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村田 英幸
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Blog201402、労働安全衛生法の民事事件の最高裁判例

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Blog201402、労働安全衛生法の民事事件の最高裁判例


最高裁判決平成5年1月21日、損害賠償請求事件
最高裁判所裁判集民事167号上297頁、最高裁判所裁判集民事167号297頁、判例タイムズ816号194頁、労働判例652号8頁

注文者が労働安全衛生法30条2項前段による指名をしなかったことと作業員の死亡事故との間に相当因果関係がないとされた事例

裁判要旨
 漁船の機関室で甲社と乙社・丙社の作業が並行して行われた際、甲社の作業員Aの過失によりアンモニアガスが漏出して乙社・丙社の作業員が死亡した場合において、甲乙丙3社に漁船の整備点検を分割発注した注文者Yが労働安全衛生法30条2項前段による指名をしていなかったとしても、当日予定されていたYの作業にはアンモニアガス漏出の危険性のあるものはなく、事故の原因となった作業は甲社の作業員Aがその場の思い付きで行ったものであるなど判示の事実関係の下では、注文者Yが右指名をしなかったことと事故との間に相当因果関係があるとはいえない。

[参照条文]  民法709条,労働安全衛生法30条1項2項

 一(1) 漁業を営むY社がその保有する漁船の整備定期検査等を甲、乙、丙の3社に分割発注したところ、冷凍設備の整備点検を請け負った甲の作業員Aが指示にはなかったコンデンサー内の潤滑油の油抜きをしようと考え、たまったアンモニアガスの漏出防止措置をしないまま開弁したため、機関室内に冷媒用の多量のアンモニアガスが噴出、充満し、機関室内で機関等の整備点検を請け負って作業中の他の乙社関係の作業員4名が死亡するという事故が発生し、死亡した作業員の遺族であるXらから甲、乙、丙3社のほかA個人とY社に対して損害賠償請求がされたのが本件である。
原審は、Y社には漁船の整備点検を3社に分割発注するに当たり労働安全衛生法30条2項前段の指名を怠った過失があり、右過失と本件事故とは因果関係があるとして民法709条によりY社に対する請求を認めたため、Y社から上告されていた。
(2) 第1審では各社を相手とするY乙丙の三事件に共通する事実を検討した後、被災者らの乙、丙の各社には不法行為責任はないとして請求を却けたが、Aとその元請会社Y及び甲についてはこれを肯定、各賠償の支払いを命じた。
なお、第1審判決で、乙、丙両社に対する請求は棄却されて確定している。
(3) 第1審は、Yの不法行為責任の根拠として、作業員AはYの請け負っていない油抜き作業を独自の判断で行ったものであるが、Yにおいて労安労働安全衛生法に基づき指名した請負人により請負作業間の連絡調整、巡視を行わせていれば事故を防ぎ得たのに、これを怠り、請負業者に一任し何らの手当も施さなかったのは発注者としての労災防止措置を怠った過失がある、とした。
控訴審もほぼ同旨の判断をして控訴を棄却している。
結局、第1審と控訴審は、いずれも労働安全衛生法30条2項所定の安全対策義務として特定請負人の指名の必要性を重視し、単に請負人間の事実上の安全対策等や連絡調整では足らないとして発注者としての安全配慮義務違反を認めた。
 二 労働安全衛生法30条1項は、特定元方事業者(その定義は労働安全衛生法15条1項。 建設業のほか労働安全衛生法施行令7条により造船業が指定されている。)は、その労働者及び関係請負人の労働者の作業が同一の場所において行われることによって生ずる労働災害を防止するために、作業間の連絡調整を行うなどの措置を講じなければならないとしている。
建設業や造船業においては、数次にわたる請負契約によって、同一の場所にいくつかの請負人が入り組んで作業を行うことが多く、この場合に同じ場所で作業をする請負人相互間で作業に関する連絡調整が不十分であった等の原因で労働災害が発生した例がみられ、このような災害を防止するために定められた規定である(吉本実『労働安全衛生法の詳解』311頁)。
また、同条2項前段は、特定事業(建設業、造船業)の発注者が2以上の請負人に請け負わせる場合において、当該場所において当該仕事に係る2以上の請負人の労働者が作業を行うときは、請負人で当該仕事を自ら行う事業者であるもののうちから、1項に規定する措置を講ずべき者として1人を指名しなければならない旨定めている。
Y社はこの指名を怠ったとして責任が問われたのである。
 三 ところで、本判決によると、本件事故は、Aが漁船の機関室内にある冷凍装置のコンデンサーの清掃準備等の作業をする際、その場の思い付きで、コンデンサーから油抜き作業を行ったところ、右作業中にアンモニアガスが噴出して機関室内に充満したため発生したというもので、Aは、右油抜き作業をするについて、なんらの安全策を講じないまま、かつ、同じ機関室内で作業をしていた他の作業員に知らせないで実施してしまった。
アンモニアガスが有毒であることは関係者に知られていたため、Yがアンモニアガスを扱う作業をするときは他社の作業は中断し、作業員を船外に出すこととされており、当日のYが予定していた作業内容にはアンモニアガス漏出の危険性のあるものはなかった。
 本判決は、右のような事実関係の下では、発注者が労働安全衛生法30条2項前段による指名を怠ったことと本件事故の発生とは相当因果関係は認められないとした。
Yのアンモニアガスを扱う作業と他社の作業が一緒に行われることを避けるような調整が事実上されていたのであり、労働安全衛生法30条2項前段の指名がされたとしても、右指名された者において、作業員がその場の思い付きで予定外の危険な作業を行うことを予測して連絡調整や作業場所の巡視等をすることはできないとして、右指名をしなかったことと事故との間の因果関係を否定したものと思われる。
上告審は、あくまで本件事故を不慮のものと認め、仮にYが労働安全衛生法に基づく指名をしていたとしても、このような事故を避け得たとはいえず、同社が指名をしなかったことと事故との間に相当因果関係があるとすることはできないとして消極的に解したものである。
本判決は、原判決中Xらの請求を認容した部分を違法として、Y敗訴部分を破棄、原審に差し戻した。

