強制公開買付規制の適用される範囲  最判平成22・10・22カネボウ損害賠償請求事件 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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強制公開買付規制の適用される範囲  最判平成22・10・22カネボウ損害賠償請求事件

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強制公開買付規制の適用される範囲  最判平成22・10・22カネボウ損害賠償請求事件

判例タイムズ1337号98頁

 1 本件は,カネボウ株式会社の発行する普通株式を保有していたXが,Yによるカネボウの発行する種類株式に係る株券の買付けは,普通株式と共に公開買付けによらなければならないものであったのに,これによらなかったことが違法であり,その結果,その保有していた普通株式を売却する機会を逸し,損害を被ったなどと主張して,Yに対し,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。

 2 平成18年1月当時,カネボウの発行する株式のうち,C種類株式(議決権はあるが,利益配当請求権はなく,同年10月1日以降であれば普通株式ヘの転換が可能であるという内容の種類株式)に係る株券の所有者は,株式会社産業再生機構と株式会社カネボウ化粧品の2名のみであった。普通株式に係る株券の所有者は多数おり,Xもカネボウの発行する普通株式1500株を保有していた。Yは,C種類株式に係る株券の買付けを公開買付けによらないで行うことにつき,産業再生機構及びカネボウ化粧品の同意を得た上で,同年1月31日に産業再生機構から,同年2月21日にカネボウ化粧品から,それぞれが所有する上記株券の全部を公開買付けによらずに買い付けた(以下「本件各買付け」という。)。

 3 本件各買付け当時,株券等の所有者が25名未満である場合(以下「25名未満要件」という。)であって,当該株券等に係る特定買付け等を公開買付けによらないで行うことに同意する旨を記載した書面が当該株券等のすべての所有者から提出された場合(以下「同意要件」という。)における当該特定買付け等については,公開買付けによる必要はないものとされていた(本件で問題となる公開買付けの要否に関する法令の詳細については,本判決の3を参照されたい。)。

 4 Xは,25名未満要件及び同意要件にいう「株券等」は,議決権を有する全ての種類の株式に係る株券等を意味するとする見解(非限定説)に立脚し,本件では,上記株券等の所有者は25名よりはるかに多く,また,本件各買付けを公開買付けによらないで行うことに同意もしていないから,本件各買付けは公開買付けによらなければならなかったと主張したのに対し,Yは,25名未満要件及び同意要件にいう「株券等」は,特定買付け等の対象である種類株式に係る株券等に限定されるとする見解(限定説)に立脚し,本件では,Yが特定買付けを行ったC種類株式の株券の所有者は産業再生機構とカネボウ化粧品の2名のみであり,その同意も得ているから,本件各買付けを公開買付けによる必要はなかったと主張した。

 5 第1審(金判1297号36頁)は,限定説に立脚し,本件各買付けを公開買付けによる必要はなかったとして,公開買付けが必要であることを前提とするXの請求を棄却した。

 これに対し,控訴審(金判1297号20頁)は,非限定説を採用し,C種類株式に係る株券の所有者は産業再生機構とカネボウ化粧品の2名であったが,他に普通株式に係る株券の所有者が多数いたから,本件各買付けは,25名未満要件及び同意要件を充たさないので,公開買付けによらないことができる場合に当たらず,これを公開買付けによらずに行ったことは,普通株式の株主であるXとの関係でも違法なものであり,不法行為を構成すると判断して,Xの損害賠償請求を一部認容した。控訴審が非限定説を採用した理由の骨子は,次のとおりである。

