中途解約精算金請求事件(NOVA事件) - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
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中途解約精算金請求事件(NOVA事件)

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相続

中途解約精算金請求事件(NOVA事件)

最高裁判所第3小法廷判決平成19年4月3日・民事判例集61巻3号967頁


【判決要旨】 外国語会話教室の受講契約の解除に伴う受講料の清算について定める約定が,特定商取引に関する法律49条2項1号に定める額を超える額の金銭の支払を求めるものとして無効であるとされた事例

【参照条文】 特定商取引に関する法律41条1項、49条1項2項、民法420条

 1 本件は,Yの経営する外国語会話教室に通っていたXが,受講契約を中途解約したことに伴い,前払受講料の清算を求める事案である。本件の事実関係等の概要は,以下のとおりである。

(1)Yが経営する外国語会話教室において授業を受けるためには,Yの料金規定(以下「本件料金規定」という。)に従ってあらかじめポイントを購入し,そのポイントを登録して受講契約を締結しなければならず,その上で,受講者は,登録したポイントを使用して1ポイントにつき1回の授業を受けることができる。ポイントの購入代金が,いわゆる受講料に当たるが,本件料金規定は,購入,登録する一定のポイント数に応じてポイント単価を定めており,その単価に登録ポイント数を乗じた額に消費税相当額を合算して,受講料が決められることになっていた(以下,受講契約を締結する際の受講料算定の基礎となるポイント単価を「契約時単価」という)。なお,本件料金規定では,登録するポイント数が多ければ多いほど,ポイント単価が安くなるといういわゆる数量割引制度が採用されていた。

 また,Yにおいては,受講契約を中途解約した場合の前払受講料の清算について,前払額から,中途解約するまでに使用したポイントの対価額等を控除した残額を返還するものとされ,その使用済みポイントの対価額の算定方法について,本件料金規定に定める各登録ポイント数のうち使用したポイント数以下でそれに最も近い登録ポイント数に対応するポイント単価を,使用したポイント数に乗じた額と消費税相当額を合算した額とすること,ただし,その算定額が,使用したポイント数を超え,それに最も近い登録ポイント数の受講料の額を超える場合には,その受講料の額とすることが定められていた(以下,この使用済みポイントの対価額の算定方法に関する定めを「本件清算規定」という。)。本件清算規定によると,解約に伴う清算時の使用済みポイントの単価は,常に契約時単価よりも高額となる。Xが登録したポイント数は,600ポイントで,本件料金規定によるポイント単価は1200円であったが,386ポイントを使用した時点で解約されており,本件清算規定によると,ただし書の適用により,400ポイントの受講料額である65万1000円が使用済みポイントの対価額となる。

(2)ところで,Xの締結していた受講契約は,特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)41条1項1号にいう特定継続的役務提供契約に該当するものであった。特定商取引法は,49条1項において,特定継続的役務提供契約につき,役務受領者による中途解約の自由を認めるとともに,同条2項1号において,その中途解約に際し,役務提供事業者は,役務受領者に対して,損害賠償額の予定又は違約金の定めがあるときでも,同号イに定める提供された役務の対価に相当する額(以下「提供済役務対価相当額」という。)と同号ロに定める解約によって通常生ずる損害の額として政令で定める額を合算した額に,法定利率による遅延損害金の額を加算した金額(以下「法定限度額」という。)を超える額の金銭の支払を請求することができない旨を定めている。Xは,本件清算規定は,法49条2項1号の定めに違反し無効であり,本件の使用済みポイントの対価額は,契約時単価である1200円を用いて計算すベきであると主張し,他方,Yは,本件清算規定の適用を主張して争った。

 2 原審は,役務提供事業者が,役務受領者による中途解約に伴い,受領金の額から提供済役務対価相当額を控除した残額を返還する場合において,受領金の授受に際して役務の対価に単価が定められていたときは,役務提供事業者は,原則として,その単価によって提供済役務対価相当額を算定すべきであり,合理的な理由なくこれと異なる単価を用いることは,法49条2項の趣旨に反し許されず,本件清算規定が,契約時単価と異なる単価によって使用済みポイントの対価額を算定すべきものとしていることに合理的な理由はないから無効であるとして,Xの請求を認容すべきものとした。なお,1審も同様の判断を示している。

 3 本判決は,まず,特定商取引法49条1項及び同条2項1号の趣旨について,特定継続的役務提供契約の性質,すなわち,契約期間が長期にわたることが少なくない上,契約に基づいて提供される役務の内容が客観的明確性を有するものではなく,役務の受領による効果も確実とはいえないことなどにかんがみ,役務受領者が不測の不利益を被ることがないように,役務受領者は,自由に契約を解約することができることとし,この自由な解約権の行使を保障するために,中途解約の際,役務提供事業者は役務受領者に対し法定限度額しか請求できないことにしたものと解されるとした。その上で,本件料金規定において,登録ポイント数に応じて,一つのポイント単価が定められており,受講者が提供を受ける各個別役務の対価額は,契約時単価をもって一律に定められていることからすると,使用済ポイントの対価額も,契約時単価によって算定されると解するのが自然というべきであり,他方,本件清算規定に従って算定される使用済ポイントの対価額は,契約時単価によって算定されるものよりも常に高額となり,このように解約があった場合にのみ適用される高額の対価額を定める本件清算規定は,実質的には,損害賠償額の予定又は違約金の定めとして機能するもので,上記各規定の趣旨に反して受講者による自由な解約権の行使を制約するものであるから,本件清算規定は,特定商取引法49条2項1号に定める法定限度額を超える額の金銭の支払を求めるものとして無効であり,本件の使用済ポイントの対価額は,契約時単価によって算定するのが相当であるとして,原審の結論を是認し,本件上告を棄却すべき旨判示した。

