ソフトウェア関連発明特許に係る判例紹介(第7回) - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
河野特許事務所 弁理士
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対象:特許・商標・著作権

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ソフトウェア関連発明特許に係る判例紹介(第7回)

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ソフトウェア関連発明特許に係る判例紹介(第7回)

~第29条第1項柱書違反で登録が認められなかつた判例~

平成26年(行ケ)第10014号

 

原告:X

被告:特許庁長官

 

2015年2月10日

執筆者 河野特許事務所

弁理士 田中 伸次

 

1.概要

 本件は、発明の名称を「知識ベースシステム、論理演算方法、プログラム、及び記録媒体」とする発明に係る特許出願を行った原告が、拒絶審決に不服があるとして、審決の取り消しを求めた事件である。

 

2.背景

(1)特許の内容

 本件特許出願(以下「本願」と記す)に係る発明は、物の属性の意味内容を言語に依存せずに表現することのできる知識ベースシステムを提供することを目的としている。そして、審判請求時の本願の請求項1及び請求項26に係る発明は、以下のとおりである。

 

  【請求項1】

 知識ベースシステムであって、

 コンピュータによる論理演算の対象となる知識ベースを記憶している記憶部を備え、

 前記知識ベースは、物を識別する物識別子と、前記物がもつ少なくとも一つの属性であって、当該物の物識別子と対応づけられた属性とを含み、

 前記属性には、当該属性を識別する属性識別子が1対1に対応づけられ、

 前記属性識別子には、属性を表す少なくとも一つのデータである特徴データ、及び属性を表す言葉に対応付けられたデータである識別データのうちの少なくとも一方が対応づけられ、

 前記物識別子は、物を表す言葉ではなく、かつ、それ自体で物の意味を持たない記号で構成され、

 前記属性識別子は、属性を表す言葉ではなく、かつ、それ自体で属性の意味を持たない記号で構成され、

 前記特徴データは、対応する属性の実体であり、

 前記識別データは、対応する属性を識別するためのデータである

 知識ベースシステム。

 

  【請求項26】

 知識ベースシステムのためのコンピュータ読み取り可能な記録媒体であって、

 請求項1~23のいずれか1項に記載の知識ベースまたは請求項25記載のプログラムが記載された記録媒体。

 

 請求項1の記載おいて下線を付した部分が審判請求時の補正により追加された事項である。他の請求項は補正されていない。

 上記請求項26に係る発明を、「本件補正発明」という。補正前の請求項26に係る発明を「本願発明」という。

 なお、請求項26は従属項であるため、審決、裁判においては、請求項1の構成要素を取り込んだ、以下の構成により、発明該当性が判断された。

 

(a) 知識ベースシステムのためのコンピュータ読み取り可能な記録媒体であって、請求項1に記載の知識ベースが記録された記録媒体を含むものであり、上記請求項1に記載の知識ベースは、

(b) 物を識別する物識別子と、前記物がもつ少なくとも一つの属性であって、当該物の物識別子と対応づけられた属性とを含み、前記属性には、当該属性を識別する属性識別子が1対1に対応づけられ、前記属性識別子には、属性を表す少なくとも一つのデータである特徴データ、及び属性を表す言葉に対応付けられたデータである識別データのうちの少なくとも一方が対応づけられ、前記物識別子は、物を表す言葉ではなく、かつ、それ自体で物の意味を持たない記号で構成され、前記属性識別子は、属性を表す言葉ではなく、かつ、それ自体で属性の意味を持たない記号で構成され、前記特徴データは、対応する属性の実体であり、前記識別データは、対応する属性を識別するためのデータであるものであって、

(c) コンピュータによる論理演算の対象となるものである、記録媒体

 

 本件補正発明及び本願発明の効果は、「物および物が持つ属性を、物や属性の意味を表わさない識別子で表わし、保持し、さらに演算の対象とすることができる。」(段落【0029】)ことである。

 

(2)経過

訴訟提起に至るまでの経過は、以下のとおりである。

平成23年12月 1日    出願(特願2011-263928)

平成24年 1月31日    拒絶理由通知書発送

平成24年 2月28日    意見書、手続補正書提出

平成24年 4月10日    拒絶理由通知書発送

平成24年 5月15日    意見書、手続補正書提出

平成24年 6月18日    拒絶査定

平成24年 8月28日    審判請求、手続補正書提出

平成24年10月19日    前置報告

平成25年12月 3日    審決

平成26年 1月13日    訴訟提起

 

3.訴訟での争点

(1)本件補正発明の発明該当性に係る判断の誤り

(2)本願発明の発明該当性に係る判断の誤り

 

4.裁判所の判断

(1)本件補正発明の発明該当性について

 まず、裁判所は、特許法第2条1項に規定する「発明」といえるか否かは、「前提とする技術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし、全体として『自然法則を利用した』技術的思想の創作に該当するか否かによって判断すべきものである。」との規範を立てた。