 ① 25名未満要件及び同意要件にいう「株券等」に文言上特に限定は加えられていない。

 ② 他社株府令(平成18年内閣府令第86号による改正後のもの)の「当該株券等のすべての所有者の同意」にいう「当該株券等」には,「買付け等対象株券等」及び「買付け等対象外株券等」のすべて(そこには種類の異なる株式も含まれる。)が含まれていることが前提とされているが,同項の規定の仕方からすると,立法担当者は,証券取引法施行令(平成18年政令第377号による改正後のもの)6条の2第1項7号にいう「当該株券等」を「買付け等対象株券等」及び「買付け等対象外株券等」のすべて(そこには種類の異なる株式も含まれる。)を含むものと考えていたことが十分うかがわれる。そして,法及び施行令のレベルでみると,本件各買付けに適用される証券取引法及び同法施行令の規定と平成18年改正後の証券取引法及び同法施行令の規定は,全く同じ文言であり,実質的には改正がされていないから,証券取引法施行令(平成18年政令第377号による改正前のもの)7条5項4号にいう「当該株券等」も「買付け等対象株券等」及び「買付け等対象外株券等」のすべてを含む意味のものであるということが十分うかがわれる。

 ③ 買付者が取引所有価証券市場外においてある特定の種類株式に係る株券を買い付けることを企図している場合に,公開買付けによらなければならないか否かの判断の基準となる株券等は,当該買付けの対象とされた種類株式に係る株券等だけではなく,買付け対象外株券等をすべて含めたものであると解することは,公開買付制度の趣旨に適合する。

 6 しかし,本判決は,本件各買付けの時点で適用される証券取引法施行令(平成18年政令第377号による改正前のもの)7条5項4号,他社株府令(平成18年内閣府令第86号による改正前のもの)3条の2の4第1項及び第2項所定の「株券等」には,特定買付け等の対象とならない株券等が含まれると解する余地はないとして,限定説を採用することを明らかにした。そして,本件各買付けを公開買付けによる必要はなく,これを公開買付けによらずに行ったことは,証券取引法(平成18年法律第65号による改正前のもの)27条の2第1項に違反するものであるとはいえず,Xとの関係で不法行為法上違法なものであるとはいえないとして,原判決中,Y敗訴部分を破棄し,同部分につき,Xの控訴を棄却する旨の判断をした。

 本判決が,限定説を採用した理由は,次のとおりである。

 ① 証券取引法27条の2第1項は,株券等の買付け等を行う者が特定の種類の株券等のみを買付け等の対象とし得ることを前提として,買付け等の対象としようとする種類の株券等の買付け等についての公開買付けの要否を規律したものであるから,同項の規定を受けて定められた25名未満要件及び同意要件も,買付け等の対象としようとする特定の種類の株券等の特定買付け等について,これを公開買付けによらずに行うための要件を定めたものと解するのが合理的である。

 ② 平成15年政令第116号及び同年内閣府令第28号による改正により,25名未満要件及び同意要件をいずれも充足する特定買付け等については,公開買付けによる必要がないものとされたが,この改正は,事業再編等の迅速化及び手続の簡素化を図ることなどを目的として行われたものであり,上記各要件を充足する特定買付け等については,公開買付けによらずに買付けを行い得るものとすることがその目的に資するとの判断に基づくものである。そして,事業再編等のためには,そのために発行された特定の種類の株券等のみの特定買付け等をすることが必要な場合がある上,有価証券報告書の提出義務を負うのは,証券取引所に上場されている有価証券を発行する会社等であるから,一般に,その会社が発行する株券等の所有者が多数に及ぶことは明らかであって,このような実情や上記改正の目的をも考慮すると,上記各要件は,買付け等の対象としようとする特定の種類の株券等の特定買付け等を前提として定められたものというべきである。非限定説によると,上記各要件が充足される余地は実際上極めて限定されたものとなり,事業再編等の迅速化及び手続の簡素化のために上記の各規定が設けられた趣旨がおよそ没却される。

 ③ 特定買付け等が公開買付けにより行われるか否かは,当該特定買付け等の対象となる特定の種類の株券等の所有者の利害に直接影響するものであるものの,その株券等の所有者において当該特定買付け等を公開買付けによらないで行うことにつき同意しているのであれば,その株券等の所有者にその株券等の公開買付けによる売却の機会を保障する必要はないことから,同意要件を設けたものであって,特定買付け等を行う者において買付けの対象としない他の種類の株券等があるとしても,その所有者の利害に重大な影響を及ぼすものではないものとして,その同意は必要とされなかったものと解するのが相当である。