 四 労災事故について労働安全衛生法の規定が問題にされた例として、神戸地判昭48・4・10判時739号103頁、高知地判昭52・10・4判時886号79頁、広島地尾道支判昭53・2・28判時901号93頁、大阪地判昭53・6・29ジュリ687号6頁、神戸地尼崎支判昭54・2・16判時941号84頁、横浜地判昭58・5・24判例タイムズ509号164頁、神戸地判平2・12・27判例タイムズ764号165頁などがあるが、その多くは使用者や元請業者の責任が問題となったもので、注文者が不法行為責任、労働安全衛生法違反を問われたという点で本件は珍しい事例である。



最高裁判決平成12年3月24日、損害賠償請求事件(電通過労死事件)
民集 第54巻3号1155頁

一 長時間にわたる残業を恒常的に伴う業務に従事していた労働者がうつ病にり患し自殺した場合に使用者の民法715条に基づく損害賠償責任が肯定された事例
二 業務の負担が過重であることを原因として心身に生じた損害につき労働者がする不法行為に基づく賠償請求において使用者の賠償額を決定するに当たり右労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等をしんしゃくすることの可否

裁判要旨
 一 大手広告代理店に勤務する労働者甲が長時間にわたり残業を行う状態を一年余り継続した後にうつ病にり患し自殺した場合において、甲は、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な指揮又は命令の下にその遂行に当たっていたため、継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものであって、甲の上司は、甲が業務遂行のために徹夜までする状態にあることを認識し、その健康状態が悪化していることに気付いていながら、甲に対して業務を所定の期限内に遂行すべきことを前提に時間の配分につき指導を行ったのみで、その業務の量等を適切に調整するための措置を採らず、その結果、甲は、心身共に疲労困ぱいした状態となり、それが誘因となってうつ病にり患し、うつ状態が深まって衝動的、突発的に自殺するに至ったなど判示の事情の下においては、使用者は、民法715条に基づき、甲の死亡による損害を賠償する責任を負う。
二 業務の負担が過重であることを原因として労働者の心身に生じた損害の発生又は拡大に右労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が寄与した場合において、右性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでないときは、右損害につき使用者が賠償すべき額を決定するに当たり、右性格等を、民法722条2項の類推適用により右労働者の心因的要因としてしんしゃくすることはできない。

