最高裁判決平成5年1月21日、損害賠償請求事件 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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最高裁判決平成5年1月21日、損害賠償請求事件

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相続

最高裁判決平成5121日、損害賠償請求事件

最高裁判所裁判集民事167号上297頁、最高裁判所裁判集民事167号297頁、判例タイムズ816号194頁、労働判例652号8頁

注文者が労働安全衛生法30条2項前段による指名をしなかったことと作業員の死亡事故との間に相当因果関係がないとされた事例

裁判要旨

漁船の機関室で甲社と乙社・丙社の作業が並行して行われた際、甲社の作業員Aの過失によりアンモニアガスが漏出して乙社・丙社の作業員が死亡した場合において、甲乙丙3社に漁船の整備点検を分割発注した注文者Yが労働安全衛生法30条2項前段による指名をしていなかったとしても、当日予定されていたYの作業にはアンモニアガス漏出の危険性のあるものはなく、事故の原因となった作業は甲社の作業員Aがその場の思い付きで行ったものであるなど判示の事実関係の下では、注文者Yが右指名をしなかったことと事故との間に相当因果関係があるとはいえない。

[参照条文] 民法709条,労働安全衛生法3012

 一(1) 漁業を営むY社がその保有する漁船の整備定期検査等を甲、乙、丙の3社に分割発注したところ、冷凍設備の整備点検を請け負った甲の作業員Aが指示にはなかったコンデンサー内の潤滑油の油抜きをしようと考え、たまったアンモニアガスの漏出防止措置をしないまま開弁したため、機関室内に冷媒用の多量のアンモニアガスが噴出、充満し、機関室内で機関等の整備点検を請け負って作業中の他の乙社関係の作業員4名が死亡するという事故が発生し、死亡した作業員の遺族であるXらから甲、乙、丙3社のほかA個人とY社に対して損害賠償請求がされたのが本件である。

原審は、Y社には漁船の整備点検を3社に分割発注するに当たり労働安全衛生法30条2項前段の指名を怠った過失があり、右過失と本件事故とは因果関係があるとして民法709条によりY社に対する請求を認めたため、Y社から上告されていた。

(2) 第1審では各社を相手とするY乙丙の三事件に共通する事実を検討した後、被災者らの乙、丙の各社には不法行為責任はないとして請求を却けたが、Aとその元請会社Y及び甲についてはこれを肯定、各賠償の支払いを命じた。

なお、第1審判決で、乙、丙両社に対する請求は棄却されて確定している。

(3) 第1審は、Yの不法行為責任の根拠として、作業員AはYの請け負っていない油抜き作業を独自の判断で行ったものであるが、Yにおいて労安労働安全衛生法に基づき指名した請負人により請負作業間の連絡調整、巡視を行わせていれば事故を防ぎ得たのに、これを怠り、請負業者に一任し何らの手当も施さなかったのは発注者としての労災防止措置を怠った過失がある、とした。

控訴審もほぼ同旨の判断をして控訴を棄却している。

結局、第1審と控訴審は、いずれも労働安全衛生法30条2項所定の安全対策義務として特定請負人の指名の必要性を重視し、単に請負人間の事実上の安全対策等や連絡調整では足らないとして発注者としての安全配慮義務違反を認めた。

 二 労働安全衛生法30条1項は、特定元方事業者(その定義は労働安全衛生法15条1項。 建設業のほか労働安全衛生法施行令7条により造船業が指定されている。)は、その労働者及び関係請負人の労働者の作業が同一の場所において行われることによって生ずる労働災害を防止するために、作業間の連絡調整を行うなどの措置を講じなければならないとしている。

建設業や造船業においては、数次にわたる請負契約によって、同一の場所にいくつかの請負人が入り組んで作業を行うことが多く、この場合に同じ場所で作業をする請負人相互間で作業に関する連絡調整が不十分であった等の原因で労働災害が発生した例がみられ、このような災害を防止するために定められた規定である(吉本実『労働安全衛生法の詳解』311頁)。

また、同条2項前段は、特定事業(建設業、造船業)の発注者が2以上の請負人に請け負わせる場合において、当該場所において当該仕事に係る2以上の請負人の労働者が作業を行うときは、請負人で当該仕事を自ら行う事業者であるもののうちから、1項に規定する措置を講ずべき者として1人を指名しなければならない旨定めている。

Y社はこの指名を怠ったとして責任が問われたのである。

 三 ところで、本判決によると、本件事故は、Aが漁船の機関室内にある冷凍装置のコンデンサーの清掃準備等の作業をする際、その場の思い付きで、コンデンサーから油抜き作業を行ったところ、右作業中にアンモニアガスが噴出して機関室内に充満したため発生したというもので、Aは、右油抜き作業をするについて、なんらの安全策を講じないまま、かつ、同じ機関室内で作業をしていた他の作業員に知らせないで実施してしまった。

アンモニアガスが有毒であることは関係者に知られていたため、Yがアンモニアガスを扱う作業をするときは他社の作業は中断し、作業員を船外に出すこととされており、当日のYが予定していた作業内容にはアンモニアガス漏出の危険性のあるものはなかった。

 本判決は、右のような事実関係の下では、発注者が労働安全衛生法30条2項前段による指名を怠ったことと本件事故の発生とは相当因果関係は認められないとした。

Yのアンモニアガスを扱う作業と他社の作業が一緒に行われることを避けるような調整が事実上されていたのであり、労働安全衛生法30条2項前段の指名がされたとしても、右指名された者において、作業員がその場の思い付きで予定外の危険な作業を行うことを予測して連絡調整や作業場所の巡視等をすることはできないとして、右指名をしなかったことと事故との間の因果関係を否定したものと思われる。

上告審は、あくまで本件事故を不慮のものと認め、仮にYが労働安全衛生法に基づく指名をしていたとしても、このような事故を避け得たとはいえず、同社が指名をしなかったことと事故との間に相当因果関係があるとすることはできないとして消極的に解したものである。

本判決は、原判決中Xらの請求を認容した部分を違法として、Y敗訴部分を破棄、原審に差し戻した。

 四 労災事故について労働安全衛生法の規定が問題にされた例として、神戸地判昭48・4・10判時739号103頁、高知地判昭52・10・4判時886号79頁、広島地尾道支判昭53・2・28判時901号93頁、大阪地判昭53・6・29ジュリ687号6頁、神戸地尼崎支判昭54・2・16判時941号84頁、横浜地判昭58・5・24判例タイムズ509号164頁、神戸地判平2・12・27判例タイムズ764号165頁などがあるが、その多くは使用者や元請業者の責任が問題となったもので、注文者が不法行為責任、労働安全衛生法違反を問われたという点で本件は珍しい事例である。