労災保険法の不服申立てと裁決前置主義との関係 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
弁護士

注目の専門家コラムランキングRSS

対象:民事家事・生活トラブル

専門家の皆様へ 専門家プロファイルでは、さまざまなジャンルの専門家を募集しています。
出展をご検討の方はお気軽にご請求ください。

労災保険法の不服申立てと裁決前置主義との関係

- good

  1. 暮らしと法律
  2. 民事家事・生活トラブル
  3. 民事家事・生活トラブル全般
相続

労災保険法の不服申立てと裁決前置主義との関係

最高裁判決昭和30年1月28日、労働者災害補償認定及び裁決取消請求事件
民集9巻1号60頁

【判決要旨】 労働者災害補償保険審査会に対する審査請求が期間遵守していないため、審査請求が不適法として却下された場合は、右審査請求が違法である以上、保険給付に関する決定及び保険審査官のした審査決定の取消を求める訴は不適法である。

【参照条文】 労働者災害補償保険法35条
       労働者災害補償保険法40条
       行政事件訴訟特例法2条


最高裁判決平成7年7月6日、休業補償給付等不支給処分取消請求事件
民集49巻7号1833頁、判例タイムズ887号163頁

【判示事項】 労働者災害補償保険法による保険給付に関する処分について審査請求をした日から3箇月を経過しても決定がないときに再審査請求の手続を経ないで処分の取消の訴えを提起することの可否

【判決要旨】 労働者災害補償保険法による保険給付に関する決定に不服のある者は、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をした日から3箇月を経過しても決定がないときは、審査請求に対する決定及び労働保険審査会に対する再審査請求の手続を経ないで、処分の取消の訴えを提起することができる。