参照条文  民法709条、715条、722条2項


最高裁判決平成13年4月26日、懲戒処分取消請求事件
判例タイムズ1063号113頁

 市教育委員会実施の定期健康診断においてエックス線検査を受診しなかった市立中学校の教諭が校長の受診命令に従わなかったことが地方公務員法(平成11年法律第107号による改正前のもの)29条1項1号,2号に該当するとされた事例

裁判要旨
 市立中学校の教諭が,エックス線検査を行うことが相当でない身体状態ないし健康状態にあったなどの事情もうかがわれないのに,市教育委員会が実施した定期健康診断においてエックス線検査を受診しなかったなど判示の事実関係の下においては,校長が職務上の命令として発したエックス線検査受診命令は適法であり,上記教諭がこれに従わなかったことは,地方公務員法(平成11年法律第107号による改正前のもの)29条1項1号,2号に該当する。

参照法条
 学校保健法8条1項,10条1項,学校保健法施行規則(平成2年文部省令第1号による改正前のもの)10条1項3号,11条2項,結核予防法4条1項,6条,7条1項,
結核予防法施行令(平成4年政令第359号による改正前のもの)2条1項9号,2条2項2号,結核予防法施行規則(平成4年厚生省令第66号による改正前のもの)3条5号,
労働安全衛生法66条5項,労働安全衛生規則(平成元年労働省令第22号による改正前のもの)44条1項4号,
地方公務員法(平成11年法律第107号による改正前のもの)29条1項1号,同項2号


