中国特許判例紹介:中国における閉鎖式請求項の権利範囲解釈 (第1回) - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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中国特許判例紹介:中国における閉鎖式請求項の権利範囲解釈 (第1回)

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中国特許判例紹介:中国における閉鎖式請求項の権利範囲解釈 (第1回)

~不純物または補助物質が含まれている場合の権利範囲解釈~

河野特許事務所 2013年7月18日 執筆者:弁理士 河野 英仁

 

泰盛製薬有限公司、特利爾分公司

                          再審請求人(一審被告、二審上訴人)

v.

胡小泉

                           再審被請求人(一審原告、二審被上訴人)

 

1.概要

 中国において請求項を記載する場合、主に開放式請求項と閉鎖式請求項とのいずれかを選択することができる。機械及び電気分野においては一般に請求項に記載した構成要件以外の要素をも含み得る開放式請求項を用いるのが一般的である。一方、化学分野においては他の要素を請求項に記載した構成要件に含めないことを意図する閉鎖式請求項が用いられる場合がある。

 

 本事件では中国語で「由・・・組成」と表現する閉鎖式請求項が用いられており、イ号製品は請求項に記載された組成物に加え補助物質が含まれていた。閉鎖式請求項を用いた場合であっても不純物を含む製品も権利範囲に含まれる。中級人民法院及び高級人民法院は、イ号製品の補助物質が請求項に記載された組成物により奏される効果に実質的な影響を与えないことから、イ号製品は特許発明の技術的範囲に属すると判断した。

 

 一方、最高人民法院はイ号製品の当該補助物質の役割及び審査経過を総合的に考慮し、当該補助物質を含むイ号製品は技術的範囲に属さないと判断した[1]。

 

 

2.背景

(1)特許の内容

 再審被請求人である胡小泉(以下、原告という)は、2004年7月21日国家知識産権局に「注射用二ナトリウムアデノシン三リン酸塩化マグネシウムフリーズドライ粉注射薬及びその生産方法」と称する発明特許出願を行った。

 

 本件特許出願は、2006年11月15日に公告された。原告が特許権者であり、特許番号はZL200410024515.1(以下、515特許という)、公告番号はCN1284525Cである。争点となった請求項2は以下のとおりである。

 

 2. 注射用二ナトリウムアデノシン三リン酸塩化マグネシウムフリーズドライ注射液において,二ナトリウムアデノシン三リン酸と塩化マグネシウムとからなる組成は,両者の重量比が100mg:32mgであることを特徴とする。

 

請求項2の記載からすれば以下の技術特徴を含む。

1.注射用注射液の態様はフリーズドライ粉である;

2.該注射液は二ナトリウムアデノシン三リン酸と、塩化マグネシウムとのフリーズドライ粉である;

3.該注射液組成中の二ナトリウムアデノシン三リン酸と塩化マグネシウムの重量比は、100mg対32mgである。

 

(2)被告製品

 泰盛公司も同じく注射用二ナトリウムアデノシン三リン酸塩化マグネシウムフリーズドライ注射液(以下、イ号製品という)の生産を行っており、特利爾分公司がイ号製品の販売を行っている。以下、泰盛公司及び特利爾分公司をまとめて被告という。

 

 原告は被告が販売するイ号製品が515特許の請求項2を侵害するとして山東省済南市中級人民法院に提訴した。

 

(3)中級人民法院の判断

 イ号製品の“注射用二ナトリウムアデノシン三リン酸塩化マグネシウム”も同様に二ナトリウムアデノシン三リン酸が100mg、塩化マグネシウムが32mgであり、請求項の範囲と同一である。

 

 しかしながら、イ号製品には補助原料として、さらに重炭素ナトリウム及びアルギニンが含まれていた。中級人民法院は、被告が販売するイ号製品の製品説明書及び政府の販売許可を得るための審査批准文書中に、これらの補助成分についての記載がないことを指摘した。そのため、中級人民法院は被告が市場にて販売しているイ号製品に補助成分が含まれているか否かを実証する証拠が提出されていないと認定した。

 

 また中級人民法院は、たとえイ号製品が上述の補助成分を含んでいたとしても、単なる補助原料にすぎず,主要成分ではなく、該注射液中の“二ナトリウムアデノシン三リン酸及び塩化マグネシウム”の組成構成及び重量比に影響を与えないことから、請求項2にかかる特許製品と依然として同一製品であると判断した。

 

 以上の理由により、中級人民法院は、イ号製品中に補助原料「重炭素ナトリウム及びアルギニン」が含まれているため、特許権侵害が成立しないという被告の抗弁を退けた。その上で、被告に対し、イ号製品の生産及び販売の即時停止、並びに、20万元(320万円)の損害賠償を命じた[2]。被告はこれを不服として山東省高級人民法院へ上訴した。

 

(4)高級人民法院の判断

 高級人民法院は、イ号製品が請求項2に記載された主要成分と同一であることを認定した上で、補助成分について以下のとおり判断した。イ号製品中には補助原料重炭素ナトリウム及びアルギニンが加えられているが,まさにその説明書に記載されているように単なる補助原料であり,主要成分ではない。補助原料を加えることは薬物製造過程中の必須の段階である。重炭素ナトリウムはアルカリ性化合物として,溶液のpH値を調節する際に用いられる一般的な補助原料であり、アルギニンもまた安定剤として製薬業界の当事者であれば連想できるものである。

 

 イ号製品中治療作用を発揮する活性成分は、二ナトリウムアデノシン三リン酸及び塩化マグネシウムであり,重炭素ナトリウム及びアルギニンは物調合加工技術において一般に使用される補助原料であり效を発揮する活性成分ではない

 

 請求項及び明細書からすれば,必ずしもその他の補助原料成分を排除することはできない。従って、請求項では「由・・・組成」とする閉鎖式請求項を用いているが、補助原料成分を含まないとものと解釈すべきではない。

 

 以上のとおり,高級人民法院は、イ号製品は2種の補助原料を含むものの,当該補助原料はイ号製品の成分ではなく,また追加の技術特徴でもなく,注射液中の“二ナトリウムアデノシン三リン酸と塩化マグネシウム”の成分構成、重量比に影響を与えず、また請求項2機能及び効果に実質的な改変をもたらさないことから、イ号製品は請求項2の技術的範囲に属すると判断した[3]。被告はこれを不服として最高人民法院に再審請求を行った。

 



[1] 最高人民法院2012年12月20日判決 (2012)民提字第10号

[2]山東省済南市中級人民法院判決2008年6月24日判決 (2008)済民三初字第4号

[3] 山東省高級人民法院2009年6月23日判決 (2008)魯三終终字第132号

 

(第2回へ続く)