【参照条文】 労働者災害補償保険法35条1項
       労働者災害補償保険法37条
       行政事件訴訟法8条1項、2項


 一 本件の事実関係及び本案前の争点は、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による保険給付に関する決定のように、行政処分に対する不服について審査請求、再審査請求という2段階の不服審査手続が定められ(労災保険法35条1項)、しかも、その処分の取消しの訴えを提起するについて第2段階の再審査請求に対する裁決の前置主義が採られている(労災保険法37条)場合に、第1段階の審査請求に対する裁決が遅延するときは、裁決前置主義が緩和されるかという問題である。
 より具体的には、裁決前置主義の例外となる事由を定める行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)8条2項のうち1号の「審査請求があった日から3箇月を経過しても裁決がないとき」にいう「審査請求」とは、右のような場合には、審査請求を指すのか、再審査請求を指すのか、それともその両者を指すのかというのが、本件の論点であった。
 二 行訴法8条2項1号は「審査請求」「裁決」という語を用いているが、行訴法において「審査請求」とは「審査請求、異議申立てその他の不服申立て」を意味し、「裁決」とはこれ「に対する行政庁の裁決、決定その他の行為」を意味することとされている(行訴法3条3項)。
したがって、文理上、行訴法8条2項1号にいう「審査請求」には審査請求も再審査請求も含まれるから、2段階の不服審査手続が定められている場合でも、第1段階の審査請求をここから除外する理由はないとも考えられる。
 しかし、行訴法は、処分の取消しの訴えと審査請求との関係について、まず自由選択主義の原則を採り(行訴法8条1項本文)、その例外として、法律に特別の定めがあれば裁決前置主義を採ることとし(同項ただし書)、さらに、裁決前置主義が採られている場合のその例外を定めている(同条2項)。
そうすると、労災保険法のように第2段階の再審査請求についての裁決前置主義を定めている場合には、行訴法8条1項ただし書にいう「審査請求」は再審査請求を指しているのであるから、その場合の同条2項1号にいう「審査請求」も再審査請求のみを指すという解釈も、文理上成り立ち得るであろう。
 三 この問題について、従前の裁判例・学説は、次のように分かれていた。
 〔甲説〕 第2段階の審査請求(再審査請求)のみを指すという見解(大阪地判平2・3・19訟月36巻8号1446頁、本件の第一審那覇地判平3・10・1訟月38巻4号720頁)
 〔乙説〕 第1段階の審査請求のみを指すという見解(行政事件訴訟特例法につき、田中二郎ほか『行政事件訴訟特例法逐条研究』156頁以下、小澤文雄「行政処分の司法審査」『民事訴訟法講座5』1417頁)
 〔丙説〕 第1段階の審査請求と第2段階の審査請求(再審査請求)のいずれをも指すという見解(福岡高判平3・10・8労民集42巻5号795頁、判例タイムズ791号168頁〔ただし傍論〕、最高裁事務総局編『行政事件担当裁判官会同概要集録〔その5〕中巻』529頁以下。行政事件訴訟特例法につき、神戸地判昭29・3・22労民集5巻2号183頁、雄川一郎『行政争訟法』137頁)
 また、後記最1小判昭56・9・24の判例評釈である金子芳雄・自治研究58巻2号146頁と岡村周一・民商87巻1号134頁は、乙説ないし丙説を述べている。
 なお、地方公務員災害補償法による認定については、労災保険法と同様に2段階の審査請求手続と再審査請求に対する裁決前置の規定が置かれているが、最1小判昭56・9・24裁集民133号487頁、判例タイムズ453号65頁は、原告が基金審査会に対する再審査請求の手続を経ないで提起した右認定の取消しを求める訴えにつき、再審査請求に対する裁決を経ていないから不適法であるとした。
しかし、この事件は、原告が、基金支部審査会から審査請求を棄却する旨の裁決を受けたのに、基金審査会に対する再審査請求の手続を経ないで訴えを提起したという事案に関するものであって、審査請求の手続が遅延して裁決を得られないという本件の問題とは事案が異なる。
したがって、本件がこの判例の射程距離外にあることは明らかである。
 四 甲説によれば、行政処分の取消しを求める者が、労災保険法等の要求するところに従って審査請求をしたのに、その手続が遅延して裁決を得られない場合には、処分の取消しの訴えを適法に提起し得ないことになるが、本判決は、「このような事態は、国民の司法救済の道を不当に閉ざすものであるといわなければならない」としている。
少なくとも実質論としては異論のないところであろう。
 これに対し、乙説ないし丙説を採ったときの難点は、再審査請求の手続を経ることなく取消しの訴えが提起されてしまうことになり、労災保険法等が、2段階の審査請求の手続を定め、しかも、行訴法の自由選択主義の例外としての再審査請求に対する裁決の前置を要求する趣旨にもとるということである。
 労災保険法がこのような規定を設けた趣旨は、本判決の理由に説示するように、専門的知識を有する特別の審査機関を設けた上で、簡易迅速な処理を図る第1段階の審査請求と慎重な審査を行い併せて行政庁の判断の統一を図る第2段階の再審査請求とを必ず経由させることによって、行政と司法の機能の調和を保ちながら、保険給付に関する国民の権利救済を実効性のあるものとしようとするところにある(労働省労働基準局労災管理課編著『新訂版労働者災害補償保険法』576頁、588頁)。
そうすると、審査請求に対する裁決が遅延しているとはいえ、再審査請求の手続を経ないで訴えが提起されては、右の立法目的が達成されないということになろう。
 しかし、甲説によっても、再審査請求をしてから3箇月を経過しても裁決がなければ訴えを提起し得るのであるから、その場合やはり立法目的が達成されないことになるし、また、再審査請求の申立てすら経ないで訴えが提起されることを防止するには、第1段階の審査請求に対する裁決が遅延するときは第2段階の審査請求に進むことができる旨の特段の定めを設ければ足りる(例えば、本判決の例示する国税通則法75条5項参照。なお、行政不服審査法20条2号、56条も参照)。
 そうすると、右の立法目的を達成するために再審査請求手続の前置をあくまでも要求するのであれば、審査請求に対する決定が遅延するときに再審査請求の手続に進むことを可能とするように立法上の手当をすべきなのであって、その手当なしに甲説を採ることは相当ではあるまい。
 なお、第1段階の審査請求に対する裁決が遅延した事案では、乙説、丙説のいずれを採っても行訴法8条2項1号の要件が満たされることになるが、第2段階の審査請求(再審査請求)が遅延した事案では、乙説は明らかに相当性を欠くから、結局、丙説をもって正当とすべきであろう。
 五 本判決は、以上のような見解の下に、まず、行訴法8条2項1号の解釈として、法律に特段の定めがない限り、丙説を採用すべきものとし、次いで、労災保険法の前記立法趣旨を検討した上で、そうではあっても、同法には特段の定めがないから、やはり丙説を採るべきであるとしたものである。
そして、第一審判決は甲説を採って訴えを却下し、原判決もこれを維持して控訴を棄却していたので、本判決は、原判決を破棄し、第一審を取り消して、事件を第一審裁判所に差し戻したのである(民訴法388条参照)。
 労働者災害補償保険審査官による審査請求に対する決定までには平均して1年以上を要しているといわれるので、本判決が労災保険に関する行政不服審査と行政訴訟の実務に及ぼす影響は、極めて大きいものがあろう。
 また、本判決の示す法理は、労災保険法と同様の規定を設けている他の法律による不服審査にも通用することになる(雇用保険法69条、71条、地方公務員災害補償法51条、56条参照)。