 一 本件は、布立中学校教諭のⅩが、市教育委員会が教職員定期健康診断の一環として実施した結核の有無に関するエックス線間接撮影の方法による検査(エックス線検査)を受診せず、校長が職務命令として発したエックス線検査受診命令を拒否したことなどを理由に減給処分をされたため、その取消しを求めた事案である(なお、Ⅹは、昭和56年度及び昭和58年度の二度にわたりエックス線検査受診命令拒否等を理由に減給処分を受けてその取消訴訟を提起しており、本件は昭和58年度の定期健康診断に係る事件である)。
 二 昭和58年度の定期健康診断の際、Ⅹの所属する市立中学校の校長は、教職員にエックス線検査をあらかじめ周知させてその受検を命じたが、Ⅹは、病気治療のためのエックス線検査による過去のエックス線暴露が多くこれ以上の暴露を避けたい旨の意思を表明してこれを受診せず、校長の再三にわたるエックス線検査受診命令をも拒否した。また、市教育委員会もⅩに対し医学的にみて受診することができない理由があるのであれば医師の証明書を提出することなどを伝えたが、Ⅹは証明書の提出等をしなかった。なお、Ⅹは、エックス線検査を受診する代わりに、保健所でかくたん検査及び血沈検査を受け、異常なしとの結果を得て、その事実を校長に報告した。
 一審(判例タイムズ九四1号一七二頁)は、学校保健法の規定から受診義務を根拠付けることはできず、労働安全衛生法及び結核予防法の各規定は、労働者に対しその健康診断による利益を享受する立場からこれに協力すべき責務を課したにすぎず、それ以上に労働者の職務上の義務として受診義務を定めたものではないから、これらの規定に違反したことをもって地方公務員法(平成一一年法律第一〇七号による改正前のもの。以下同じ)29条1項1号に該当すると解することはできないとし、また、定期健康診断においてエックス線検査を実施することの相当性について医学的な疑問が提起され、その実施が一部縮小されている状況にあるところ、Ⅹは、過去のエックス線暴露歴が多くこれ以上の暴露を避けたい旨の意思を表明しており、しかも、かくたん検査を受けて校長に報告し、その検査結果に異常がなかったなどの事情を総合考慮すれば、Ⅹにはエックス線検査の受診を命じた校長の職務命令に従うべき職務上の義務はなかったなどと判示して、Ⅹの請求を認容した。
 これに対し、原審(判例タイムズ961号179頁)は、教職員は、結核予防法7条1項の受診義務を負うとともに労働安全衛生法66条5項により健康診断受診義務を負うことは明らかであって、これらの各法律の規定に違反した場合には地方公務員法29条1項1号に該当するとし、また、校長の発した職務命令に従う職務上の義務を負うか否かは、定期健康診断においてエックス線検査の受診を命じることの医学的相当性の有無、エックス線検査に代替し得る他の医学的検査の有無とその代替的検査の受診等の諸般の事情を総合考慮してこれを判断すべきところ、当時エックス線集団検診の必要性は依然存在しており、Ⅹは、教員という立場にあって結核未感染者であり感染可能性の高い生徒に接する生活環境にあることや、かくたん検査の信頼性はそれほど高くなくエックス線検査に代替できるものではないことなどを併せ考えれば、Ⅹはエックス線検査を受診するよう命じた校長の職務命令に従うべき職務上の義務があったなどと判示して、Ⅹの請求を棄却すべきものとした。
 Ⅹから上告(旧法上告事件)。上告論旨は要するに原審の右判断の違法をいうものである。
 三 本判決は、市町村立中学校の教諭その他の教職員は、その職務を遂行するに当たって、労働安全衛生法66条5項、結核予防法7条1項の規定に従うべきであり、職務上の上司である当該中学校の校長は、当該中学校に所属する教諭その他の職員に対し、職務上の命令として、結核の有無に関するエックス線検査を受診することを命ずることができるものと解すべきであるとした。そして、Ⅹは、市教育委員会が実施した定期健康診断においてエックス線検査を受診せず、校長が職務上の命令として発したエックス線検査受診命令を拒否したというのであり、Ⅹが保健所でかくたん検査及び血沈検査を受け、異常なしとの結果を得て、その事実を校長に報告したことをもって、結核予防法8条、労働安全衛生法66条5項ただし書の要件を満たすものということもできないから、Ⅹが当時エックス線検査を行うことが相当でない身体状態ないし健康状態にあったなどの事情もうかがわれない本件においては、校長の前記命令は適法と認められ、Ⅹがこれに従わなかったことは地方公務員法29条1項1号・二号に該当する旨判示して、Ⅹの上告を棄却した(なお、昭和56年度の定期健康診断に係る事件についても、本判決と同日に、本判決とほぱ同旨の理由説示でもって、Ⅹの上告を棄却する旨の判決が言い渡された)。
 四 Ⅹのようないわゆる県費負担教職員に対する定期健康診断については、学校保健法と労働安全衛生法の双方(下位法令を含む)が適用されるものと解されており(文部科学省の行政解釈でもある)、そのうちの結核の有無に関する検査については、更に結核予防法(及びその下位法令)が適用される。これらの法令のうち、労働安全衛生法66条5項は、「労働者は……事業者が行なう健康診断を受けなければならない。ただし、事業者の指定した医師又は歯科医師が行なう健康診断を受けることを希望しない場合において、他の医師又は歯科医師の行なうこれらの規定による健康診断に相当する健康診断を受け、その結果を証明する書面を事業者に提出したときは、この限りでない。」として、労働者の健康診断受診義務を定めており、結核予防法も、健康診断の対象者(教職員)は、それぞれ指定された期日又は期間内に、事業者、学校若しくは施設の長又は市町村長の行う健康診断を受けなければならないとし(7条1項)、定期の健康診断を受けるべき者が、健康診断を受けるべき期日又は期間満了前3月」以内に省令で定める技術的基準に適合する健康診断を受け、かつ、当該期日又は期間満了の日までに医師の診断書その他その健康診断の内容を証明する文書を当該健康診断の実施者に提出したときは、定期の健康診断を受けたものとみなすとして(8条)、健康診断対象者の受診義務を定めているが、学校保健法には教職員の定期健康診断の受診義務を定めた規定はない。
 しかしながら、教職員にも労働者の健康診断受診義務を定めた労働安全衛生法66条5項が適用されることは疑いのないところであり(文部科学省の一貫した行政解釈でもあるようである)、更に、その検査項目の一つとして行うべきものとされている結核の有無に関するエックス線検査については、結核予防法7条1項の受診義務の規定が適用されることも明らかである。
 もっとも、定期健康診断の中でも本件の場合のようなエックス線間接撮影の方法による検査は、ごく微量とはいえ身体に対する侵襲を伴うものであって、医学上もその危険性を軽視することはできないとされているものである。また、憲法13条の幸福追求権の保障にはその一内容として自己決定権が含まれるとするのが通説的見解であり、身体の侵襲を伴う医療行為を受けない自由も議論の対象となるところではある。
 しかしながら、本件で問題とされているのは、教職員が結核予防目的で行われる集団検診においてエックス線検査を受ける義務を課すことの是非である。学校保健法による教職員に対する定期の健康診断、中でも結核の有無に関する検査は、教職員の保健及び能率増進のためはもとより、教職員の健康が、保健上及び教育上、児童、生徒等に対し大きな影響を与えることにかんがみて実施すベきものとされているものであり、結核予防法による教職員に対する定期の健康診断も、教職員個人の保護に加えて、結核が社会的にも害を及ぼすものであるため、学校における集団を防衛する見地から、これを行うべきものとされているものである。このような見地からすれば、教職員にエックス線検査の受診義務を課すことに必要性や合理性があることは疑問の余地がなく、また、エックス線による身体の侵襲もほとんど無視し得る程度のものであるから、教職員は、学校保健法施行規則ないし結核予防法施行規則で定められたエックス線間接撮影の方法による検査について受診義務を負うと解すべきであろう。
 そして、これらの受診義務を定めた労働安全衛生法66条5項及び結核予防法7条1項の規定が、地方公務員法32条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律43条2項の規定する、県費負担教職員がその職務を遂行するに当たって遵守すべき法令に該当することは明らかというベきであり、その受診は、教職員としての職務の遂行に正に密接に関連するものというべきであろう。また、市町村立学校の教職員に対する定期の健康診断が当該学校の校務に含まれることも疑いがなかろう。そうであるとすれば、市町村立学校の校長は、教職員に対し、職務上の命令として、結核の有無に関するエックス線検査を受診することを命ずることができるものと解すべきであろう。
 本判決は、以上の見地から、市町村立中学校の教職員はその職務を遂行するに当たって労働安全衛生法66条5項、結核予防法7条1項の規定に従うべきであり、校長は、教職員に対し、職務上の命令として、結核の有無に関するエックス線検査を受診することを命ずることができる旨判示したものと思われる。
 もっとも、エックス線検査がごくわずかとはいえ身体の侵襲を伴うものであるところからすれば、労働安全衛生法及び結核予防法も、エックス線検査を行うことが相当でない身体状態ないし健康状態にある者に対してまで当該検査を受診することを義務付けているものではないと解する余地はあり得るところであり、本判決もこの点に配慮した説示をしているところである。
 五 本判決は、教職員の定期健康診断におけるエックス線検査受診義務に関して、事例判断としてではあるが最高裁として初めて判示したものであり、先例として重要な意義を有するものと思われる。



