- 村田 英幸
- 村田法律事務所 弁護士
- 東京都
- 弁護士
対象:事業再生と承継・M&A
- 村田 英幸
- (弁護士)
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第3章 中小企業承継円滑化法
第1 中小企業の事業承継における問題点
1 民法上の遺留分の制約
円滑な事業承継のためには,株式その他の事業用資産の後継者への集中が不可欠です。しかし,中小企業経営者の個人資産に占める自社株式及び事業用資産の比率は非常に高く,これら株式その他の事業用資産を後継者に集中させると,後継者以外の相続人の遺留分を侵害してしまうことが生じてしまいます。この場合に,後継者以外の相続人から遺留分減殺請求権の行使を受ければ,後継者に株式その他の事業用資産を集中させることができなくなります。
また,遺留分算定の基礎となる財産の評価時期は,相続開始時点とされます(最判昭和51・3・18民集30巻2号111頁)。したがって,後継者に生前贈与された自社株式の価値が後継者の努力によって上昇した場合,遺留分の算定に際しては相続開始時の上昇した株式の価値が遺留分算定の基礎とされます。そうすると,後継者以外の相続人の遺留分の額が増加することになりますから,その分,後継者は遺留分減殺請求権の行使を受ける可能性が高くなります。このことは,後継者が自己の経営努力によって株式の価値を高めれば高めるほど,遺留分減殺請求権を受ける可能性が高まり,企業価値を向上させようとする後継者の経営努力を阻害することとなります。
こうした問題に対処するために後継者以外の相続人に遺留分の事前放棄をしてもらう(民法1043条)という方法がありますが,各相続人ごとに家庭裁判所の許否判断が区々になる可能性があり,しかも一人でも遺留分を放棄しない者がいれば,その者の遺留分減殺請求によって紛争が発生するおそれがあります。
2 事業承継時の資金調達の困難性
事業承継にあたっては,多額の資金ニーズが発生します。具体的には,親族内承継においては後継者が他の相続人から株式や事業用資産を買い取るための資金や遺産分割における代償分割の資金が必要となります。また,MBOやEBO等による親族外承継においても,事業を承継する役員や従業員等が現経営者から自社株式等を買い取る際の資金が必要になります。
それ以外にも,経営者の交代により,信用状態が低下し,金融機関から借入れをする際に金利等の条件を厳しくされたりすること等もあります。
3 事業承継に際しての相続税負担
現経営者の自社株式や事業用資産を相続した場合に後継者には多額の相続税が課されます。ところが,自社株式や事業用資産が中小企業経営者の個人資産の大半を占めるため,その売却処分等も困難であり,納税資金を確保できないのが実情です。特に非上場会社である場合には,自社株式は換金性に乏しく事業の継続に支障をきたしていました。
第2 中小企業承継円滑化法の概要
1 中小企業承継円滑化法の3本柱
以上の中小企業の事業承継における問題点に対処し,円滑な事業承継の実現を目的として,「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(以下,「中小企業承継円滑化法」といいます。)が平成20年5月9日に成立しました。また,同法の施行令(政令)と施行規則(省令)も平成20年10月1日から施行されました。ただし,民法の遺留分に関する民法の特例に係る規定については,制度整備と周知期間を考慮し,平成21年3月1日から施行されています。
中小企業承継円滑化法は,中小企業における事業承継が経営に大きな影響を及ぼすことに鑑み,中小企業における事業承継の後押しを目的とする法律です。その支援内容は3本の柱から成り立っています。
□中小企業承継円滑化法とは
第1に,民法の遺留分に関して特例を設け,第2に,事業承継時の金融支援措置を設け,第3に,事業承継時の相続税の課税についての猶予制度を設けました。
2 対象となる中小企業
中小企業承継円滑化法の対象となる中小企業者は以下の通りです(中小企業承継円滑化法2条,施行令,施行規則1条1項)
業種 |
会社 |
個人事業主 |
製造業・建設業・運輸業その他の業種 ※ゴム製品製造業(自動車又は航空機用タイヤ及びチューブ製造業並びに工業用ベルト製造業を除く) |
資本金3億円以下又は従業員300人以下 ※資本金3億円以下又は従業員900人以下 |
従業員300人以下
※従業員900人以下 |
卸売業 |
資本金1億円以下又は従業員100人以下 |
従業員100人以下 |
小売業 |
資本金5000万円以下又は従業員50人以下 |
従業員50人以下 |
サービス業
※ソフトウエア業・情報処理サービス業 ※旅館業 |
資本金5000万円以下又は従業員100人以下 ※資本金3億円以下又は従業員300人以下 ※資本金5000万円以下又は従業員200人以下 |
従業員100人以下
※従業員300人以下
※従業員200人以下 |
※ 政令により範囲を拡大された業種
第3 遺留分に関する民法の特例制度
1 株式等についての除外合意と固定合意の概要
中小企業承継円滑化法により,一定の要件を満たす中小企業の後継者は,先代経営者の推定相続人全員と書面で合意し,所要の手続(経済産業大臣の確認および家庭裁判所の許可)を経て,以下の遺留分に関する民法の特例制度を利用することができます(中小企業承継円滑化法4条1項)
(1)除外合意(中小企業承継円滑化法4条1項1号)
後継者が先代経営者から贈与等により取得した株式等については,それが特別受益(民法903条)とされれば,すべて遺留分算定の基礎財産とされ,原則として,遺留分減殺請求の対象となってしまいます(最判平成10・3・24民集52巻2号433頁)。
そこで,後継者が先代経営者から贈与等により取得した株式等について,遺留分算定の基礎財産に算入せず,したがって,遺留分減殺請求の対象としないという合意をすることが認められました。
これにより,相続開始に伴い,他の相続人から遺留分減殺請求を受けることはなくなりますから,株式等の分散により,会社の意思決定が乱されることがなくなります。
(2)固定合意(中小企業承継円滑化法4条1条2号)
後継者が先代経営者から贈与等により取得した株式等を遺留分算定の基礎財産に算入する価額は,相続開始時の評価額とされます(最判昭和51・3・18民集30巻2号111頁)。これによれば,前述した通り,企業価値を向上させようとする後継者の経営努力を阻害することになります。
そこで,後継者が先代経営者から贈与等により取得した株式等について,遺留分算定の基礎財産に算入する価額を合意の時における価額(弁護士等の専門家がその時における相当な価額として証明をしたものに限られます。)とすることが認められました。
これにより,将来の株式等の価値の上昇に伴う遺留分の増加を心配することなく,後継者は,企業価値向上を目指して経営に専念することができます。
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