最高裁平成18年2月20日・刑集60巻2号182頁(野積み事件) - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
弁護士

注目の専門家コラムランキングRSS

対象:民事家事・生活トラブル

専門家の皆様へ 専門家プロファイルでは、さまざまなジャンルの専門家を募集しています。
出展をご検討の方はお気軽にご請求ください。

最高裁平成18年2月20日・刑集60巻2号182頁(野積み事件)

- good

  1. 暮らしと法律
  2. 民事家事・生活トラブル
  3. 民事家事・生活トラブル全般
相続

最高裁平成18年2月20日・刑集60巻2号182頁(野積み事件)
廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反被告事件(不法投棄罪)

【判示事項】 工場から排出された産業廃棄物を同工場敷地内に掘られた穴に投入して埋め立てることを前提に、その穴のわきに野積みした行為(判文参照)は,廃棄物の処理及び清掃に関する法律16条違反の罪に当たる。

【参照条文】 廃棄物の処理及び清掃に関する法律16条
       廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平15法93号改正前)25条
  
 1 本件は,アルミニウム再生精錬事業を行う被告会社の事業に関し,同会社のアルミニウム再生精錬工場の工場長である被告人Aが,同工場従業員らをして,アルミニウム再生精錬過程から排出される汚泥,金属くず,鉱さい,がれき類等の産業廃棄物を工場敷地内に掘られた素堀の穴に埋め立てることを前提に,その穴のわきに野積みにさせた行為が廃棄物処理法(以下「法」という。)16条違反の不法投棄の罪に問われた事案である。
 すなわち,本件工場では,昭和51年ころから,アルミニウム再生精錬過程から排出される産業廃棄物を工場敷地内に掘られた素堀の穴に投入し,穴が一杯になったら覆土・舗装するなどして埋め立てるということを繰り返してきたが,排出された廃棄物は,その都度本件穴に投入されるのではなく,いったん穴のわきに積み上げられ,ある程度の量がたまったところで,ショベルローダー等により穴の中に押し込んで投入するという手順がとられていた。もっとも,穴のわきに積み上げられた廃棄物については,これが四散したり含有されるフッ素等の物質が空中や土中に浸出したりしないように防止措置を講じたり,廃棄物の種類別に分別したりするといった管理の手は全く加えられず,山積みの状態のまま相当期間にわたり野ざらしにされていた。本件は,このような中で,被告人Aが,本件工場から排出された産業廃棄物合計約9724kgを平成13年8月10日ころから同年11月28日ころまでの間,前後7回にわたり,同工場従業員らをして本件穴のわきに運ばせ,同所に無造作に積み上げさせた各行為が起訴されたものである。
 被告会社及び被告人Aは,本件廃棄物を被告会社の保有する工場敷地内に仮に積み置いただけであり,その時点では,法16条にいう「捨てた」には当たらないし,また,自己所有地内における処分であるから,同条の「みだりに」という要件にも当たらない旨の主張をして,本罪の成立を争った。
 2 本決定は,本件の事実関係の下では,穴に埋め立てることを前提にそのわきに廃棄物を野積みした行為が仮置きなどとは認められず,「不要物としてその管理を放棄したものというほかはない」として,これを穴に投入し最終的には埋め立てることを予定していたとしても,法16条の「廃棄物を捨て」る行為に当たるとの判断を示した。また,廃棄物の野積み行為は,被告会社の保有する工場敷地内で行われていたとしても,それが生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るという法の趣旨に照らし,社会的に許容されるものと見る余地はないとして,「みだりに」の要件も満たすとして,本罪の成立を認めた。
 3 法16条の「捨て(る)」の意義については,これまでにその解釈を示した最高裁判例は見当たらない。
所管省庁の担当者らによる解説書においては,従来「廃棄物を最終的に占有者の手から離して自然に還元することをいい,『処分する』ということと同旨である」という解釈が示されていた(厚生省生活衛生局水道環境部編『廃棄物処理法の解説』(平成8年刊行)378頁,多谷千香子『廃棄物・リサイクル・環境事犯をめぐる101問』90頁も同旨。ただし,最近刊行された廃棄物法制研究会編『廃棄物処理法の解説(平成15年増補版)』625頁以下)では,「捨て(る)」についての一般的な定義は示されていない。)。そして,これに依拠したと見られる下級審の裁判例として,福島地会津若松支判平16.2.2判時1860号157頁がある。
 本決定は,「捨て(る)」の意義について明示的な判示はしていないが,上述の従来の行政解釈における「最終的に」「自然に還元させる」という要素に言及することなく,専ら不要物としてその管理を放棄したと認められることをメルクマールに「捨て(る)」に当たるものと判示している点が注目される。