最高裁判決平成16年4月27日、じん肺損害賠償請求事件

 1 通商産業大臣が石炭鉱山におけるじん肺発生防止のための鉱山保安法上の保安規制の権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法となるとされた事例
2 加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合における民法724条後段所定の除斥期間の起算点

裁判要旨
 1 炭鉱で粉じん作業に従事した労働者が粉じんの吸入によりじん肺にり患した場合において,炭鉱労働者のじん肺り患の深刻な実情及びじん肺に関する医学的知見の変遷を踏まえて,じん肺を炭じん等の鉱物性粉じんの吸入によって生じたものを広く含むものとして定義し,これを施策の対象とするじん肺法が成立したこと,そのころまでには,さく岩機の湿式型化によりじん肺の発生の原因となる粉じんの発生を著しく抑制することができるとの工学的知見が明らかとなっており,金属鉱山と同様に,すべての石炭鉱山におけるさく岩機の湿式型化を図ることに特段の障害はなかったのに,同法成立の時までに,鉱山保安法に基づく省令の改正を行わず,さく岩機の湿式型化等を一般的な保安規制とはしなかったことなど判示の事実関係の下では,じん肺法が成立した後,通商産業大臣が鉱山保安法に基づく省令改正権限等の保安規制の権限を直ちに行使しなかったことは,国家賠償法1条1項の適用上違法となる。
2 民法724条後段所定の除斥期間は,不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時から進行する。

