
(3)Y2は,Y1の代表取締役であって平成13年当時も取締役であったBと共に,グレナダ法人であるC社を発行者とする,証券取引法上の有価証券である本件証券の募集のため,C社の事業内容等について説明した目論見書(有価証券の募集又は売出し等のためにその相手方に提供する当該有価証券の発行者の事業その他の事項を説明する文書)である本件目論見書をXに交付して,本件証券の取得を勧誘し,あっせんした。また,Y2及びBは,Xからの質問に答えるなどして,C社と共にXに対して本件目論見書の内容について説明をした。
(4)Xは,本件目論見書の記載とY2らの説明を基に本件証券を取得することとし,平成13年4月5日,C社から本件証券を代金30億円で購入した。
(5)しかし,本件目論見書の記載及びその内容に関するY2らの説明は,投資資金の送金先,資金の運用方法,担保・保証の有無などの多くの重要な点で,実際の資金の流れや管理等の実態と食い違っており,Xは償還期限から4年以上が経過した平成18年6月の時点でも,本件証券の償還を受けることはなかった。
2 上記の事実関係において,Xは,Y2に対しては法17条に基づき,Y1に対しては,その代表者であったBが法17条の責任を負うとして,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)261条3項,78条2項,民法44条1項に基づき,損害賠償の支払を求めた。
3 第1審は,法17条の責任主体について,証券の発行者,募集若しくは売出しをする者又は引受人又は証券会社等といった有価証券の発行から取得に至る過程に介在する者に限られないと解するとしても,Y2及びBは,Xの本件証券の購入に際して,Xの求めに応じて情報を提供したり,書面を作成していたにすぎないこと,Xは大規模に短資業を営む会社であって本件目論見書の分析は十分可能であったことなどからすれば,Y2及びBは法17条にいう「有価証券を取得させた者」には該当しないと判断して,Xの請求をいずれも棄却した。
原審は,第1審とは異なり,Y2らは単なる情報提供にとどまらず,有価証券の取得の勧誘,あっせんをしたという事実を認定した上で,法17条の責任主体は,発行者,有価証券の募集若しくは売出しをする者,引受人若しくは証券会社等又はこれと同視できる者(以下,併せて「発行者等」という。)に限られると解釈した上で,Y2及びAは,法17条にいう「有価証券を取得させた者」に該当しないと判断した。
これに対し,Xが上告受理の申立てをしたところ,第二小法廷はこれを受理した上,原判決を破棄し事件を原審に差し戻す旨の判断をした。
4 本件で問題となった法17条は,重要な事項について虚偽の表示があり又は重要な事実の表示が欠けている目論見書その他の表示(以下「虚偽記載のある目論見書等」という。)を使用した者の損害賠償責任について定めるものである。この規定の性質について,通説は,不法行為責任の特則であり,ただし書が定めるとおり,故意・過失の立証責任が行為者に転換されている点,すなわち過失が推定される点に特色があると解している
従来,有価証券の取得の勧誘やあっせんに際して虚偽の説明等を行った外務員や証券会社等の責任については一般の不法行為に基づく請求がされる事例が多数を占め,法17条を含む証券取引法の損害賠償責任規定に基づき責任を追及する事例は,公刊された裁判例をみる限りあまり見られなかった。
学説でも,法17条の責任主体について意識的に論じたものは少なく,「募集又は売出しに伴い証券市場における便益を享受することとなる発行会社を念頭に置いたものではなく,当該取引に関して詐欺的な表示を行い,不当な資金配分に直接関与した者が該当するものと思われる。」旨論じた文献が見られる程度であった。
5 本判決は,法17条は虚偽記載等のある「目論見書を使用して有価証券を取得した者」と規定しており,責任主体を発行者等に限定する文言は存在しないこと,証券取引法は目論見書の使用者に法定の記載内容と異なる内容の目論見書等を使用してはならないとの義務を課していること,証券取引法は発行者の責任について別に18条2項に規定を置いていることなどを理由に,法17条の責任主体は,虚偽記載のある目論見書等を使用して有価証券を取得させたといえる者であれば足り,発行者等に限るとすることはできないと判断して,原審のような限定解釈を採らないことを明らかにした。
原審は,法17条の責任主体を募集又は売出しの場合の目論見書の交付義務について定めた法15条2項(金融商品取引法15条2項)の責任主体に準じて理解したものということができるが,法16条や法18条を見ても分かるように証券取引法(金融商品取引法も同じ)は損害賠償責任を定めた条文ごとにその責任主体を書き分けていることから,原審の解釈には無理があるように思われる。本判決は,これに加えて,証券取引法・金融商品取引法が投資者の保護をその目的の一つとしており,しかも目論見書等の開示書類の虚偽記載について詳細な規定を置いていることなどを考慮して,原審のような限定解釈を採用しなかったものと考えられる。
本件は,法17条の「有価証券を取得させた者」の意義について,最高裁が初めて判断したものであり,金融実務に与える影響は大きいと思われる。