希望退職制度(4) - 社会保険労務士業務 - 専門家プロファイル

本田 和盛
あした葉経営労務研究所 代表
千葉県
経営コンサルタント

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対象:人事労務・組織

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希望退職制度(4)

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雇用調整・リストラ

必要な人材を確保する(承認拒否)



 対象者の選定を慎重に行ない、個別の退職勧奨や慰留を行なったにもかかわらず、必要な人材が希望退職者募集に応募してきた場合に備え、募集要項に「対象者の転職予定先、あるいは担当業務の諸事情等を勘案して希望退職制度の利用を承諾するか決定する」との承諾条項を規定している企業があります。

 過去の判例(ソニー事件・東京地判平成14.4.9)においても、早期退職優遇制度の募集は労働契約の合意解約の「申込の誘引」、社員の応募を合意解約の「申込み」、会社による承認を「承諾」であるとして、募集の通知をしたことは、契約の申込みではなく、制度の適用には会社の承認を要すると判断されました。
 もっとも本判決では、本制度の運用に関し、「その恣意的な運用が許容されるべきではないから、その運用を申請した者に本件制度の適用を認めないことが信義に反する特段の事情がある場合には、信義則上、その承認を拒否できない」という判断が加えられています。

 ソニー事件は、優遇制度の適用除外事由が具体的に規定されていた事案です。同様に、「競合関係にある企業への転職等、会社として当プログラムを適用することが望ましくないと判断する場合は、適用外」とすると、適用除外事由が募集のガイドラインに規定されていた富士通(退職金特別加算金)事件(東京地判平成17年10月3日)では、「従業員が早期退職という重要な意思決定を行うことに鑑みて、被告が、適用申請者に適用を認めないことが信義に反すると認められる特別の事情がある場合には、信義則上、適用申請の承認を拒否することは許されない」と判断されました。

 ソニー事件では、労働者が二重就職をしていたことを理由に、富士通事件では労働者の競合企業への転職であることを理由に、結果的にそれぞれ承認拒否を認めています。

 また最近、優遇制度の適用除外事由を規定していなかったケースで、最高裁の判断が下された事案(神奈川信用農協早期退職事件)があります。
 本件は、就業規則や募集要項で承認するかどうかに関し、特段の制限が設けられていなかった事案ですが、最高裁は、従業員からの選択定年制による退職の申出に対し、会社が承認しなかったとしても、割増退職金として特別の利益を付与されないだけであり、従業員は退職の自由が制限されているものでもないとして、会社の承認拒否をあっさり認めました。

 このように優遇制度の適用に関しては、会社の裁量が認められる傾向にありますが、恣意的な運用は避けるべきです。実務上は、従業員に対し、優遇制度の適用を承認しないこともあり得る旨を事前に通知し、現実に承認拒否する場合は、具体的な判断基準をもとに、従業員の納得を得るように説明するとよいでしょう。
 これによって、会社にとって必要な人材が、希望退職制度の優遇条件を受けて退職することを防ぐことができます。ただし、本人が強い意志をもって退職を希望するのであれば、自己都合退職を承認せざるを得ません。退職されては困る従業員に対しては、募集期間に入る前の個別面接で、十分に会社の意向を伝えておく必要があります。

<参考判例>


神奈川信用農協早期退職事件(最一小判平成19年1月18日)


「本件選択定年制による退職は,従業員がする各個の申出に対し,上告人がそれを承認することによって,所定の日限りの雇用契約の終了や割増退職金債権の発生という効果が生ずるものとされており,上告人がその承認をするかどうかに関し,上告人の就業規則及びこれを受けて定められた本件要項において特段の制限は設けられていないことが明らかである。もともと,本件選択定年制による退職に伴う割増退職金は,従業員の申出と上告人の承認とを前提に,早期の退職の代償として特別の利益を付与するものであるところ,本件選択定年制による退職の申出に対し承認がされなかったとしても,その申出をした従業員は,上記の特別の利益を付与されることこそないものの,本件選択定年制によらない退職を申し出るなどすることは何ら妨げられていないのであり,その退職の自由を制限されるものではない。したがって,従業員がした本件選択定年制による退職の申出に対して上告人が承認をしなければ、割増退職金債権の発生を伴う退職の効果が生ずる余地はない。なお,前記事実関係によれば,上告人が,本件選択定年制による退職の申出に対し,被上告人らがしたものを含め,すべて承認をしないこととしたのは,経営悪化から事業譲渡及び解散が不可避となったとの判断の下に,事業を譲渡する前に退職者の増加によりその継続が困難になる事態を防ぐためであったというのであるから,その理由が不十分であるというべきものではない。」

<執筆者>あした葉経営労務研究所 代表 
     凄腕社労士 本田和盛
<執筆協力>あした葉経営労務研究所 客員研究員 
      中村伸一(アンジェスMG株式会社)