参照法条
 国家賠償法1条1項,
鉱山保安法1条,4条,鉱山保安法(昭和37年法律第105号による改正前のもの)30条,
じん肺法(昭和52年法律第76号による改正前のもの)2条1項1号,
石炭鉱山保安規則(昭和61年通商産業省令第74号による改正前のもの)284条の2,
民法724条



最高裁決定平成17年10月14日、文書提出命令に対する抗告審の変更決定に対する許可抗告事件
民集59巻8号2265頁、判例タイムズ1195号111頁
      
1 民事訴訟法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密」と公務員が職務上知ることができた私人の秘密
2 民事訴訟法220条4号ロにいう「その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」の意義
3 いわゆる「労働災害調査復命書」のうち行政内部の意思形成過程に関する情報に係る部分は民事訴訟法220条4号ロ所定の文書に該当するが労働基準監督官等の調査担当者が職務上知ることができた事業者にとっての私的な情報に係る部分は同号ロ所定の文書に該当しないとされた事例

裁判要旨
 1 民事訴訟法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密」には,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれる。
2 民事訴訟法220条4号ロにいう「その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは,単に文書の性格から公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要である。
3 労働災害が発生した際に労働基準監督官等の調査担当者が労働災害の発生原因を究明し同種災害の再発防止策等を策定するために調査結果等を踏まえた所見を取りまとめて作成した災害調査復命書に,(1)当該調査担当者が事業者や労働者らから聴取した内容,事業者から提供を受けた関係資料,当該事業場内での計測,見分等に基づいて推測,評価,分析した事項という当該調査担当者が職務上知ることができた当該事業者にとっての私的な情報のほか,(2)再発防止策,行政指導の措置内容についての当該調査担当者の意見,署長判決及び意見等の行政内部の意思形成過程に関する情報が記載されていること,(1)の情報に係る部分の中には,上記聴取内容がそのまま記載されたり,引用されたりしている部分はなく,当該調査担当者において,他の調査結果を総合し,その判断により上記聴取内容を取捨選択して,その分析評価と一体化させたものが記載されていること,調査担当者には,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査するなどの権限があることなど判示の事情の下においては,上記災害調査復命書のうち,(2)の情報に係る部分は民事訴訟法220条4号ロ所定の文書に該当しないとはいえないが,(1)の情報に係る部分は同号ロ所定の文書に該当しない。

