仏陀の悲願とは何か? - コラム - 専門家プロファイル

池本 真人
Div Design Webサイトの一級建築士
東京都
Webプロデューサー
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仏陀の悲願とは何か?

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徒然日記

世の大半の方々は戦争ではなく平和を熱望しています。

各国の首脳が「平和」ということについて演説し、平和会議、平和行進、平和署名などの活動が行われています。

それらの活動はとても大切なことではあるけれど、会合したから平和が実現するかというと、そういうわけでもありません。



何より「人間の心が平和になる」必要があるわけです。

全ての戦争は、心に争いがあることから始まります。

いくら平和を唱えていても、「心の平和」が実現されていなければ争いというものは無くなりません。



子供にもわかるようなお話しですが、それを本当に実現しようと自らを見つめ直す人は少ないのです。

何故なら、平和の心を作るためには、自分自身という厳しい戦いを乗り越えなければいけないからです。

誰しも自分の嫌な姿は見たくないもので、誰かのせいにして怒っている方が楽なんですね。



以前、こんな話を書いたことがあります。

【ねずみの相談】



平和は誰かに求めて得られるわけでもなく、自分の中に平和の心を起こさなければいけないわけです。

現代は様々な娯楽があり、仕事があり、文化もありますが、それらは一瞬で失ってしまう可能性があります。



人生という船旅をしている船乗りにとって一番大切なのは船であって、持っている財産でも名誉でも肩書きでもありません。

にも関わらず、沈んでいく船に乗り、失ってしまう小さなものを必死でポケットに詰め込んでいるのが我々なわけです。



仏陀の確立した教えこそが平和の学問であり、平和こそが仏陀の悲願です。

悲願とは仏語であり、その意味を辞書で調べると次のように書いてあります。



1 ぜひとも成し遂げたいと思う悲壮な願い。

2 仏・菩薩(ぼさつ)が慈悲の心から人々を救おうとして立てた誓い。



何としても成し遂げたかった想いとは、お釈迦様が願った平和のことなんです。

その平和の教えこそが仏教であり、聖徳太子もそれをわかっていたからこそ憲法十七条にも取り入れたわけです。



憲法十七条の第一に次のようにあります。

「和を何よりも大切なものとし、いさかいを起こさぬことを根本としなさい。」



そして第二条に次のように続いています。

「篤く三宝を敬いなさい。三つの宝とは仏・法・僧のことです。それは生命ある者の最後の拠り所であり、全ての国の究極の規範です。どんな世の中でも、いかなる人でも、この法理を尊ばないことがありましょうか。甚だしく悪い者は少ないのです。よく教えるならば正道に従うものです。三宝に依らずして、何によって曲がった心を正せるのでしょうか。」



じゃあ、その仏とは何なのか?

法や僧は何を意味するものなのか?



聖者と言われる仏陀が辿り着いた答えが何なのか知ろうともせず、仏教が平和の教えであることを理解することは出来ません。

自らの心に平和を作るものが仏教の教えです。

故に、本当に平和を望むのであれば、仏教を深く学んで欲しいと切に思うわけです。



「平和を叫ぶ前に、自らの心に平和の国を建てる!」

争いの歴史に終止符が打たれる日が来ることを心より願っております。


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