 4 本件で問題となった特定商取引法49条は,訪問販売等に関する法律(同法の名称は,平成12年法律第120号による改正で,現在の「特定商取引に関する法律」と改められた。)が,平成11年法律第34号により改正された際に新たに設けられたものであり,これは,語学教室やエステティックサロンなど,一定の契約類型において,消費者からの中途解約があった場合に,役務提供事業者から解約権の行使を否定されたり,多額の違約金の支払が求められるなどして,トラブルが多発したことを受け,中途解約権を保障する趣旨から設けられたものである。本判決も指摘するとおり,語学教室などで提供される継続的役務は,公共交通機関等で提供される継続的役務とは異なる性質(契約期間が長期にわたることが少なくない上,役務の内容が客観的明確性を有するものではなく,役務の受領による効果も確実とはいえないこと)を有することに着目して,特に設けられたものである。その立法過程においては,本件清算規定のような定めが,特定商取引法49条2項1号に違反するか否かは,明示的に議論はされていないようであるが,同号イにいう提供済役務対価相当額について,特約をもって自由に定めることができるとすると,その対価額の中に違約金的要素を含めることが可能となり,中途解約に際し役務提供事業者が請求できる金銭について法定限度額を定めた法の趣旨を没却することにもなりかねない。

 学説上,本件の争点について,従来特段の議論があったわけではないが,消費者法の立法や運用に関与する実務家によって書かれた法の解説書では,本件清算規定のような規定の効力を否定する見解が採られている(齋藤雅弘ほか『特定商取引法ハンドブック〔第3版〕』395頁〔齋藤雅弘〕,圓山茂夫『詳解・特定商取引法の理論と実務』483頁)。

後記の下級審判決の判例評釈では,本件清算規定を違法無効とする判決の立場について,これを支持するもの(山本豊・判タ1204号31頁,本田純一・判評565号17頁)と無効説を否定するもの(鎌田薫・NBL831号12頁)に分かれる(その他,本件の問題へのアプローチの仕方について論点整理を行うものとして,潮見佳男・ジュリ1302号88頁がある。)。

他方,裁判例は,同種事案について,本件の1,2審判決を含め,7件の下級審判決が出ているが(その中で,公刊物に掲載されたものは,東京地判平17.2.16判タ1191号333頁〔本件の1審判決〕,東京高判平17.7.20判タ1199号281頁〔本件の2審判決〕,京都地判平18.1.30Lexis判例速報9号76頁),いずれも本件清算規定を無効とする判断を示している。本件清算規定が,使用済みポイントの対価額について契約時単価を用いて計算される場合よりも高額となるような規定の仕方をしているのは,逸失利益を確保したり,中途解約による損害,不利益を填補するためであるか,解約権の行使自体を困難とするためとしか考えられず,実質的にも,本件清算規定は,損害賠償額の予定又は違約金の定めとして機能し,特定商取引法49条2項1号が定める法定限度額を超える額の金銭の支払を求めるものと評価することができ,無効と解される。本判決も,同様の観点から,本件清算規定を無効としたものと考えられる。

 なお,原判決は,契約時単価と異なる単価を用いることについて,合理的理由の有無を問題としているが,合理的理由の有無によって区別する理論的根拠は必ずしも明らかではない。前記のような観点からは,合理的理由の有無いかんにかかわらず,本件清算規定は無効になるものと考えられ,本判決が,原審の判断について,結論において是認することができると判示したのも,そのような考慮からであると思われる。また,本件料金規定や本件清算規定のように,前払いを伴う数量割引制度をとる一方,解約時の清算金について,契約締結時点で適用された数量割引の利益を得られない形で算定する例は,公共交通機関の定期券など,継続的役務の提供を伴う契約類型において広く見られるが,本判決は,あくまで法の適用のある特定継続的役務提供契約について判断したものであり,その射程が同契約以外の契約類型にも直ちに及ぶものではないと考えられる。

 5 特定商取引法49条が設けられた後も,現在まで,語学学校・エステティック等の特定継続的役務提供契約における中途解約をめぐる紛争は後を絶たないようである。本判決はマスコミでも取り上げられ,社会的にも耳目を集めた事案であり,また,特定商取引法49条の適用が問題となる事案について最高裁判所が初の判断を示したものであって,実務上参考になる。

 6 なお、当該会社Yは、その後、法的倒産し、英会話教室の事業譲渡がされた。