参照法条
 民事訴訟法220条4号ロ,
労働安全衛生法91条,94条,100条

 1 本件は,いわゆる「災害調査復命書」が,民事訴訟法220条4号ロ所定の公務秘密文書に該当するか否かが争われた事件である。
 2 本件の本案事件は,Xらが,Xらの子が本件事業場において就業中に本件労災事故に遭って死亡したとして,安全配慮義務違反等に基づいて損害賠償を求める事件であり,Xらは,本案事件において,本件労災事故の事実関係を具体的に明らかにするために必要であるとして,民事訴訟法220条3号又は4号に基づき,国(Y)に対し,本件労災事故の災害調査復命書である本件文書につき,文書提出命令の申立てをした。これに対し,Yは,本件文書は民事訴訟法220条4号ロ所定の文書に該当し,これを提出すべき義務を負わないと主張した。
 3(1)災害調査復命書は,労災事故が発生した際に,労働基準監督官等の調査担当者が,労働安全衛生法91条,94条等の規定に基づいて,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査したり,作業環境測定を行うなどし,あるいは,関係者の任意の協力を得たりして,災害の発生原因を究明し,同種災害の再発防止策等を策定するために,調査結果等を踏まえた所見を取りまとめ,労働基準監督署長に対し,その再発防止に係る措置等の判断に供するために提出される復命書である。そして,労働基準監督署長は,これを基に当該労災事故の発生した事業場等に対する行政指導や行政処分等の内容を判断し,また,都道府県労働局や厚生労働省は,これらの写しを集約して再発防止のための通達を発出したり法令改正等を行うなど,各種の施策を検討するための基礎資料として活用しているというものである。
(2)本件文書は,石川労働局所属の本件調査担当者が,金沢労働基準監督署長に対する復令書として,本件労災事故について調査した結果を取りまとめたものである。本件調査担当者は,本件労災事故の発生したその日のうちに本件事業場に立ち入り,労働者1名の協力の下,本件労災事故の発生状況について概括的な供述を聴取するとともに,関係書類の提出を受け,本件労災事故の現場の計測と写真撮影を行い,現場に残されていた物件を見分するなどし,また,その5日後,本件事業場において,本件事業場の代表者と労働者2名から,本件労災事故発生時の状況の説明,関係資料の提出とその説明を受け,これらを総合分析するなどして,その様式に従って記入し作成したものである。本件文書には,①『事業場の安全管理体制,災害発生状況,災害発生原因等』について,本件調査担当者において,『本件事業場の代表者や労働者らから聴取した内容,本件事業場から提供を受けた関係資料,本件事業場内での計測,見分等』に基づいて『推測,評価,分析した事項』及び②『再発防止策,行政指導の措置内容についての本件調査担当者の意見』,『署長判決及び意見』等が記載されている。なお,本件文書には,関係者からの聴取内容がそのまま記載されたり,引用されたりしている部分はなく,本件調査担当者において,他の調査結果を総合し,その判断により聴取内容を取捨選択して,その分析評価と一体化させたものが記載されている。ただし,本件調査担当者の調査に応じた労働者らは,いずれも,本件文書が本案事件において提出されることには同意しない旨の意思を示している。
 4 以上の事実関係の下で,原々審は,本件申立てを認容したが,原審は,「災害調査復命書が民事訴訟の証拠として使用され,その記載内容や調査担当者の評価等が争われることになれば,調査担当者において以後記載する内容や表現を簡素化したり,意見にわたる部分の記載を控えたりするなどの影響を受けざるを得ず,率直な意見の記載が妨げられたり意思決定の中立性が損なわれるおそれが高い。また,一般に,労働者や下請業者等の関係者が労働災害に関する情報を提供した場合に,情報提供の事実や提供した情報の内容が容易に公開されることになると,関係者の中には,情報提供により不利益を被った事業者から報復されることを恐れて,災害調査の場面において調査担当者の事情聴取に対し不十分な情報提供しか行わないといった対応をするおそれも否定できない」などと説示し,「本件文書は,公務員の職務上の秘密に関する文書で,その公開により労働災害の発生原因の究明や同種災害の再発防止策の策定等に著しい支障を来すおそれがあり,公務の遂行に著しい支障を来すおそれが具体的に存在すると認められる」として,原々決定を取り消し,本件申立てを却下した。
 Xらの許可抗告申立ての理由は,原審の民事訴訟法220条4号ロについての法令解釈の誤りをいうものである。
 5(1)本決定は,まず,「公務員の職務上の秘密」には,公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれると判示した。
「公務員の職務上の秘密」に私人の秘密が含まれるのか否かについては,学説が分かれ,近時は,公務員が職務上知り得た私人の秘密は私人が職業上知り得た私人の秘密と同程度の保護を与えれば十分であるなどとして,職務上の秘密に当たるのは,公務に著しい支障を来すこととなるものに限られるとする見解が有力に唱えられていた(学説の状況につき,深山卓也ほか・ジュリ1209号104頁,門口正人ほか編『民事証拠法大系(4)』132頁〔花村良一〕,伊藤眞『民事訴訟法(第3版)』386頁,同・ジュリ1052号95頁,滝井繁男ほか『論点新民事訴訟法』341頁,門口正人ほか編『民事証拠法大系(3)』36頁〔北澤晶〕等)。