 そして、人為的な取り決めそれ自体は、「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当しないことを確認した上で、「抽象的な概念や人為的な取決めについて、単に一般的なコンピュータ等の機能を利用してデータを記録し、表示するなどの内容を付加するだけにすぎない場合も、『自然法則を利用した』技術的思想の創作には該当しないというべきである。」とコンピュータ・ソフトウエア関連発明についての規範を示した(下線は筆者、以下同様)。

 

 裁判所は上記の規範に従い、本件補正発明の発明該当性について、以下のように判断した。

 「本件補正発明が前提する技術課題は、言語に依存しないデータベース等の構築であるが、その前提として挙げられた言語に依存したデータベース等に具体的にどのような課題があるのか、言語に依存しないデータベース等にどのような技術的意義があって、従来技術と比較して、本件補正発明がどのような位置付けにあるのかについては、明らかとはいえない」とした。

 また、技術的手段の構成については、「これら(本件補正発明の構成(a)及び(c))はいずれも一般的なコンピュータ又は記録媒体の機能を利用するという内容に止まるものであって、具体的に構築されたデータベース等についてどのような論理演算を行い、それがどのような機能を有するのかなどについては必ずしも明らかではない」とした。

 さらに、効果については、「本願明細書には、『本願技術を用いることにより、物および物が持つ属性を、物や属性の意味を表わさない識別子で表わし、保持できる。』(段落【0056】)との記載はあるが、これは本件補正発明の構成自体を別の表現で表現したに等しいものであって、…(中略)…どのような効果が生じるのかについて明らかになっているとはいえない」とした。

 

 以上を総合して検討した結果、裁判所は、「本件補正発明については、そもそも前提としている課題の位置付けが必ずしも明らかではなく、技術的手段の構成としても、…(中略)…抽象的な概念ないしそれに基づく人為的な取決めに止まるものであり、導かれる効果についてみても、自ら定義した構造でデータを保持するという本件補正発明の技術的手段の構成以上の意味は示されていない。また、その構成のうち、コンピュータ等を利用する部分についてみても、単に一般的なコンピュータ等の機能を利用するという程度の内容に止まっている。

 そうすると、本件補正発明の技術的意義としては、専ら概念の整理、データベース等の構造の定義という抽象的な概念ないし人為的な取決めの域を出ないものであって、全体としてみて、『自然法則を利用した』技術的思想の創作に該当するとは認められない」とした。

 

(2)本願発明の発明該当性について

 本願発明は、本件補正発明の「コンピュータによる論理演算の対象となる」との限定事項を除いたものであるので、本件補正発明と同様に、特許法第2条第1項にいう「発明」に該当しないとした。

 

5.結論

 裁判所は、本件補正発明、本願発明のいずれについても、特許法第2条第1項にいう「発明」に該当しないとした。

 

6.考察

 特許庁の特許・実用新案審査基準の「第II部」「第1章」「1.1 「発明」に該当しないものの類型」「(4) 自然法則を利用していないもの」の類型として、人為的な取決め(例えば、ゲームのルールそれ自体)、あるいはこれらのみを利用しているとき(例えば、ビジネスを行う方法それ自体)が挙げられている。

 その一方で、留意事項として、「ビジネスを行う方法やゲームを行う方法という観点ではなく、ビジネス用コンピュータ・ソフトウエアやゲーム用コンピュータ・ソフトウエアという観点から発明すれば、『発明』に該当する可能性がある。(コンピュータ・ソフ

トウエア関連発明における判断については、『第VII部 第1章 コンピュータ・ソフトウエア関連発明」2.2参照』と記載されている。)

 すなわち、審査基準おいて、コンピュータ・ソフトウエア関連発明は、第II部に書かれた一般基準では「発明」に該当しない場合であっても、第VII部第1章に書かれた「コンピュータ・ソフトウエア関連発明」の基準(以下、「CS基準」と記す)では、「発明」に該当する場合がある。判断基準が二段構成となっている。

 

 本件については、審査段階、審判段階において、一般基準、CS基準のいずれで判断しても、「発明」に該当しないとされた。裁判所でも同様に判断された。

 本件のような人工知能の分野や、ナビゲーションなどの地図処理の分野では、情報処理の際に取り扱うデータ量が、他の分野と比較して非常に多い。そのため、システム設計においては、データ構造の良し悪しが処理時間に大きく影響する。

 そのようなことから、データ構造そのものを、特許として保護するニーズはあるが、現行制度は認めていない。データ構造に特徴がある場合でも、特許受けるためには、当該データ構造を用いた情報処理の内容を明らかにした上で、当該データ構造を採用したことにより、どのような技術的な効果を得られたかを明らかにしなければ、特許法上の「発明」としては認められないのである。

 

 なお、本件の関連出願には登録されているものがある(特許第4891460号、特許第4865925号、特許第4829381号)。発明の成立性が認められる例として、参考にされたい。

 

以上

 

 

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