公訴時効その2(2) - 刑事事件・犯罪全般 - 専門家プロファイル

羽柴 駿
番町法律事務所 
東京都
弁護士

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対象:刑事事件・犯罪

閲覧数順 2024年05月10日更新

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公訴時効その2(2)

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連載「新・刑事法廷」

無罪証拠の散逸



 この実例では、幸いなことに彼女の無罪(アリバイ)を証明する出勤簿などが残っており、弁護人によって発見されたことでえん罪が判明し、彼女は無罪となることが出来ました。

 しかし、いつもそのような幸運に恵まれるという保証はありません。古い帳簿類をいつまでも保管することは企業にとって負担ですし、実際にも一定期間で廃棄するのが一般的です。商法19条3項によると帳簿などの重要資料は10年間保存が義務づけられていますが、逆に言えば10年以上昔の帳簿などは廃棄しても構わないのです。

 帳簿のような重要資料以外の伝票などに至っては、そもそも保存義務がありません。商事債権は一般的に5年で時効消滅する(商法522条)とされていることもあり、企業にとってそのような日常的な書類は5年以上たったら廃棄しても特に不都合はありません。

 このように、一方で古い記録はどんどん廃棄され、失われてゆきます。有罪の証拠だけでなく、アリバイなど無罪を証明する証拠も散逸することを忘れてはいけないのです。もし公訴時効を撤廃しようとするならば、これらの重要資料の永久(少なくとも数十年以上長期の)保存も義務づける必要があるでしょうが、しかしそれはあまりにも非現実的です。

DNA鑑定も絶対ではない



 公訴時効を撤廃するべきだという主張の根拠の一つに、DNA鑑定のように最近の科学捜査によって昔の事件でも犯人を特定できるようになったことが挙げられています。

 しかし、最近の足利事件における再審請求で明らかになったように、DNA鑑定も100%正確とはいえません。足利事件の発生は昔のことで最近のDNA鑑定は精度が上がり絶対に間違いがない、と仮に言えるとしても、鑑定の対象となる資料(犯人が遺留した毛髪や体液など)が正確に採取されたかどうか、何十年も間違いなく保存、保管されていたかどうかなどは、やはり保証の限りではありません。これらの作業は全て人間が行うものである以上、間違いが入り込むこともあるからです。

 残念なことですが、捜査も裁判も全ては生身の人間の営みなのです。生身の人間のすることには、決して100%完全ということはありえないのです。公訴時効の撤廃の是非を論じる際、いかに被害者や遺族の怒りに共感するからといって、そのことを忘れてはいけないでしょう。冷静な認識を欠く議論によって制度をいじることは、悔いを残すものと言わざるをえません。