 7 TOBの実務においては,原判決が言い渡されるまでは,限定説が当然の前提とされており,また,証券取引法を所管する金融庁も,25名未満要件及び同意要件にいう「株券等」については種類ごとの株券等を意味するとの立場に立っていたとの指摘がされている(太田洋「種類株式の買付けを通じた上場企業の買収とTOB規制」金法1854号35頁,松尾拓也「種類株式に対する公開買付規制の適用」商事1847号25頁など。平成18年4月24日開催の参議院決算委員会における金融庁総務企画局審議官の発言,同年6月1日開催の参議院財政金融委員会における金融庁総務企画局長の発言も参照。)。原判決に対しては,その理由付けについては批判しつつも,その結論は相当であるとする見解(丹羽繁夫「旧カネボウ株式損害賠償請求事件控訴審判決の検討」NBL923号96頁)もあったが,その他の多くの見解は,非限定説を採用した原判決を批判していた(太田・前掲,松尾・前掲,松尾直彦「東京高裁による公開買付規制の解釈の評価」金判1304号1頁,井上広樹=岡野辰也「強制公開買付けの具体的適用(下)」商事1844号33頁,岩崎友彦=森幹晴「公開買付けを利用した取引類型ごとの留意点(下)」商事1865号102頁,島田志帆「判例研究」法研82巻9号197頁,太田洋=中山達也「種類株式の買付けを通じた上場企業の買収と公開買付規制」金判1351号2頁ほか)。

25名未満要件及び同意要件を充足する特定買付け等につき公開買付けを不要とする規定が設けられるに至った経緯や,非限定説によるとこの規定が適用される余地が実際上極めて限られ,この規定が設けられた趣旨を没却する結果を招くことなど本判決が指摘するところに照らせば,非限定説を採ることはできないように思われる。

また,須藤裁判官の補足意見において指摘されているように,平成18年の証券取引法施行令及び他社株府令の改正の経緯等に照らしても,非限定説を採用した原判決を維持することは困難であろう(上記各文献のほか,田中信隆「カネボウ控訴審判決の教訓」商事1852号4頁参照)。

8 限定説での形式説と実質説

 限定説を採用した場合であっても,形式的に種類の異なる株券等であればすべて「株券等」に含まれない(形式説)のか,それとも,形式的に種類の異なる株券等であっても,実質的な内容が同一の株券等であれば,「株券等」に含まれる(実質説)と解する余地はないのかという問題がある。

この点について,本判決は明示的に触れてはいないが,普通株式とC種類株式の実質的同一性を問題とすることなく,公開買付けの要否を判断していることから,形式説を採用したものと考えられる。

実質説は,個別具体的な妥当性を追及するという点では優れているものの,その限界が不明確な面があることは否めない。そして,公開買付けを行うことが必要とされる場合に公開買付開始公告を行わなかったときには,買付者は,個人であれば3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金又はその併科に,法人であれば3億円以下の罰金に処せられることになるが(本件各買付け当時の証取法198条4号,207条1項2号,27条の3第1項。その後,法定刑は加重されている〔金融商品取引法197条の2第4号,207条1項2号,27条の3第1項参照〕。さらに,平成20年法律第65号による改正後の金融商品取引法の下では,公開買付開始公告なしに買付け等を行った場合に,買付総額の25%相当額の課徴金も課される。),このように公開買付けの実施の有無が刑事責任にも関わることなどからすれば,「株券等」の内容が不明確になる解釈は採り難いように思われる(この点については,太田=中山・前掲6頁が詳しい。)。

 9 本判決は,最高裁の判断が注目されていた法律上の論点につき,最高裁としてはじめての判断を示したものであり,TOB実務に与える影響も大きい。