本決定は,公務員の職務上の秘密には,公務員が職務上知り得た私人の秘密も含まれるが,職務上の秘密に当たるのは,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものに限られることを明確にしたものである。その上で,本決定は,本件文書には,①本件調査担当者が職務上知ることができた『本件事業場の安全管理体制,本件労災事故の発生状況,発生原因等』の被告会社にとっての私的な情報(以下「①の情報」という。)と,②『再発防止策,行政上の措置についての本件調査担当者の意見』,『署長判決及び意見』等の行政内部の意思形成過程に関する情報(以下「②の情報」という。)が記載されている,と分析し,②の情報に係る部分は,公務員の所掌事務に属する秘密が記載されたものであると認められ,また,①の情報に係る部分は,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密が記載されたものであるが,これが本案事件において提出されることにより,調査に協力した関係者との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるということができるとして,①,②の情報に係る部分は,いずれも,民事訴訟法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たると判断した。
(2)次に,本決定は,民事訴訟法220条4号ロにいう「その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」の意義につき,単に文書の性格から公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるというだけでは足りず,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であることを明確にした上で(学説につき,深山ほか・前掲105頁等参照),本件文書のうち,②の情報に係る部分は,その提出によって公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれが具体的に存在することが明らかであるとしたが,①の情報に係る部分は,(a)聴取内容がそのまま記載されたり,引用されたりしているわけではないことや,(b)調査担当者には,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査する法律上の権限があり,これらに応じない者は罰金に処せられることとされていることなどにかんがみると,その提出によって公務の遂行に著しい支障が生ずるおそれが具体的に存在するということはできないと判断した。
なお,本決定は,本件事案に即して(a),(b)の2点を考慮要素として挙げたが,このいずれかが欠ければ直ちに公務の遂行に著しい支障が生ずるおそれが存在すると判断すべきことをいうものではないであろう。
(3)以上により,本決定は,本件文書について,①の情報に係る部分と②の情報に係る部分とを区別せず,その全体が民事訴訟法220条4号ロ所定の文書に当たるとしてYの提出義務を否定した原審の判断には裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとしたものである。
 6 民事訴訟法220条4号ロは,平成13年の民事訴訟法改正により挿入されたものであり(改正の経緯につき,深山ほか・前掲102頁等参照),これまで,この規定の解釈適用を示した最高裁判例としては,最高裁決定平成16年2月20日・判タ1156号122頁,判時1862号154頁があるのみである(その評釈として,川嶋四郎・法セ606号121頁等。なお,いわゆる高度の公務秘密文書に関する司法審査の特則を定めた民事訴訟法223条4項による審査の在り方を示したものとして,最高裁決定平成17年7月22日・判タ1188号229頁,判時1907号33頁がある。)。もっとも,この決定は,県が漁業協同組合との間で漁業補償交渉をする際の手持資料として作成した補償額算定調書中の補償見積額が記載された部分が同号ロの文書に該当する旨の事例判断を示したものにすぎない。
本決定は,「公務員の職務上の秘密」と私人の秘密との関係,「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」の意義を明確にし,かつ,これまでほとんど民事訴訟に提出されることのなかった災害調査復命書につき,①の情報に係る部分が民事訴訟法220条4号ロ所定の文書に該当しないとする事例判断を示したものであり,火災原因判定書等同種の文書についても影響を及ぼすものであって,重要な意義を有するものと思われる。


 最高裁判決平成25年7月12日、 石綿損害賠償請求,民訴法260条2項の申立て事件
最高裁HP

原審が,壁面に吹き付けられた石綿が露出している建物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるようになった時点を明らかにしないまま,同建物の設置又は保存の瑕疵の有無について判断したことに審理不尽の違法があるとされた事例

壁面に吹き付けられた石綿が露出している建物で昭和45年から平成14年まで勤務していた間にその石綿の粉じんにばく露したことにより悪性胸膜中皮腫に罹患した者の相続人が,同建物の所有者に対し,民法717条1項ただし書の規定に基づく損害賠償を求める訴訟において,原審が,同建物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるようになったのはいつの時点からであるかを明らかにしないまま,昭和45年以降の時期における同建物の設置又は保存の瑕疵の有無について,平成7年に一部改正された政令及び平成17年に制定された省令の規定による規制措置の導入をも根拠にして直ちに判断をしたことには,審理が尽くされていない違法がある。

参照法条  民法717条1項