 もともと「捨てる」という語義は,「不要のものとして物を手もとから離すこと」(広辞苑)をいう。また,不法投棄罪とほぼ同様の規定ぶりで汚廃物をみだりに捨てる行為を処罰している軽犯罪法1条27号の汚廃物放棄の罪の解釈において,「棄て」(る)とは,端的に当該物の管理権を放棄することをいうと解されている(伊藤榮樹ほか編『注釈特別刑法(2)』125頁)。ここで管理権というのは事実上のもので足り,所有権等の正当な権原に基づくものである必要はないというベきであるから,その物の管理を放棄することに帰着し,上記の「捨てる」の国語的語釈を法的観点から言い換えたものといえよう。
 これに対し,前述の従来の行政解釈が「最終的に」「自然に還元させる」という要素をも付加するのは,廃棄物処理法上の廃棄物処理の最終段階である「処分」と不法投棄罪の「捨て(る)」を同義と解したことによるものと思われる。
しかし,不法投棄罪は,法が予定する廃棄物処理体系を潜脱する廃棄物投棄行為を禁圧して,上記処理体系を裏側から補完する役割を担っているとしても,本来は,清潔な生活環境の破壊行為の処罰という自然犯的性格を有している(古田佑紀「廃棄物処理法罰則の解釈と運用(上)」警論32巻1号59頁)ものであり,このことは旧清掃法11条(汚物の投棄禁止)の規定を受け継いだという沿革からも明らかといえよう。不法投棄罪が「処分」ではなく,軽犯罪法などと同様に,日常用いられている「捨て(る)」という用語で規定されている背景が以上のようなものであることに照らせば,最終処分(埋立てと海洋投棄)を,焼却,中和,滅菌,再生等の中間処理と区別するためのファクターとして意味を持つものである「最終的に」,「自然に還元させる」という要素が,必然的に「捨て」る行為を画する要素となることを意味するものではないであろう。むしろ,「最終的に」「自然に還元させる」という要素を求めると,日常的に不法投棄事案として捕捉されるべき行為の処理に困難を来すことが懸念されないではない。例えば,「最終的に」という要素との関係では,客観的には放置状態にあるのに,回収・再利用も予定されないではないため,未必的な投棄意思が問題となる場合に困難な問題が生じないであろうか。本件事案においても,最終的には穴に投入して埋め立てることが予定されていたことを考慮してか,第1審判決は,「捨て(る)」について最終性の要素を除外し「廃棄物を占有者の手から離して自然に還元することをいう」と定義していたところである。
また,「自然に還元させる」という要素との関係でも,例えば不要となった家財道具をアーケードのある商店街の歩道上に放置したり,業者が管理する廃棄物の保管場所に第三者が廃棄物を勝手に捨てる行為などをどう扱うのかという問題を生じるように思われる。
 本決定が「最終的に」「自然に還元させる」という要素に言及することなく,専ら不要物としてその管理を放棄したと認められることをメルクマールに「捨て(る)」に当たるものと判断した背景には,以上のような考慮が働いているように思われる。
 他方,「捨て」る行為の外延が「管理の放棄」で言い尽くされているかについては,これまで十分に意識した議論がされてきたものではないことから,これを重視したことを示しつつ,事例判断にとどめたように思われる。
例えば,ゴミ集積場のゴミをほしいままにまき散らす行為(藤永幸治ほか編『シリーズ捜査実務全書(10)環境・医事犯罪』29頁)は,社会通念上みだりに「捨て」る行為に当たるといってよいが,この場合に行為者がゴミの管理を放棄したとは観念し難く,他者の管理下にある廃棄物を管理されていない状態に置くことも,やはり「捨て」る行為に含むべきもののように思われる。
 4 次に,法16条の「みだりに」については,通常「正当な理由がない」とか「違法である」ことを表す要件とされるが,本決定は,生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るという法の趣旨に照らし,社会的に許容されるかどうかという観点から判断する立場を明らかにしている。
 このような観点からは,捨てる場所についての行為者の利用権の有無は,廃棄物の性質,投棄の規模,態様などから周囲の環境を害さないといえるような場合(例えば,台所から出る生ゴミを土中に埋めるなど)に限り,正当化に意味を持つにとどまるものといえるのであり,本件の野積み行為は,廃棄物の性質,投棄の規模,態様のいずれの観点からも,もはやそのような問題のらち外にあるといえよう。
 自己所有地内の投棄行為についても不法投棄に当たる旨判示した公刊物登載の裁判例として,広島高判平1年7月11日・高検速報集平成元年8号231頁があったが,傍論にとどまっており,事案に即した判断を示したものとしては,本決定が初めてのようである。
 5 以上のとおり,本決定は,事例判断ではあるが,廃棄物不法投棄罪の「捨て(る)」「みだりに」の意義を探る上で興味深い判示を含み,実務上も参考になるものと思われる。
 6 なお,不法投棄罪については,最高裁平成18年2月28日刑集60巻2号269頁において,一般廃棄物収集運搬業の許可を受けた業者が,一般廃棄物たるし尿を含む汚泥と産業廃棄物たる汚泥を混合させた廃棄物を,一般廃棄物と装って市のし尿処理施設の受入口から投入する行為は,混合物全量について不法投棄罪に当たる旨の判断を示している。