調和力２－１　繰り返しは親近感（タクシー編）

タクシーでは、行き先を告げると、たまに、うんともすんとも言わない運転手がいます。「うん、とか、すん、とか言ったらどうや」とこちらが言って、正直に「うん」とか「すん」とか言われたら、ますます怒ってしまいそうです。結局、何も言わずにだまったままでいると、目的地まで気まずい空気と一緒に運ばれることになります。

お客はお金を払ってまで、気まずい空気をわざわざ吸うこともないでしょう。それで、しゃべりかけると、案外、しゃべってくれます。きっかけさえあれば、誰しもがしゃべって、少しでも楽しい時間を共有したいと思っています。しゃべりかけるための話題は、私の場合は大体はお天気のことです。きっかけさえあれば、話しは広がる事が多いのです。それから後は、ふんふんと相槌をうったり、相手の話を繰り返したり、適当な話を適当にしゃべったりしているうちに、目的地です。

今でタクシーでこんなことも聞いたことがあります。いままで一番近かったところは？　と、今まで一番遠かったところは？　です。それで、私がこれまで聞いた中で、一番近かったところは、大阪駅前のヒルトン大阪の玄関から、JR大阪駅まででした。それを聞いた運転手さんによると、
「2時間、ホテルの玄関で待って、やっとお客さんや、と思ったら、JRの大阪駅いってくれ、やで。お客さん、歩いていったほうが早いで、ってゆうたんやけど、ええから行ってくれ、って言われましたんで、行きましたわ」、と言ってました。そのお客さんは、荷物が多いとか、足が悪いとか、すごく豪華な服を着ているとか、超有名人だとか、そういう、特にタクシーを利用しなければならないような理由がありそうには見えなかったそうです。

それから、一番遠かったところは、別のタクシーで、大阪から東北のどこかでした。その運転手さんは、遠すぎて断ったそうです。それが、往復の運賃もガソリン代も、宿泊代も、食事代も全て出すので行って欲しいと言ったそうです。そこまでお金あるんやったら、飛行機でも新幹線のグリーン車でも行けそうですが、その人は足が悪かったそうで、まだ鉄道では不自由な時代でした。それでタクシーを使ったそうです。運転手さんによると、行きはお客さんと一緒だったからよかったけど、帰りはお金あっても1人なんで、寂しかったそうです。何ぼお金もらっても、もうあんな遠いところはいやや、と言ってました。

ある運転手さんなんかは、あわてて乗ってきたお客さんが、何でもいいからとにかく早く行ってくれ、と言われて、それは兵庫県の西の方だったそうです。高速道路を、カーチェイスさながらに、ぶっ飛ばした、と興奮気味にしゃべってくれた人もいました。

うんともすんとも言わないタクシーの運転手さんでも、しゃべりかけると、なかなか面白い話があって楽しめます。内容は時には理解しにくいことがあっても、相槌をうって、同じ言葉を繰り返していると、こちらも理解できていきますし、相手も聞いてもらっている、という気持ちになります。話が弾む要素はそこにあります。

同じ言葉を繰り返すことによって、私たちは、そこに似ている、という状態を認識します。似ている、ということは、好ましさにつながり、親近感を生み出します。